不破
2024-04-29 23:28:25
6471文字
Public 空戦
 

#19




「くそっ……!」

 端末に表示された電文に、クラウス・バックハウスは拳をデスクに振り下ろした。仲介人から上がってきた暗殺に失敗したという内容の報告文に込み上げてきた怒りを抑えられず、光学モニターを消し去り、椅子から立ち上がると執務室を横断して棚に仕舞い込んでいたウィスキーを取り出し、グラスに注ぎ入れると一気に飲み干した。

「忌々しい外道め! 腕利きの暗殺者を呼び戻してまで差し向けたというのに!」

 苛立ちに任せて吐き捨て、さらにウィスキーを煽る。
 新たな皇帝、グリーディア・L・メルゼブルクが即位してからというもの、帝国は様変わりしてしまった。軍の再編に加え、内政の一新、立場や役職を無視した人事など、やりたい放題だ。これまで身を粉にして国に尽くし、中将にまで上り詰め、護国の兵士達の戦意高揚、帝国の繁栄にすべてを捧げてきた。
 それがあの新たな皇帝のせいで滅茶苦茶だ。礼儀も知らない若い連中が幅を利かせ始めた。以前から解体を進言していたシャウラ隊の存続や、侯爵家の小娘を少佐に昇進させるなど、やりたい放題だ。あまつさえ、メルゼブルクに名家として名を連ねるナイトレイ伯爵を謀殺し、その後継に出生の記録すらない無頼漢ごろつきを据えるなど意味がわからない。

「あんな犯罪者ごときに敗れるなど……! 腕利きが聞いて呆れる!」

 空になったグラスをデスクに叩きつけながら声を荒げる。
 あのアイドルの小娘にしても、慰問ライブなどとふざけたことを行うなど、ふざけるなというのだ。芸能など、国家があってこその代物だ。自ら戦うことさえしない者ならば国家のためにその能力を捧げるべきだ。それを己の自己満足のために好き勝手に行うなど、小娘の我儘に付き合う意味などないというのに。

「くっ……! どいつもこいつも! そもそも養子に皇帝など……!」

 と、そう吐き捨てながらウィスキーをさらにグラスに注ぎ入れようとした時だった。吐き出しかけた言葉が消える。全身を違和感が襲い、刺すように汗が吹き出した。満足に呼吸が出来ない。どれだけ息を吸い込んでも喉の奥に水が流れ込んでくるような感覚に襲われる。しかし、ここは大摩天楼の中にある執務室だ。突然呼吸が出来なくなるような理由がない。

「ほんとにさあ、だから言ったのに。どうせこうなるのになんで手間をかけちゃうかな」

 と、その時だった。部屋の入口の方から声が聞こえた。呆れたような、退屈したような、少しだけ苛立ちを帯びた女の声。見開いた目で捉えた執務室のドアの前、そこには肩を竦めながらこちらを見据える銀色の両目があった。

「き、かは……!?」

 水銀のように輝く両眼に、滅紫色のショートカット。メルゼブルク軍に身を置く軍人であることを示す黒い色の軍服を身に纏うその姿を目にし、確信する。自分が今、上手く呼吸が出来ないのはこの女の魔術によるものだと。

「プロパガンダなんてイマドキ流行らないって。あたし達の手間も増えるし、老害は早いとこ席を空けてくれれば良いんだよ」

 言いながら嘲笑するように笑う女。オルカ・リシャール少佐、自らの部下となった新兵を「非効率的である」という理由だけで殺した新兵殺し。組織に置いておく価値などない破綻者が参謀本部の督戦官など、冗談ではない。
 息苦しさに取り乱し、手にしていたウィスキーの瓶を取り落とす。床に落ちて砕けた瓶、絨毯にぶち撒けられたウィスキーの臭いが充満し、更に感覚を鈍らせる。

「馬鹿だねぇ、風向きも読めないなんてさ」

 嘲笑する声に反論することも出来ず、膝をつき咳き込んでのたうち回る。その視界の中、オルカが腰にしていたレイピアを抜き放つのが見えた。

「それじゃ、ご機嫌よう」