03.振られた賽の行く先
「
三琴ちゃんも買い食いなんてするんだねー。なんか意外かも」
「そうですか?結構好きですよ、こういう寄り道というか、買い食いというか。放課後に学校でカップ麺食べたりもしましたし」
「あー!そういえば前、雪子が購買でたぬき譲ってもらったってこともあったっけ!あの時はゴメンね、気遣ってもらっちゃって」
「いやいや、とんでもない」
「そだ、今度は皆で一緒に来ようよ。菜々子ちゃんが退院したらさ、快気祝い!ガッツリ元気つけるにはやっぱ肉だよ、肉」
「あはは、そうですね。是非とも」
「
……」
「
…………」
「
……にしても、ホント、よかったよね。一安心
……っていうか。
一時はどうなることかって
……あたしってば、あの時どうすればいいのかって一瞬で頭真っ白になっちゃって」
「
……たぶん、皆同じですよ。あの場にいたら」
「
……そうだね。
けど、
……あたし、今までずーっと雪子のこと守るような役してきたんだ。だからかな、菜々子ちゃんみたいな子見てても『守ってあげなきゃ!』って咄嗟に思うの。なのに、あのざまでさ」
「
……」
「情けないけど
……でも、頑張ろうって思えた。もっと強くなろうって」
「
……素敵なこと、ですね」
「え、
……えへへ、そ、そうかな。まぁそうは言ってもまだまだ全然、これからなんだけどね」
「いえ、今も十分、すごいなあと思いますよ。なんというか
……とても、良い姿だなあって。千枝先輩は勿論ですけど、皆さんが本当に菜々子ちゃんの助けになっているというか」
「ちょっと、もう、おだてても何にも出ないよ?あ、でも花村と完二くんあたりなら、うまくすればなんかオゴってくれるかも
……あの二人、乗せられやすいしね」
「ふふ、
……快気祝い、楽しみですね」
*
「これからどうなるのか、聞いてもいい?」
視線は合わせず、ほんの些細な気まぐれだというふうに尋ねた。丁度明日の天気を聞くのと同じような調子で、開けたばかりの缶ビール片手にテレビを眺めながら。
何ら他意はなくたまたまチャンネルを合わせただけのバラエティ番組は面白くも何ともない。ただそのつまらない音声で、少しでもこの地に足がつかないような不安定な感覚を紛らわせることができればと思っていた。しかし、それはどうやら電気の無駄遣いというものだったようだ。
「
……おそらく、間もなくして先輩方は選択を迫られる。
そこで先入観に囚われて判断を誤れば事件は闇の中に葬られるし
……あるいは、惑わされず真実に辿り着けば、」
僕の意図などつゆ知らず、画面の向こうであれこれ喋り散らすタレント達とは対照的に。ゆっくりと答える声音から、慎重に言葉を選んで話しているのがよくわかる。この期に及んでやはり直接的な物言いを避けたがるのがなんとも
三琴らしく、相変わらずそこには一定の境界線が見えている。生憎どうしても踏み超える気はないらしかった。
とは言え、意外と厄介な頑固さのほどは勿論重々承知している。そう改めて認識したら、やけに神妙な空気がなんだか逆に可笑しくもあって。まじめくさった態度の
三琴には悪いが、僕は思わず失笑した。
「ま、どう転んでも、今更君のこと逃してやる気なんてさらさらないけどね」
良くて人質、悪くて共犯者。どっちにしろ覚悟はしておきなよ、と底意地悪げに言ってみせる。
――実際は、良いも悪いもまるで逆だ。
彼女が人質たり得るということは即ち彼らが真相に辿り着くということだし、そうでなければ誰にも秘密の後ろ暗い記憶というだけでこの先ずっと僕たち二人の胸の内へと押し隠されてお終い。そしていずれにせよ、覚悟しておかなければならないのはむしろ僕の方である。
(できることならこのままどこか二人で遠く、何もかも忘れられたら
……なんてね)
そんなどこぞのお姫様のことをとやかく言えないお気楽な逃避願望まで浮かぶものだから、いよいよ随分参っているのかもしれない。けれどそうして自業自得の生ぬるい感傷に浸らんとする自分を、あまりにもくだらない、馬鹿馬鹿しい、そう嘲り笑うことも僕にはまだできたはずだった。
――それなのに。
「
……私は、どうなるんでしょうね」
はは、とため息に紛れて乾いた笑いが聞こえた瞬間、はっとした。なんてことなくいつもの調子で吐き出された台詞が、そのまま掠れて消えそうな響きに思えたのだ。
脊髄反射で動いた視線が俯く
三琴の姿を捉えたとき、僕は自分が折角拵えた何でもない振りが、これほどまでにいとも容易く崩れ去り台無しにされるとは考えてもいなかったことを、不覚にも思い知らされた。
「あ、足立、さん
……?」
動揺。無言のまま向き直り、当人を置いてけぼりにするのも構わず僕は彼女を抱きしめた。え、どうしたんですか、と耳元で明らかに狼狽する
三琴の声は、その場しのぎに繕われているようには感じなくて、少しだけ僕を安心させた。
これから僕がどうなるか、はっきりとはわからない。それにきっと知ったところでどうせ僕の思う通りにはならない。当然の現実が忍び寄り、じわじわ頭に滲み広がる。
しかしただ一つ、どんな結末を迎えようとこの隣でぎこちなく笑おうとする少女だけはどうしても繋ぎ止めなければと直感して。
なんのために自分はここまで傍観者を決め込んだまま事件を引きずって、この手で再び人を落としてまで続けさせてきたのか。
自分の今までしてきたこと全てがゲームのシナリオとして、単なるシステムとして定められたものだとは思いたくなかったし、思われたくもない。
「好きだよ、
……三琴」
腕に力を込めれば吐息が漏れるのを微かに聞いた。祈る気持ちで耳元に流し込むように囁いてから、我ながら切実すぎてむしろ呪いのようだと思った。
<了>
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