著者: 雷歌/らいと
2024-03-13 17:35:19
37024文字
Public 戦セバシリーズ
 

【戦セバ/デイⒷ・ユーⒷ】エゴイズムの果て

2011.12.30発行した個人誌のWeb再録。Ⓑがヒューマノイドというパラレル設定なお話です。
発行時は、表紙と挿絵を戦セバ同志の方にお願いしました。


一、海とも山とも知れず


「お前は拾い物が多すぎる」
 眉間に皺を寄せた黒髪の男が、金茶色の髪をした男に言う。
 コンクリートが剥き出しになっている部屋には、何かしらの装置と人一人座れる程度のベッド型チェアが置かれている。そこには、拾い物と言われたヒューマノイドが乗せられていた。
 苦言を言われた男は、それでも反省した様子もなく笑っている。
「いや、完全体で捨てられてるから、思わずなー」
「捨てられたってことは、直しようがないってことだろう」
「普通の奴にはな。けど、セバスチャン。あんたなら直せるだろ?」
 セバスチャンと呼ばれた黒髪の男は整備士である。それなりの腕を持ちながらも、国家が定めた整備士協会には登録しておらず、フリーで自由気ままに整備の仕事をこなしている。
 整備士協会に登録していないからこそ、一般の人間はセバスチャンになかなかたどり着かないのだ。そのため、本当なら直るヒューマノイドも直らないと判断され墓場へと送られてしまう。
「可哀想だとは思わないのか?」
「特には。それがそいつの寿命だっただけだ。そして、お前に拾われたってことはこいつの寿命はまだだったんだろう」
 淡々と告げるセバスチャンに、男は諦めたようにため息をついた。
さて、と取り出した一つのコードをヒューマノイドの首筋へと繋ぐ。普段は髪の毛などで隠してあるが、項にコードコネクタがあるのだ。
 コードを繋げてしばらく、ゆっくりとヒューマノイドは目を開けた。
「ここは……?」
 先ほどの場所と違うことに不思議に思ったヒューマノイドがぽつりと言葉を零す。ずい、とヒューマノイドの眼前に顔を出すと、ヒューマノイドを拾ってきた男は安心させるように微笑んだ。
「安心してくれ、整備士の所だ。すぐに直してもらうからな」
「直す……?」
 きちんとした電源が通っているからだろう。ヒューマノイドは言葉とともに首をわずかに傾けさせることができた。
「俺は直らないのでは?」
「直る。そこら辺にいるような奴じゃ無理だがな」
 そう言ったセバスチャンへとヒューマノイドは視線を向けた。
 じ、と見られていることに気づいたセバスチャンは、簡単な自己紹介を口にする。
「ロード・セバスチャンだ。フリーで整備士をやってる」
「あ、初めまして。俺は……以前の主人のところではⒷと呼ばれてました」
「Ⓑ? なんでまた」
「製品番号の一部で、どうやら名付けるのが大変だったみたいです」
 自身を目の前にしてあれやこれやと名前を考え出しては唸っていた以前の主人を思い出し、ヒューマノイドは少しだけ笑みを浮かべた。
 それを見た男は、良かった、と同じように笑みを浮かべる。
「前の主人が酷いわけじゃなかったんだな」
「はい、とても良い主人でした」
 完全体で墓場にいるから、男はてっきり“飽きた”とかいう理由で捨てられたのかもしれないと思っていたのだろう。だが、自然と主人のことを口にして笑みを浮かべるヒューマノイドから、そのような酷い主人像は見えてこない。
「それじゃ、お前は外に出てろ」
「えー」
「気が散る」
 渋る男の背を軽く押し、部屋から追い出すセバスチャン。
 Ⓑは、どうしたら良いのかと二人を交互に見る。扉から出て行く瞬間、男はⒷへと軽くウィンクをして、安心して、と同じ言葉をもう一度口にした。
「ひとつ、言っておく」
