佐藤
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P4 chapter8:十風五雨

10月頃の話。根付きつつある場所(全4話)


02.ピエロにならなかった道化師の秘密

たとえ文化祭を明日に控え、やることはすっかり全て済ませた様な気分で帰宅したところであろうと、人手が足りなければ容赦なく手伝いに駆り出されるのが商売人の息子として生まれた者の悲しき宿命である。
花村陽介という少年は高校二年生にして既にその理を否応なく受け入れ、且つそれに従うことを強いられているのだった。

……そうか。お勤め、ご苦労様」
「ガッツリ他人事だなあオイ勝手に女装コンテストに参加させられて傷心だわ、教室の設営じゃ言い出しっぺだからってあっちこっちで引っぱりだこにされるわ、いつの間にかやらされてた実行委員の打ち合わせもなんだかんだで予定より伸びに伸びたわ、挙句の果てに疲れて家帰ってきてのこの仕打ち!あんまりだと思わねーか!?」
「九割方は因果応報じゃないか?」
……ちくしょう!なんだって俺がこんな目に!!」

俺の返事には聞こえない振りをしながら、陽介はこれでもかというような悲痛な叫びを上げた。
そのいかにもわざとらしい素振りがどうにもコミカルで憎めないのは一種の才能だと思う。
思えば俺がまだ稲羽へ来たばかりの頃に通学路で初めて会った時にも、もうかなりガタの来ている自転車で道端のポリバケツへ突っ込むなどして、普通に生活していたのではなかなかお目にかかれないであろう見事なハマりっぷりを披露してくれていた。
整った顔立ちをしていながら所謂お笑い・お約束的な展開がどうにも似合ってしまうのは残念と言えばそうかもしれないが、こういうところが陽介の持ち味なのも確かだ。
陽介は最初から話しやすい相手だったが、もはやずっと前から慣れ親しんでいた間柄のような気さえする。
そんな相棒というべき存在のおどけた様子に、俺は青果コーナーの片隅で今晩のデザートにすべく林檎を品定めする傍ら、自然と呆れながらも笑っていた。

すぐそばの棚でやや背中を丸め、気怠そうにキャベツを物色するスーツ姿の男に気づいたのは丁度その時である。

「足立さん。こんばんは」
「お、いらっしゃいませ!こんばんはーっす」

俺が呼びかけて軽く挨拶すると、陽介も追って声をかけた。今の今までいち高校生男子として俺と雑談を楽しんでいた一方で、幾分砕けた調子とはいえお客様への定型句をきっちり忘れず付けているのは流石と言うべきか。
さて、それはさておき俺たちの声に振り向いた足立さんの顔は、やはりいつも通りの毒気を抜くような緩い雰囲気を纏っていた。

「あぁ、君たち。こんなところで奇遇だねえ、晩ごはんのお買い物?
……と、君はおうちのお手伝いか」

そう言いながら足立さんは陽介の身に付けているエプロンを一瞥し、「大変だねー、親が商売やってると」なんて続ける。うっすらと笑いながら飄々とした態度で世間話をするこの人は、こうして見るとなんとも刑事らしくない。

「ハハ、まぁ、もー慣れっこっすかね……。でも、流石に今日ぐらいはちっとカンベンして欲しかったんすけど」
「へえ、そりゃまたどうして?」
「実はかくかくしかじかで、話せば長くなるんすよ……

陽介が再び積もり積もった身の上話を語る間も足立さんはずっと「家のご近所にいるような、ちょっと気の抜けた人畜無害な青年」とでも言うべき顔をしており、俺は思わずまじまじとその様子を観察していた。
足立さんと言葉を交わすようになったのはいつだったか、早く見積もってもたぶん春はもう過ぎていた頃だと思うが、僅かながらに何度か交流を重ねた今となっては少なからずその顔に思うところがあるのだ。

……え、何、君らってまさかそういう趣味……
「ちょッ、足立さん俺の話ちゃんと聞いててくれました!?どー考えてもそーはならないっしょ!?」
「あはは、ごめんごめん……でも良いんじゃない、そーやってふざけてられんのも学生のうちだよ。青春の思い出ってやつでしょ」

