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無窓居室
2023-05-24 02:58:38
7146文字
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その他
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fkmtジャンル切れ端つめ合わせ
十数年前に書いていたらしいfkmt漫画の二次創作が発掘されました。
全て未完でもう構想も忘れてしまっており、穴だらけのままの見苦しい状態ですがせっかくなのでここで供養させて下さい。
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My Love
眠りに落ちる瞬間とは曖昧なものだ。起きてから初めて眠っていたことに気付く。寝覚めにならなければ思い出せない寝入りのときにばかり、ひろゆきの脳裏に浮かぶ一つの印象があった。
それはまだひろゆきが人生の雑事に倦む前、世間の雑音に押し流される前、自分の才能に絶望しきる前の、恐れ知らずの子どもの面影を残していた頃だった気がする。どこでどんないきさつがあったか忘れてしまったが、赤木しげるの前で自分は寝ていたことがあった。今ならどんなに疲れていても彼と同じ空間で眠気など感じることはできないはずなのに、どういうわけかその時には眠っていたのだ。奇妙な眠りに、さらに奇跡のように触れてきたぬくもりがあった。気がする。
あれは、あれは赤木の手ではなかったか?牌を握れば神にもなる、あの指の温度ではなかったろうか。
赤木がくれた筈の、正確には微かにそう思える穏やかな感覚を思い出そうと、ひろゆきは寝入る瞬間いつも試みる。そしていつも失敗するのだ。失敗したことすら忘れた起き抜けに、ふと戻ってくる。
そんな印象だった。
(※中略)
やくざ行きつけの料亭も駅ビルに入る時代だ。並べられた器の色も目にあでやかな料理の数々に、ひろゆきは嬉しそうな顔をしながら少しの興味も示さない。ただ丁寧にいただきますを言って口へ運んでいく。
赤木や天の在り方にはとても及ばないくせに、時々彼らそっくりの表情をするようになったひろゆきを見る度、原田は胸を内側から掻き毟られるような心地がした。
「これで先生もカタギの身やな、東京に帰ったら赤飯でも炊いて祝うてもらえ」
「はは、炊いてくれる人が居ないから自分で作りますよ」
軽口を叩き返すひろゆきの顔は、以前より無邪気になった気がする。
「あんまり一人で走んなや」
「お前が、赤木の言うとこの棺桶を蹴って漕ぎ出す
……
もうそろそろ、その本番、外洋やと言うんなら、俺はもう付いて行かれん。所詮、湾から出られん男や。俺は。」
ひろゆきは何か言いたげな顔をした。しかし言わんとしていることを原田はもう理解している。湾の中にも為すべき事はあり、そして美しい、ときには荒々しい漂流物の着くことを。
「やけどな、一人だけで突っ込もうとすんな。往々にして、沿うべき自分の意志という物は、自分だけじゃ意外と見えへん物なんや。逆にな。それが出来るんはごく限られた人間だけや」
赤木は、天は、それが出来るから異才なのだ。原田は言葉にしなかった。
「未練で言うんやないが、何かあったら便りでも寄越せ」
そう言ってから、目元をサングラスで頑に隠したまま、
「
……
耳触りでいかんな、こういうんは」
などと苦々しく唸るので、ひろゆきは冗談抜きで鼻に米粒を通すほど吹き出してしまった。
「原田さん、前から思ってたけど初々しいって言うか
……
可愛いところあるんですよね。玄人の女性に付け込まれたりした事ありそうだ、何となく」
「黙ってはよ食え、発車時刻になるやろうが」
敷居の向こうでは従業員が、吠えるやくざを前に笑う若造を見ておろおろとしていた。
(※中略)
「縁談が決まってな」
「おー、ひろから聞いてる」
「アイツとは切れる」
沈黙があった。
「縁談相手や周りより、ひろが承知せん」
天はわざとらしく深いため息を吐く。原田は黙って聞いていた。
「馬鹿、そこで両方幸せにする方法を探すのが男の器ってもんだろうが」
「オットセイか、お前みたいな珍獣と一緒くたにすんな」
「へん、ばーかばーか、甲斐性なし。お前みたいな肝っ玉の小さいやくざから解放されて、ひろも清々してるだろうよ」
事実、天はそう思っていた。ある意味原田と切れてさっぱりした気分だろう、ひろゆきは。しかしそれは危険な兆候でもあった。希望や、憧れや、向上心といったものは前進に必ず必要な足掛かりだ。だが人間はそれのみで進み続けることは難しい。傷を舐め合ったり愚痴を吐き合ったり、安易な方法で鬱屈を誤摩化したり
……
どうしようもない、下らない事だって人生には必要なのだ。
生きていれば腹が減るのと似て、それは嫌がっても抗える事ではない。時にはそこから思いがけず、純粋な情が湧いて出ることもある。まんざら不毛とばかりも言えない関係が築けることもある。ひろゆきにとって、原田はそういう相手だった。ひろゆきは自尊心を回復する代わりに安らぎを失うだろう。