 シャツの袖を肘までまくりあげ、整備士専用の手袋をつけたセバスチャンが真剣な顔で言う。
「悪いところを早急に発見し、直していきたいから、お前の電源は入れたままで整備を行う。違和感や痛みなどを感じたら、我慢せずに言え。いいな」
 Ⓑが経験してきた整備は、かならず電源を切ってから行ってきた。次に目が覚めたときはすっかり直っているのだ。今回の電源を入れたままの整備というのは初めてであり、Ⓑは少しの不安を抱く。
 しかし、文句を言える立場でもない。そもそも、命令違反でなければヒューマノイドは言い返すことはない。
 Ⓑは、よろしくお願いします、と律儀にも挨拶をして、整備士であるセバスチャンに委ねた。



「Ⓑくーん!! 無事だったか?!」
 安心してと言ったのは貴方ではなかったか、という突っ込みを飲み込んでⒷは微笑んだ。
「今までとは比べ物にならない程、的確で素早く、そして丁寧な整備でした」
 整備中も整備後も、素直にⒷは驚いていた。本当に痛さを感じたらどうしようかと考えていたが、まったくそのような感覚はなく、それでも所々に感じていた違和感──おそらく故障している箇所──は、みるみる内に消えていく。身体の一部一部に、己の意思が通っていくのが感じ取れたのだ。
 まさか、整備に感動する日が来るとは思っていなかったようだ。
「それで、こいつは連れて帰るんだろうデイビッド」
「もちろん。拾い物にはいつも責任を持つからな」
 デイビッドと呼ばれた男──セバスチャンよりも先に会ったというのにⒷはようやくここで男の名を知った──は、任せろと言わんばかりに胸を張る。
 Ⓑが不思議そうな顔でデイビッドの顔を見上げると、彼はやはり人を安心させるような笑みを浮かべた。
「これから、俺がⒷくんの新しい主人だ」
「え……?」
「ん、不満か?」
 まさか、と思い切り首を横に振るⒷ。それに満足したようにデイビッドは頷き、帰ろうかと手を差し出す。
「あの、本当に良いんですか……。その、俺の維持費だけでもそれなりにかかると聞いたことが」
「んなこと気にしない。それに、俺はなかなか稼いでるんだぞー」
 格好からしてそうは見えない、とⒷは目を見開く。以前の主人は、見目からしても手触りのよさそうな生地が使われた服を着ていた。だが、デイビッドの格好は普通の、いわゆる庶民の着ているものと同じように見える。
 だからよけい、心配になったのだろう。
「Ⓑくん、大丈夫だ」
 そう言って、微笑む。
 この人の表情は笑みばかりだなと、Ⓑはぼんやりと思った。今更行くところもない、Ⓑは遠慮がちに微笑み返して、まだ差し出されていた手に自分の手を乗せた。
「それじゃ、また来るなー」
 いつものことなのだろう。帰りを知らせる声にセバスチャンは返事をするわけでもなく、デイビッドはそれを気にした風もない。Ⓑも挨拶をと思いはしたが、ずんずんと歩いていくデイビッドに合わせるためにセバスチャンには会釈程度で済ます。
 その際、セバスチャンが向ける視線がどこか違うことにⒷは気づいていた。



「ここだ!」
 そう言ってデイビッドが指した先は、ひとつのマンション。まさかマンション一戸をもっているわけではあるまいと、Ⓑはデイビッドを見やる。
 そんなⒷの手を引いて中へと入っていく。マンションは最新式らしく、入り口には静脈認証と暗証番号の両方が必要のようだ。
「ああ、忘れずにⒷくんのも登録しておかないとな。後はーっと」
 ここに住むために必要なことを呟きつつ、デイビッドはⒷの手を引きながらエレベータへと乗る。デイビッドから伸びた指は最上階のボタンを押した。
(確かに……高級そうなマンションの最上階なら、稼ぎは良いんだろうな)
