03.女帝と流れ木
イベントごとというものはとかくお一人様に優しくない。常ならばただ種々の人々に混じるだけで一応は腰の据えどころの体を保てるのに、このような機会がひとたび蓋を開ければ、少なからずふるいにかけられた自己の所在の有無を明らかにしてしまう。
(
…まぁ、だからといって別に、何かあるわけでもないんだけど)
三琴はそう思いながらまた同時に、連れ立つ相手も行くべき場所もなくただふらりふらりと校内を散策して一人与えられた時間を持て余す自分に、少し憐れむような気持ちすら抱いた。
お化け屋敷であろうと郷土資料展であろうと寸劇であろうと、当然のことながらどこもかしこも人がいる。それも、大体は二人以上からなるユニット単位で。
言うなれば日頃さして特定の人間と過ごしているわけでもない
三琴にとって、今日と明日とはどこに行っても一人で静かに過ごすことはできない日であり
――にも関わらず、炙りだされた一部の人間としては祭りの空気にうまく溶けこむこともできず
――ただただそわそわと落ち着かないむず痒さを抱えなければならない日なのである。
とはいえ、折角なんだから一応、合コン喫茶くらいは実際に行ってみようか
――
そんな風に思って、つま先を踏み出したまさにその瞬間だった。
「あら、そこのあなた。なんだかとても、変わった定めをお持ちなのね」
落ち着いた淑やかな女性の声が聞こえてぴたり、思わず足が止まる。
自分の名前を呼ばれたわけでもないのに何故か勘違いとは思えなくて、けれど
三琴がそのことにまた戸惑いを覚えながらさてどうするのが適切なのかと次に取る行動を考えあぐねていると、今度はくすくすと控えめながら楽しげに笑う声がする。
「ふふ
……どうかしら?もし時間があるのなら、少し寄って行って下さらない?」
*
「ようこそ、ベルベット
……
……失礼、占いの館『THE 長鼻』へ。お名前を聞いても良いかしら」
「あー、
…ええと、平和島
三琴、です。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。『平和島
三琴』さん、ね
……私はマーガレッ、
………失礼、マギーよ」
小屋の中は想像していたよりも狭かったが、それはプレイヤーとしてみた時の印象であることに気づき、まぁそりゃ実際ならこんなものかと感想を修正する。
それと同時にぱっと置いてあるものなどに一通り目をやれば、一応あの重厚な雰囲気漂う青の部屋を踏襲しようという気配は感じられるものの、やはりどこか何かが抜けていた。深い青色の布が掛けられた
――おそらく普段教室で生徒が使っているものを二つくっつけた形で並べているのだろうと思しき机と、特に何も手は施されずに見慣れたままの姿で置いてある椅子。なんともシュールだ。
それにしても一体どこをどう経由してこの企画を出すに至ることができたのだろうか、そこのところもなかなか気になる。
あとマーガレットさん思いの外自分の設定きちんと定められてないな、そんなグズグズで大丈夫か
――
そんな様々な突っ込みどころの誘引を取り敢えずそのままにして着席すると、マギー
…もとい、マーガレットさんは薄く微笑みを浮かべた。
「突然呼び止めてしまってごめんなさいね。
けれどなんだか不思議と、どうしてもそうするべき
……という気がしたの」
田舎の小さな高校がやる催しに合わせて作られた簡素でチープな部屋には不釣り合いに整った顔、その上で鮮やかな紅を乗せた形のよい唇は、続けて穏やかに言葉を紡ぎだす。
「お詫びに
……いいえ、あなたさえ良ければ是非一度、見せてほしいわ。あなたがこれまでどういった道を歩み、これからどこへ行こうとしているのか
――あなたが何者なのか」
凛とした口振りで放たれた最後の問いに私の小さな心臓は的確に突き抜かれ、ほとんど反射的に息が止まる。
射抜くように真っ直ぐこちらを見据える金色の瞳は流石に迫力があった。
ああ、やはりこういう人には感づかれるものなんだろうか
――なんて頭の隅で考えて、こういう時は一体どうするべきなのか、果たして正直に告げるべきなのか
――すぐさま二つの選択肢がよぎり私を悩ませる。
下手に知る人を増やすものではないとは思うが、この人にならむしろ伝えるべきなのではないだろうか?
いいや、伝えたところでどうなるかわからない以上、この物語の進行上それは危険なのではないか?
これは重要な選択だ、とどこかで聞いたようなフレーズが浮かんで張り付く。意識を飲み込みそうな勢いで膨らむ葛藤の中、はたして私は自分がどれだけ迷っていたのかわからない。
けれど私の意識を平時へと戻したのは、「嫌だわ、そんなに気負わないでちょうだい」と投げかけられた気さくな声だった。
「
……まぁ、正直あなたのことがきちんと占えるかは不安なのだけれど
…
少なくとも、現状がどうなっているのかを把握する手伝いくらいのことはできるかしら。
いかが?自分の行く先に、ご興味は」
「っ、
……え、と」
急に降ってきた柔らかな問いかけのギャップに緊張の糸が切れ、咄嗟に適応できなかった私の口は少し恥ずかしいくらい吃る。
しかし口がうまく動かなくとも、意思は既にすんなりと背筋を伸ばして据わっていた。
知りたい。驚くほど自然にそう思ってしまっていることに気づいたのだ。
(ああ、それにここはきっと、そうでなくともこう言うべきなんだ)
「
………あり、ます」
乾いた喉がほんの少しだけ擦れて、瞬間、なんとも言えない感覚が背筋にじわりと染み渡る。
自分がここに確かに存在しているというような、紛れのない現実感とでも言うべき何かに、不意に身体を丸ごと捉われた
――そんな、感覚。
それじゃあ、始めるわね。タロットカードを机上に並べながらそう言うマーガレットさんの声は耳に心地よく、私は深い青色の世界に意識を委ねふんわりと包みこまれる気分になった。
*
「あっ、いたいたー!ねぇねぇ、
三琴、今ヒマでしょ?先輩たちのトコ行こうよ、さっきチラ見してきたんだけど一人じゃ入りづらくって」
「別にいいけど君、それってサクラっていうかサギになるんじゃないかね
…特にその気はないんでしょ、」
「細かいことは気にしなーい。ていうかこんなイベントの合コンにガチで参加するやつ流石にほぼいないって、ちょっとしたお遊び!
近くにちょうど
三琴ファンっぽい男子もいたし、明日のために多少売り込んどくのもいいでしょ」
「えっ何それこわい。ていうかどういう存在なのそれ」
「
……もしかして、まったく自覚ナシ?そっちの方がコワいんだけど」
*
「
…ああ、やっぱり、あなたとても変わっているわ。
私のお客人もなかなか稀有な方だけれど、あなたは
…そうね、もっと本質的に
……なにか、違うものを持っているみたい」
「けれど
――ほんの少しずつ、変わり始めてもいる」
「それが良いことなのか悪いことなのか、生憎私にはわからない。
でも、なにか不自然だとは思わなくて?
あなた、随分とここに馴染んできているわよ。
…自分で思っているよりも、ずっとね」
「それから
……この先、あなたの旅路も霧が覆うかもしれないわ。
惑わされて行くべき方を見誤らないよう、くれぐれも気をつけて」
<了>
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