ツキシキ
2024-04-12 08:35:38
19865文字
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★夢遊猫シリーズまとめ

4作品。二次創作。イミテイション、サウザンドキングダム。


ファラがスピアを迎えに行ってお昼寝デートする話


時系列はイミテイション辺り
_________



 まるで蛇のとぐろのようだった。
 毒が蔓延る陰鬱なンカサの帳に在り、スピアは殊更禍々しい古木の幹に背を預けていた。悠々とあぐらで座し、槍を自らへ傾けて瞼を閉ざす。長い両足が胴に向けて折り畳まって地を支え、尖った槍先は天へ抜ける。蛇のとぐろだ。葉擦れに紛れる深い呼吸音は、しゅるると鳴らす蛇のそれにも似た響きだった。
 もはや誇示する必要すらない、自然体で強者の風格。纏う衣服が何ら気負いのない普段着ジャージなのも、ともすれば罠かと警戒してしまえそうな。背に聳え立つ木もひょっとすれば魔木の一種なのやもしれず、例えだとしても彼の眷属のそのまた眷属の寝床の材になってしまうやもしれず。それ程に、スピアという存在は強大である。
 あるいはその前に、材を財と見て、先んじて自陣へ勧誘する頭領がいるかもしれないが────。

…………

 瘴気が紫煙めいてくゆる場に、似つかわしくない黄金色。
 くだんの頭領、ファラだった。

 凛と背筋を正した立ち姿、それでいてようやく、座るスピアと目線が並ぶ。有り体に言えば小柄だが、意志強く輝く瞳は惑星のような輝きをしている。
 声はかけない。ただ惑星は真っ直ぐにスピアを照射する。相手の瞼が閉ざされたまま、ひたとも動かないのを見てなお。

「用向きがあるなら声をかければいいものを」

 しゅうと鳴る呼吸音は、平然と声に変わった。
 
「気持ち良さそうにしてるのを邪魔する気はなくてな」
「じろじろ見てくる時点で邪魔みたいなもんですよ」

 憎まれ口が開くともに、瞼からも柘榴が開帳される。

「で、なんでこんなところまでわざわざ? 俺はともかく、貴方の身には毒でしょうに」
……素直に心配だって言えばいいのになー」
「んなっ」

 煩わし気なスピアの本心をファラは早々に看破して、堂々と笑う。

「安心しろよ、あれこれ魔法陣だの予防のまじないだのかけてもらってきたから」
……アレの手は借りてないでしょうね」

 名すら忌まわしいとばかりに吐き捨てる、スピアの脳裏に浮かんでいるのは好奇心の化身、フィンクスだ。術と言えば彼女が真っ先に出るのは当然のこと、彼女の行動には常に等価交換が伴うのも必然のこと。なんなら倍額吹っ掛けられる恐れすらあり、それを快諾してしまいかねないファラの性格もまた、スピアの杞憂に拍車をかける。

「フィンクスか? 最近はまた別件で忙しいってさ。頼んだのは……

 ファラが指折り挙げていく団員の名前が片手を超えた辺りで、スピアはストップをかけた。

「頼んだというより、過剰に集まられた、の間違いですね。それだけ重ね掛けしてあればまあ問題ないか」

 そもそもファラは癒しを司る剣すら扱え、最悪の事態は免れる。あれこれ掛けてあるのは、潜む毒をやり過ごすためではなく、混沌すらも明るみに晒して親しむためなのだろう。

……良かったですね人望が厚くて」

 当て擦るようなスピアの言葉を、ファラは真正面から受け止める。

「ああ、友達に恵まれてる。スピアもだろ?」
「俺のは眷属ですから違いますよ」
「でも大事にしてる。お互いに」
「どうだか」

 スピアは視線を地へ逸らす。自身の眷属に別段不当な扱いをしているつもりはなかったが、叛意がないと言い切れるほど丁寧に扱うわけでもない。何より、自信満々と信頼を掲げるような青臭さがスピアには癪だった。
 ゆえに応えは雑に落とす。ファラも拾い上げるでもなかった。無関心ではなく、内実を知り尽くしているからこその放任だ。いっこうに揺らがないファラの瞳に、スピアのぎこちなさはいよいよ増すばかりだった。
 閑話休題、スピアは改まってファラへ問い直す。

「で。結局何しに来たんですか」
「んー……昼寝?」
「は? 馬鹿か?」

 もはや反射だった。だが、猛毒の寝床で健康体が快眠など、夢物語甚だしい。
 ファラはスピアの反応に気を悪くした風でもなく、からからと笑っている。いくらか過去に遡れば、見るからに怒気を噴出させてむきになっていただろうに。どんどん図太く目覚ましく成長していくファラに、スピアの呆れは絶えない。

「そんだけ加護しょって毒の温床に乗り込んできて、やることが昼寝とは」
「ああ悪い、お前に会いに来たって言った方が良かったか。拗ねるなって」
「誰がっ……!」

 スピアは頬へカッと集まった羞恥を歯ぎしりで逸らす。スピアがからかわれる回数は主従でいた頃よりも増えたかもしれない。そこに悪意があればいくらでもやり返せるが、純然と好意をぶつけられてしまうとどうにもスピアの手札は減ってしまうのだった。
 動揺するスピアを慰めるように、ファラは隣で無警戒に寝転がる。さざめていていた悪食の雑草は、ファラの体毛に触れれば静かにしなだれていった。黄金がほんのりと淡い光に包まれているのは、様々な加護が辺りの害毒を鎮めているからだろう。

「最近はアジト周りでうろつくことが多かったからな。相手の好みに合わせるのも一興、だろ?」
……そーですか」

 色々とツッコめる部分を全て放棄して、スピアは嘆息した。ファラの行動力と快活な頑固さは、スピアが身をもって知るところだ。
 スピアは槍の柄の下端でファラの周囲をちょいと辺りをなぞってやる。児戯に似た動作一つで、毒蟲達は賢く縄張りを理解した。

「ありがとな」
「なんのことやら」

 わかりやすくそらとぼけて、見返りを求める輩とは違うと示す。迂遠な友好の証にファラの笑みは深まるばかりだ。さらには仰臥したまま、心地よさそうに瞼すら閉じる始末。此処が日向の草原かと錯覚しかねない寛ぎ様だった。

「豪胆さも上に立つ者の資質、か」

 ファラの小鼻は早々に安らかな呼吸音を奏で始め、啼く夜魔も心なしか息を潜めていく。スピアもまた、引き締まった手足を投げ出し、ついには槍すら地に伏せた。勿論いざとなれば保護監督をこなす心づもりだが、長物には適切な使い時がある。
 つまるところ、敵を瞬時に砕く蟒蛇とて、友の傍ではだらりと身体を伸ばすしかないのだ。

「まったく平和なもんだ」

 禍々しきの極みに在って、真逆をスピアは独り言つ。ファラが身を挺して昼寝に────スピアと親しむ時間を作りに来ただけあって、黄金の照らす範囲はまこと安寧だ。混沌と相反するはずのそれは、しかし、スピアにとって不思議と不快ではない。

「心配せずとも、俺が貴方の傍を飽きることはないですよ」

 スピアはぼそりと呟く。届かなくて良い言葉だ。だからこそ本心が飾らず曝け出される。極夜を纏うにしては些か甘いだろうが、そこすら突く者はいない。此処にはただ、二人だけが在る。

「くぁ〜、あ……

 ゆるり、蛇は大口を開ける。とぐろは解いて、安らかに。そうして獲物を丸呑みする代わり、スピアは己が柘榴を瞼裏へぱくんと収めるのだった。





~END~