 軽い電子音を響かせて、エレベータは最上階へと着いた。
 エレベータから出ると、その階には扉が一つしかない。
「え……?」
「この階の部屋は、一つだけなんだ。広さ的に平屋の一戸建てと同じだな」
 扉に手を当てれば、エレベータとは違う小さな電子音が鳴った。どうやらそれが、扉の開いた音らしい。
「さ、どうぞ」
 招き入れるようにデイビッドは扉を開いた。
 以前の主人とは違う住まいにⒷは目を見開き、そして輝かせた。壁には色彩鮮やかな絵、飾られているオブジェクトも人を惹きつけるかのような魅力的なものに見えた。
 だが、すぐにⒷは気づく。
 以前の主人とは違う所は、それだけではない。どこか生活観が感じられないのだ。部屋には絵が、オブジェクトが飾ってあるというのにどこか寂しい。暖かい色で敷き詰められている部屋なのに、肌寒さを感じた。
「こっちがバスで、こっちがトイレ。寝室はあれとあれの二部屋。それで」
 いくつもある部屋を紹介していくデイビッドは、心なしかうきうきとしているように見えてⒷは可笑しそうに笑う。
「ん?」
「いえ、まるで子供みたいだなって」
 そう言って、すぐにⒷは失言だったかと口を押さえた。だがデイビッドは気にした風もなく、よく言われるぞ、と返す。
「料理するのが好きなんだけどな。食材探して市場まわってると、子供みたいに目がキラキラしてるって」
 確かにそんな感じだと、見知らぬその相手の言葉に納得した。
 料理が好きだというデイビッドにキッチンを案内される。
 道具はもちろんのこと、調味料も飲食店のそれと変わらない程そろっていた。
「最近は時間がないから出来合いのもので済ましてるんだけどな。ああ、Ⓑくんは料理できるか?」
「はい。基本的に、お世話をするために必要な機能は一通りありますので」
「なら、これから有効活用してくれ」
 そう言って、仕舞ってある調味料を紹介していく。中には、珍しくて思わず買ってしまったがまだ使ってないというものもあり、Ⓑはその品揃えに驚いた。
 これだけ買い揃えるのもそれなりの金額がかかる。
「あの、聞いても良いですか?」
「ん?」
「ご職業は……?」
 その質問にデイビッドは目を丸くして、声を漏らした。そういえばまた言ってなかったな、と。
 Ⓑをキッチンに添えつけているカウンターのチェアに座らせ、自身はコーヒーを淹れ始めた。
「フリーのプランナー兼プログラマーだ。いつもは複数の会社からの依頼を受けているんだが、今はちょっと大きい会社と単一契約してて」
 そこが情報資産のセキュリティ上、会社内で仕事をしないといけないらしく、最近は家に帰るのも遅くなってしまうということらしい。
 生活感が得られなかったのもそのためなのだろうと、手際の良いデイビッドの手つきを見ながらⒷは納得した。
「あ、でも、今日は……
 それだけ忙しいのに、何故あの墓場にデイビッドは現われたのだろう。時間の機能も止まっていたためⒷは正確な時間は把握していないが、セバスチャンの整備部屋でちらと見えた時計ではすでに深夜を越えていた。ということは、墓場での時間もそれと遠くない時間であったのだろう。
「久しぶりに二日間の休みを貰ってな、面白いもの探しに出かけたんだ」
 前は息抜きによく行ってたんだぞー、とデイビッドは付け加える。
 Ⓑは始めてだっため詳しくは知らないが、息抜きにしろなんにしろ業者以外であそこに来るのは珍しいのではないか。
 思ったことを口にすればデイビッドは苦笑を浮かべた。
「ま、そういうのはおいおいな」
 淹れ終わったコーヒーをⒷの前に出し、話を打ち切るように自身はコーヒーを口にしながらⒷの横へ座った。
