ツキシキ
2024-04-12 08:35:38
19865文字
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★夢遊猫シリーズまとめ

4作品。二次創作。イミテイション、サウザンドキングダム。


ファラがスピアを迎えに行ってお散歩デートする話


時系列はサウザンドキングダム開始前
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 毒花たちの鮮烈な彩りに、蒲公英色の和毛が迷い込む。
 さふさふさふ、と軽やかな足音を立て、ファラは目新しい地を冒険していた。連れ立つ足音はまだない。栄えある盗賊団も実は結成したばかりで、団員は非戦闘員がほとんど。よってファラは単身、新天地の開拓に赴いたのだ。

「あいつデカいからすぐ見つかると思うんだけどなあ」

 自然と声が出るのは、いつもなら後ろに聞き手の長身が付き従っているからだろうか。
 そう、珍しいことにファラは今日、ひとりで目覚めたのである。聞き手兼目覚まし兼保護者兼従者兼──総括してスピアという名の唯一無二は、なぜかアジトを離れているようだった。となれば、探しに行くのもまた道理。しょうがないな、と満足げに鼻を擦ったファラは、アニキ分をこなせて大満足だ。
 そんなわけで、ファラはシークレットブーツを元気に蹴り上げ前進していく。

 毒々しく目を焼く色の花びらも、不吉に渦巻く紫の霧も、ファラの眼を通せば全てが好ましい。ファラの爪先を掬おうとする蔓だって、まるで兄に構われたがる弟のようだ。だからファラはあちこちへ視線を向けつつ笑顔で探索を進め────

「わぷ」

 赤布を纏った胸筋にぶつかった。

「こんな剣呑な地に遠出とは、感心しませんよ」

 ファラの歩みを遮ったのはまさにスピア本人だ。この体躯がどこに隠れられたのか、辺りの不気味な色合いに毛皮も紛れ込んだのか。ファラはスピアを見上げて声を荒げる。

「お前こそ、何の連絡なしにどっか行くなよ。心配するだろ!」
「いやあ、アニキに言うほどのこともない些事だったもので」
「匙? 別にスプーンの話はしてないぜ?」
「帰ったらお勉強ですねえ」

 スピアはファラの両肩に手を置き、くるりと方向転換させる。が、ファラはすかさず振り返ってにこやか・・・・に抗議した。

「待てよ、話を逸らすな! それにせっかく来たんだからもうちょっと居たっていいだろ」

 スピアはファラの表情を見た途端、口元を引き締める。

「アニキ、気づいてますか?」
「何がだ?」

 へらへら。ファラの機嫌は変わらず上々だ。……表面だけ見れば。
 スピアは諦めたように嘆息すると、中空へ手を差し伸べた。

……来い」
「ん?」

 スピアの召喚で現れたのは小さな蛇。鱗に透明な皮膜を二枚付けたその姿は、羽虫のようにも見える。それはスピアの手を介し、ファラの死角からすぐさま肩口へと飛び乗った。

「ッ、んぁっ」

 注射針よりは太い牙が、ファラの首元へさっくりと突き刺さる。急所を文字通り食まれる感覚に、ぶわりとファラの体毛が逆立った。

……よくやった。戻れ」

 先ほどからのスピアの言葉はファラに向けられたものではなかったのだと、悪寒に苛まれながらようやく気付く。牙が離れても寒気は続き、さらには、ずんと腹の奥へ錘を穿たれたような感覚。

「ぁ、あ、な……?」

 ファラがスピアの害意を疑うなんてことは、世界が反転しようとあり得ない。だが、説明は素直に欲しがった。

「アニキは毒にやられてたんですよ。それを別の毒で上書きして抗体を作りました。毒を以て毒を制す、と言います」

 ファラは頷こうとしたが、乱下していく自分の身体のバランスが取れずよろめく。まだ両肩に置かれたままのスピアの手が、ファラをしっかりと支えた。そしてその場に座り込み、自身の胡坐を寝床としてファラをそっと横たえる。

「気鬱がキてるでしょうが、笑気を打ち消すための反動です。ほんの少しすれば平常に戻りますよ」
「ん……
「まともに剣も呼べそうに見えなかったもので。強引ですみませんね」

 スピアはファラの身体をぽんぽんと撫でる。綿毛を飛ばさず愛でるような柔らかい手つきは、ゆるやかにファラの呼吸を落ち着かせていった。

……ごめん」

 冷静な頭で省みるのは自分の軽挙妄動だ。ファラの謝罪をスピアは黙って受け取る。反省する子を煽り立てるのは保護者として論外だと、弁えているから。
 自らわかっているなら何も言うことはない。よってスピアは話題を大きく転換させる。