「
…
まあええ、席が汚れるで式には呼ばんが、次に会うときには引き出物の余りくらい配ったるわ」
「マジ?そりゃあ期待してるぜ」
原田の意図を、天は電話を取った瞬間から察していた。しかし人間関係の方向性というものは、親しさや好意の深さばかりに因るものではない。天が原田の代役をつとめるのは難しいだろう。
天は呵々大笑しながら電話を切った。困難な問題を抱えたときの処方は、まず出会いと別れに愛嬌を忘れない事だからだ。
(※中略)
「死んだ人間に何故こだわる?」
ひろゆきは耳を疑った、よりによって、この人の口から出た言葉だろうか。振り返った天は肩を竦める。
「そんな顔すんな」
緊張した空気は天の笑顔ですぐに失せた。天の表情の変化にはそういう力がある。ただひろゆきの胸に固いものが残った。
「悪いな、ちょっと嫉妬したんだ」
天の口から出る嘘は、いつも明らか過ぎて嘘とは呼べないものばかりだった。天が人を騙す目的で事実と違った事を言うのを、ひろゆきは未だ見た事がない。だからといって常にその意味を知らせてくれる訳でもない。
天の真意をを考えようとして、分からないのですぐ止めた。継ぎのあるコートを羽織り直してひろゆきは目の前の背を追った。
(※中略)
「ひろ」
「
……
え?」
「お前を好きだよ」
この短い言葉を終える間も無く、ひろは寝入ったようだった。
あの頃のようには整えられず、煙草の匂いの染みた髪に指を差し込んでみる。起こさないよう注意を込めたつもりだったが、ひろゆきは目を開けはっと起き上がった。
周囲を見回し、天の姿を認めてもまだひろゆきの眼は呆然と、ここには無い何者かを探していた。明らかなデジャヴに戸惑うその様子が、天に何もかも明らかにすべきだと告げている。部屋の暖かさのように優しい表情を浮かべたまま、天はひろゆきの視線が自分に戻るのを待って口を開いた。
「
……
悪い、驚いたか?」
「え、ええ
……
すみません俺寝ぼけてて」
まだ半分夢見心地の体でひろゆきは取り繕おうとする。
「赤木さんも、いつか同じようにしてたよ。最もあの人は起こしちまうような不器用じゃなかったけどな
……
俺は偶然見てた」
居ずまいを正そうとしていたひろゆきの動きが止まった。三十路を過ぎてもあどけなさの残る目が見開かれる。
「もう何年前になるかな、皆で牌摘みながら飲んでた時だ。今みたいにお前は寝てて
……
覚えてんのは、赤木さんが幸せそうな顔をしてたからだ」
「何の話です?」
「実際、あの時赤木さんは幸せだった筈だ。無論、あの人はいつだって人生に満足してただろうが少なくともお前はその幾許か
……
」
「だから、何の話なんです。分かりません」
切迫した声が話を遮ろうとした。ひろゆきの指は固く炬燵の布団を握っている。その白さを視界に認めながら天は続けた。
「赤木さんはお前を愛してたと思う」
「まさか
……
。」
笑い飛ばそうとしてひろゆきは失敗した。喉の奥が締められたような音を立てた。
「そんな」
「間違い無いよ。それは、確かに世間で言う惚れたの恋だのって話じゃあなかったかも知れねえ。俺や原田がお前を想うのとも、お前が俺達に対して持ってる感情とも違う。多分お前が赤木さんに抱く感情とも違うだろう
……
赤木さんだけが持つ、お前に対してだけ持つ愛情だったと思う」
ひろゆき表情は驚きというより、恐怖や苦痛に近かった。酷く動揺した呼吸が平穏な筈の部屋の空気を震わせる。天は、息を吹き返せるかどうかの瀬戸際にある傷病者を励ますようにその手を握った。かなりの間を置いて、その手に温い涙が掛かった。
「嘘だ」
「嘘じゃあないさ」
あやしも宥めもしない、ただ誠実な響きを含んだ声で天は告げる。
「あの人が言わずに逝っちまったから黙ってるつもりだった。今になって話したのは、お前が苦しんでたからだ。ひろ、その苦しみは赤木に追い付けないからじゃない。赤木の存在をお前のどこに据えながら歩めば良いのか、最後の隙間が埋まらねえからじゃないのか?少なくとも俺にはそう見える
……
」
過去の告白はそのまま、現在の天のひろゆきへの想いの告白でもあった。自分がひろゆきを愛しているとして、その想いはひろゆきから赤木への、赤木からひろゆきへの、そして天から赤木への想いと分かち難く結びついて離れない。もし一つだけを取り出そうとすれば、全部が崩れてしまう。
ひろゆきに、受け入れてくれなどと酷なことは考えなかった。ただただ壊したくないと願う。自分の不器用さが割った破片が、ひろゆきを傷つけませんように。伝えたいことをそのままの姿で、大事に差し出せるように。
「安心しな、赤木はお前を愛してたよ。ああ見えて人間好きな人だったが、お前のことは特別に可愛がってた。だからお前も遠慮なく赤木を愛していい、お前の思うままの形で。他人に決められた枠なんざあんまり、意味がねえんだ
……
誰かを愛するってときには」
そして、声もなく泣いているひろゆきの背中を、天はただ撫でた。
(※後略)
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