 聞いてはいけなかったことらしいとⒷはメモリーに記録して、同じようにコーヒーに口をつける。
「って、ブラックで平気か?」
「ああ、はい。味覚設定はないので、どんな味でも」
……美味しいも美味しくないも、ないのか?」
「はい」
 デイビッドは難しい顔をして唸る。
 何かいけないことを言っただろうかと不安げな表情をすれば、それに気づいたデイビッドは大丈夫だと微笑む。
「それじゃ、一緒にご飯を楽しむなんてことは出来ないなー」
「基本的にヒューマノイドは食事を共にしませんから。許されれば、一緒に頂きますが」
 家族のように迎え入れる者なら、食事も一緒に摂るものもいる。だが、何を食べても美味しいですという程度のことしか言わない。それが本当に美味しいのか、美味しくないのかは理解できずにいる。
 それは、見た目も感情の表し方も完璧なヒューマノイドの唯一の欠点と言えた。
「もしかして、ヒューマノイドと生活を共にするのは初めてですか」
「ああ。仕事でいろいろ接することはあったが、まあ必要ないしな」
 確かに、若い男の一人暮らしならばよっぽど生活にずぼらな人間でなければ必要としないだろう。ヒューマノイドには、Ⓑのようにお世話するタイプ以外にも様々なタイプがいるが、結果的にこの男はどれも必要としなかったらしい。
「あの、それじゃなんで俺を……?」
 必要がないのなら、ヒューマノイドを拾っても特に意味はない。忙しくて家事がおろそかになっているというのなら分かるが、先ほど話に出てきた料理以外は必要としていないように見えた。部屋を見渡した限り、掃除にも洗濯にも困っているようには見えないからだ。
 デイビッドはきょとんとした表情をして言う。
「まだ生きているものを見捨てておけないだろ?」
「つかぬことをお伺いしますが、道端などに捨ててある猫とか見過ごせないタイプですか?」
「おお、当たりだ」
 よく分かったな、と言うデイビッドに分からないわけがないと内心で突っ込みを入れた。
 どうやらお人好しらしいデイビッドを見上げて、以前の主人もそうでした、と呟く。
「ふぅん?」
「だから、お知り合いの方とかにお金を貸しては戻ってこないなんてことがよく」
「Ⓑくん」
 懐かしげに、そしてどこか楽しげに語るⒷの名を静かに呼ぶデイビッド。それだけでも、先ほどまでの声音と違うことに気づくのは十分であった。
 目を見開いてⒷはデイビッドを見つめなおす。デイビッドは微笑んでいる、だがそれは貼り付けた笑みのようであった。
「前の主人のことが好きだったんだな」
「好き、というか……良い方でした」
「ああ。それで、Ⓑくん。Ⓑくんの今の主人は?」
「え、あ、貴方……です」
 だよな、と笑みを深める。そうしてデイビッドはゆっくりとⒷの首へと手を伸ばした。整備の際にコードを繋げた所より、少し上にやや窪んだ部分がある。その内部には小さなスイッチのようなものがあった。
「本当は個人情報保護法に基づいて、捨てられるときはリセットされるんだが。Ⓑくんは、されなかったんだな」
「みたい、ですね……
「だから、今リセットしていい?」
 笑みはそのままで言われた言葉は、人間にとってみればすべての記憶を奪ってもいいか、と問われたようなものだ。それは今までの人生を無に返すようなもの。
 果たしてヒューマノイドに、それが恐怖と感じる仕組みがあったかどうかなどデイビッドは知らない。だが、Ⓑは目を見開き瞳を揺らがせた。
「こ、困ります……
「困る? どうして。だってこれからの主人は俺だぞ」
「そうですけど、でも」
 言い知れぬ不安。記憶を消されたら、今までの自分ではなくなってしまうような。