「で、アニキはどっちが良いですか。毒霧の溜まり場と、毒花の群生地」
「へっ?」

 いきなり投げ渡された選択肢にファラは呆ける。その顔はスピアにじっと観察され、躁も鬱もしっかり抜けきったと診断された。

「入り口付近の魔毒は、言ってしまえばぬるいんですよ。獲物を奥へ誘ってしゃぶり尽くすために、囮代わりの雑魚が集まっているだけでして」

 説明しながらスピアは身を起こす。そして小さな主人の御身を抱え直し、自身の肩口へと座らせる。地から遠ざけて、触られたがりの痺れ芋虫や掴みたがりの毒糸がファラへ手を出すことのないようにだ。
 玉座と呼ぶには簡素だが、邪神を乗り物代わりにすると言えば剛胆とも言える。当然、乗せられただけのファラ本人にその自覚はないが。

「だから、入口付近だけなら案内してあげます。毒霧と毒花、どっちが良いですか」

 改めて選択肢の意味を知り、ファラはうーんと唸る。なぜ担ぎ上げられているのかはまあ疑問でもあったが、スピアのすることであれば必要なのだろうと端に追いやられた。それよりも魅力的なのは────

「どっちも!」
「ほお……

 ファラの潔い強欲さに、スピアは珍しく一瞬言葉を無くした。

「その心は?」
「理由か? 毒の霧は単純に、どういうのか気になるんだよな。毒って言うからにはびりびりってすんのかなーとか、意外と甘ったるい感じなのかなーとか。んで、毒の花って俺はまだ色の綺麗さとかくらいしかわかんないけど、せっかくスピアがいるんなら色々毒のこととかその花の個性とか聞けるだろうから、良いなって思った!」
「経験も知識も欲しいと。じゃあとりあえず花から行きますか」

 ファラの意見をスピアはざっくばらんにまとめて、さっさと一歩目を踏み出す。急いた仕草はファラを案じて長居を避けるためでもあったが、内心の苦笑を誤魔化すためでもあった。人から嫌われるべき毒という要素を、真っ向から肯定するファラの姿勢は、どこまでも彼らしい。
 まったく否を唱えないスピアに、今度はファラが問いかける。

「言っといてなんだけど……良いのか? 正直追い返されるのも覚悟してたぜ」
「『せっかく来たんだからもうちょっと居たい』んでしょう」

 それは、少し前にファラ自身が言った軽口。けれど確かな本音で、小さな願いでもある。
 ファラは瞬きを一度挟んで、陽だまりのように笑った。
 なんでも軽んじるようでいて、しっかり隅まで聞き漏らさないからこそ、ファラはスピアがいつも後ろに控えていることが頼もしいのだ。

「ありがとな」
「アニキのワガママは今に限ったことじゃありませんから」

 憎まれ口に蓋はないが、これもファラを介せば愛嬌と呼べた。

「とはいえ、さすがに今回みたいなことはもうしないでくださいよ? 新天地を探索するなら俺がいる時にしてください」
「じゃあお前も、黙っていなくなったりするなよ! 出かける時はちゃんと俺に言い残すか、書き置きをしておくこと! 門限は日が落ちるまで!」
「はいはい」

 ファラは普段小言を言われる仕返しとばかりに憤然とアニキ風を吹かす。あっさりと受け流されたが、これもきっとなんだかんだでしっかり叶えるだろうことが予想できるので、ファラも突くに突けない。
 そして自然と二人の会話に間が空いて、

……心配しなくても、いきなりいなくなったりはしませんよ」

 その隙に少しだけ深刻さが差し挟まれた。
 けれどもファラが違和感を抱けるほどの間は与えられない。スピアはあっさりとトーンを戻して言ってのける。

「アニキと袂を分かつ時はきちんと絶縁状も渡しますから」
「実家に帰らせて頂きます、じゃんかそれ」
「ンなもんどこで知ったんですか」
「この前通りすがりの魔物が……

 そうしてファラの話す中には、新たな縁が紡がれている。誰とでも手を繋ぐこの小さなボスは、これからどんどんスピア以外とも縁を作っていくことだろう。
 神も王も前世のしがらみも何一つない、純然な友との無数の繋がり。そこに紛れる、古ぼけて縮まった赤黒い糸──。
 スピアは静かに瞑目し、遅かれ早かれ訪れる未来を想う。だが、

「お前ほんとに背ぇ高いよな!」

 肩口で弾むファラの声に、不覚にもスピアはブッと吹き出した。キラキラと目を輝かせているであろうことが見ずともわかる。普段のファラの目線と比べれば、それはもう別格だろう。

「あっ嗤うなよ!」
「アニキもすくすく伸びるといいですねえ」
「そのうち追い越してやるから見てろ」
「ところで成長期っていつまでか知ってます?」
「見た目も中身もでっけぇ男になるんだよ俺は!!」

 ファラの勇ましい宣誓に、スピアは今度こそ忍ばず素直にほほ笑む。でしょうね、と、声には出さない信頼が喉奥へ吞まれていった。





~END~