以前に聞いたのと似たような台詞が耳に入り、高校時代は勉強ばかりしていたと言う足立さんの顔がフラッシュバックする。やれば返ってくるのは分かりやすくて嫌ではなかったとあっさり言ってのける姿に今はどうかと尋ねたあの時、この人はあいまいな返事をしながら少し疲れたように笑っていた。
するとそれにつられて、今度はつい先日のやり取りまで思い起こされてくる。面倒なお婆さんの相手をせずに済むと笑うのにどこか寂しげで、一人の方が気楽でいいと言うのにその声音は決して明るくない。

頭の中を巡る記憶を一通りさらった後、俺はそれらをぼんやりと意識の外にしまう。
勿論そういう何とも言い難いほろ苦さを抱えてふらついている様子がどうにも気にならなくはなかったが、付かず離れずに一定の距離を保とうとしている気配をそこはかとなく感じたし、足立透とはそういう人なのだと何故か不思議とすんなり飲み込めていたのもあって、俺はこれまでもひとまず足立さんの立ち振る舞いに関して考えたことの多くを心の内に留めていた。

――だから今この時も、自分はこうしてしんと何の気もない顔をしつつ、ただ陽介と足立さんの会話を眺めていたのだが――

「まぁ確かに、天城……は里中がいるからともかく、直斗とか平和島あたりなんてよっっぽど頼んでくる奴いなきゃミスコンなんて一生参加しなそうだしな。改めて考えたら、多少ムリヤリとはいえ超レアなんじゃね?」
「は?三琴ちゃん?」

――唐突に、たぶん独り言に近い感覚で陽介の放った言葉に、明らかにいつもとは違った反応をした彼の様子はひどく印象的だった。

「あ、足立さんもやっぱビックリします?俺が申し込んだ時は辞退できないって知らなかったもんで、悪いことしたなーとは本当に思うんすけど……正直言うと、ちょっとだけ『よくやった、俺!』っていうか。こっちのダメージもデカいっすけどそこはホラ、ケガの功名っていうか」
「へ……へぇ~、そうなんだ。だよねぇ、三琴ちゃんっていかにもそういう場似合わないもんね……あははは」
「イヤイヤ、ここだけの話、結構熱心なファンも多いらしくって。占いの人気は勿論だけど、それに合わせて平和島自身の方もじわじわとってカンジで……だからこそ勿体無いと思ってたんすよ!」

他人事のように「よっっぽど頼んでくる奴」などと言ってはいるがそれは他でもなく自分のことだし、ことわざの使い方が若干ズレている気もする。
が、今はそんな陽介のズッコケぶりにツッコミを入れるより、どこからどう見ても狼狽している足立さんの顔色の変化を捉えることにすっかり意識を持って行かれていた。
……これはもしかして、……否、もしかしなくても。
彼のこんなにもわかりやすい焦りの色はこれまでに露とも覚えがなくて確かに意外なはずなのだが、どういうことだと疑問符が浮かんだのはほんの一瞬で、後は単に初めて見るものへの興味に等しいものしかない。それはおそらくこの様相が、かつて遠くに見かけた二人の姿に特別そぐわないものではなかったからだ。

「ヤッベ、ちっと話し込みすぎたかそんじゃ悠、また明日な!
足立さんもお買い物、ごゆっくりお楽しみください……なんつって。それじゃ!」
「あ、あー……はは、わざわざどーも」

返す言葉はなんだかぎこちなく、心ここに在らずというふうにも聞こえる。けれど普段と変わらぬ陽気な笑顔を向けて、レジの応援を頼む店内放送に呼ばれ駆け足で去っていく陽介には、たぶんさして引っかかるものもなかったのだろう。
ああ、また明日、と相棒の背中に応えつつ俺は目の前の棚からこれと思う林檎をひとつ手に取り、それからぽつりと小さめの声で呟いた。

「ミスコン、明後日の午前中ですよ」

例えば足立さんが平和島をどう思っているのかなど、そういうことを態々こちらからあけすけに聞き出すような真似をする気はさらさらない。
それなので二人の関係については実際のところ知る由もないが――ぴくりと揺れ動いた肩を見るに、ひらりひらりと掴み所なくたゆたっていたがるこの人にとっての彼女はなかなか稀有な――やはり、きっと少なくとも容易には手放しがたい存在なのだと思う。
そんなことを考えながら改めて足立さんの顔を覗いたら、ああ、こんな表情もするんだなと、なんだかとても微笑ましく見えた。


<了>