 ヒューマノイドなのだから、そんな不安を抱く必要性はない。性格もすべて事細かにプログラムされている。だから、記憶が消えてしまっても──リセットされても、ⒷはⒷのままで変わらないのだ。
 けれどⒷは確実に、リセットされて記憶を消されることに怯えている。
 デイビッドがそのことを感じ取った時、その手はⒷの首から退かされていた。
「まあⒷくんが嫌っていうなら、しょうがないな」
「あ、ありがとうございます」
 緊張していたのだろう、張っていた肩を落とす。でも、とデイビッドは続けて変わらぬ笑みでⒷへと言葉を投げた。
「俺は独占欲強いから。今後、俺が聞いたとき以外は前の主人については話さないでくれるか」
 こくり、とⒷは頷いた。不安、もしくは恐怖をまた感じるぐらいはと、素直に従う。
 そもそも、最初からデイビッドがそう言っていれば、Ⓑはけして口にしなかっただろう。主人だと彼自身が認めれば──いつ認めたかというのは、デイビッドがⒷを連れて帰ると判明した瞬間だ──主人の命令に従うようにできているのだ。
 知ってか知らずか、どちらにせよ、この時初めて、デイビッドはⒷへと命令をしたことになる。
「さて、と。明日も休みだし寝るのは遅くても良いけど、せっかくならⒷくん連れて朝市にも行きたいしな」
「朝市ですか?」
「そ。俺の行きつけの所とかあるしな、今のうちに顔を広めておけば何かと安くしてくれるし」
 そういえばもうひとつの寝室ってすぐ使えるかな、とデイビッドは普段使っていないほうの寝室を覗いた。少し眉間に皺を寄せた様子からして、何事か問題があったのだろう。
「あの、俺なら大丈夫ですよ、どんな所でも」
「いやいや。これは俺の問題でもあるし……しょうがない、今日は一緒のベッドで寝るか」
「え?!」
 嫌なのか、と問うデイビッドに首を横にゆっくり振り、けれど、と傾けた。
 嫌という感情はないのだが、今まで主人と寝床を共にするなどなく、どうすれば良いのか分からないのだ。デイビッドは気にした風もなく、普段使っている寝室にいったん入ると、手に何かを持って出てきた。
「大きいだろうけど、まあ今日はな」
 そう言って差し出したのは、パジャマだ。おそらく、デイビッドが使っているものなのだろう。受け取ったものを広げてみれば、明らかに袖があまる大きさであった。
「服類も明日買い揃えないとなー」
 今来ている服も、整備士であるセバスチャンからの借り物だ。デイビッドに負けず劣らず身長のあるセバスチャンの服は、やはりⒷにとっては大きい。
 これは洗濯して返そう、と考えながら着替えた後に綺麗に畳んだ。
「んん、可愛いな」
「え?」
 まじまじと、デイビッドのパジャマを着たⒷを見て言う。何がだと問うている目にデイビッドはただ微笑み返しただけで、その手をつかんでこのマンションに来た時と同じようにⒷを引き入れた。
 寝室にあるベッドはセミダブル程のサイズだ。デイビッド程の男が二人では狭いだろうが、やや小柄の部類に入るⒷとなら気にならない。
「え、このまま寝るんですか?」
「嫌か?」
 デイビッドはⒷをそのままベッドの中へと入れると、まるで抱き枕のように抱きしめたまま腕をはずそうとしない。
 そんな風に抱きしめられているのもⒷにとっては初めてのことで、戸惑った表情のままデイビッドを見やる。
 一方のデイビッドは、気にした様子もない。
「ん、暑いとか?」
「いえ、違います。けど…………
 なんともむず痒い感覚。恋人タイプとして作られていないⒷにとっては、こんな時どんな表情すれば良いのか、どのような言葉を返すべきなのかはインプットされていない。
 そもそも、お世話タイプのヒューマノイドにはベッドで寝るということも必要ではないのだ。一応、“寝る”という行動は出来るが、基本的にソレは休止状態と同じである。
