不破
2024-04-29 23:28:25
6471文字
Public 空戦
 

#19




 タイヤを撃ち抜いた車がスピンしながら街路灯に突っ込んだ。ひしゃげた街路灯が点滅するのを目にしながら、急停車させたコルベットから降りた。後ろ手にドアを閉め、ボンネットから煙を上げるアウディに近づいていく。手にしている銃のマガジンを抜き取ると、新たなマガジンを押し込んでスライドを引いた。

「おっと、そこまでにしておいてやっておくれよ。黒鳥君」

 その時だった。響いた声にフュゼは視線だけを動かしてそちらを振り返る。と、そこには槍を携えた女が涼しげな顔で立っており、薄い色のサングラスを目元から下げ、常盤色の目でこちらを見た。

「ウメ・ウサミ大尉……?」

 よろよろとコルベットの助手席から降りてきたニオが女の名を口にし、女がにこりと笑んだ。

「彼の魔術は自身の存在を周囲の認識から消し去るものらしい」

 言いながら煙を上げるアウディの方へと近づいていくウメが運転席のドアを開き、「言っただろう、アレン。君は暗殺なんてやるには人間過ぎると」と溢しながら、ぐったりと意識を失っている男を引っ張り出した。

「こんなでもウチの隊の2番機でね、簡単に死なれては困る」

「アレン・ベルファスト少尉……この襲撃はシャウラ隊に寄るものですか?」

「いやいや、私達はメルゼブルク軍に属する1部隊に過ぎない。命令でもない限り、そんな混乱を招くようなことはしないさ」

 気を失っている白髪の男の姿をようやくまともに捉えたらしくニオが問うたが、ウメは笑って返し、「それに……」と続ける。

……我等が新たな隊長君は、その命令の整合性を見極めることの出来る若者さ。君達だってそうだろう?」

 楽しげに笑いながら言うウメの言葉に、ニオが短く息を吐いた。

「2番機君の過去は知らないが、おそらくそういう類の仕事をしていたんだろう。暗殺者とは命じられて誰かを殺めるものだ。今回も、彼に君を殺せと命じた何者かが居ると考えて相違ないだろう」

 わかり切ったことだ。暗殺者にしろ軍人にしろ、殺しを鬻ぐ者は命令に従って誰かを殺めるものだ。そうでなければ自らになにか利益を齎すことはない。なんの利益にもならないというのに見ず知らずの恨みもない人間を殺すなどリスクを増やすだけだ。それを理解せずに気分だけで殺すのは余程の阿呆くらいなものだろう。

「誰かがフュゼを殺そうと考えたと……?」

「そうとも。そうでなければ、とうに暗殺ころしから足を洗った2番機君がこんなヘマをやらかす理由がないだろう?」

 ニオの声に答えるウメの言葉がおそらく真相を言い当てているであろうことは理解できる。しかし、だ。

……理由だの事情だのなんざどうだって構いやしねえんだがよ。ついさっき、その野郎に殺されかかったのはどう始末をつけんだよ?」

 経緯がどうであれ、男、アレン・ベルファストがこちらの命を奪うために行動したことは揺るがない。命を奪い取るつもりで来たのだ。四肢を斬り落とされようが、肺を握り潰されようが、首を刎ねられようが文句はないだろう。言わせるつもりなど毛頭ないが。

「そんなこと言わずに、ここは私の顔を立てておくれよ。なにより君も無傷だろう?」

「殺しの対価がその程度の傷だってのか?」

「これ以上の傷を負わされると、ウチの隊の人員が減ってしまう。どうしてもと言うのなら、ここからは私が相手をしよう」

 手にしている槍をぐるりと翻して構えた。その常磐色の目の奥に爛々と武人のような闘争心が輝くのを目にし、フュゼは面倒臭さを覚えた。
 こういう手合いは戦いを目的として挑んでくる。そんな面倒に付き合ってやる義理はなどない。苛立ちを隠すことなく舌打ちをし、フュゼは手にしていた銃をホルダーへ戻した。

「おや、流石にこんな安直な誘いには乗ってくれないか。まあ仕方ない、2番機君同僚をダシに使うのも少し気が引けるしね」

 と、少し意外そうな表情を浮かべて言ったウメが構えた槍を引き、へらりと笑った。ボンネットから煙を上げるアウディのボディに寄り掛かるようにして気を失っているアレンを「よっこいせ」と持ち上げると、ウメは振り返って続ける。

「この先の始末については、私よりそちらの少佐殿の方が冴えたやり方を出来るだろう」

 ニオの方を一瞥しながら、ウメはそう言って踵を返した。それを横目にフュゼもまた踵を返し、コルベットのドアを開いた。