「ま、今日だけ今日だけ」
 気にするなと言わんばかりにⒷの頭を軽く叩いて、デイビッドは目を瞑った。すでに寝る体勢の彼にⒷは困ったように眉を寄せる。
 おそらく何を言ってももう離す気はないのだろう。
 小さくため息をついて、Ⓑもそっと目を瞑った。


◆ ∽ ◆


 ヒューマノイドの朝は、主人が設定した時間に始まる。
 Ⓑは、以前の主人の設定で五時──朝食を作るためだ──になっていた。それでも十分早い時間ではあるのだが、その設定を無視して起こされた時間は三時であった。
 寝ていた時間としては二時間あるかないかだ。
「おはよう、Ⓑくん!」
「おはようございます。お早いですね」
 本当に寝たのだろうかという程、デイビッドはすでに完全な覚醒を遂げていた。ついでに、キッチンには朝食も作られている。
「朝市は、五時には始まってるからなー。寝坊したら、イイものがなくなる」
「以前は、毎日行かれていたんですか?」
 朝食を二人で摂りながらⒷは問う。デイビッドは笑いながら首を横に振った。
「週に二・三回。朝市で食材を買い込まなくても、夕方の市場でも本当なら十分間に合うからな」
 けど残念ながら夕方の市場には手ごわい商売人ばかりでまけてくれないんだよとデイビッドは続けた。だからこそ、朝市に連れて行ける内に連れて行きたいのだろう。
 トーストを口にしながらⒷはデイビッドの会話をメモリーに刻んでいく。
「あと、今日の服までは、俺のを代用で勘弁な」
「はい、それは構いません」
 以前の主人のところでも、たまたま背格好の似た息子がいたため、その息子のいらなくなった服を貰う形になっていたのだ。だからむしろ、自分自身専用の服があるというのは、Ⓑにとっては妙な感じであった。
 だが、そのことを説明するためには以前の主人の所での話を出さなければいけない。昨夜、その話をするなと言われたため、これはけして口にすることはできない内容だ。
「あと、昨夜は良い忘れたけど。歯ブラシとか身の回りの小物は俺のスペアを出しておいたからそれを使ってな」
「はい、分かりました」
 食べるのが早いデイビッドに合わせて必死に食べているⒷを見ながら、にんまりと笑みを浮かべる。そのデイビッドにⒷは首を傾げた。
「まるで新婚さんみたいだなー」
 一瞬、その意味が理解できなかっただろう。
 Ⓑは恋人タイプではない。だから、“新婚”という風に表現されるのはどうしても違和感を得てしまうのだ。ましてや、Ⓑは男性タイプであるため同性だ。そういう恋愛もあると知識上で知っていても、一般常識の屋敷にいたⒷにとってはそういう風には見れない。
「俺は、お世話タイプですけど」
「うん……。まあ、あれだな。ヒューマノイドには冗談を理解する機能も必要だな」
 それが冗談かどうかは人によっては曖昧であるため、そういう機能はつけられなかったのだろう。
 ご馳走様でした、とⒷが手を合わせるとお粗末さまでしたとデイビッドは返す。それから流れるような動作でⒷの食器も手に取った。
「あ、俺が片付けます」
「良いんだって。これからⒷくんにはたくさんお世話してもらうからな、今日ぐらい」
 そうデイビッドが言ってもⒷは落ち着かない。それは本来Ⓑのすべきことであるし、何よりもそのためのお世話タイプのヒューマノイドだ。
「あの、ではせめて、洗った食器を拭くぐらい……
「んー……食器洗い機で全部済むんだが……
 確かにキッチンの端のほうに、それらしき見えるものが置いてある。Ⓑはちらりとそれを確認し、困ったように眉根を寄せた。
 デイビッドは、そんなⒷを見て小さく噴き出す。
「そんな、必死にならなくて良いんだぞ。前のところでは、休みってもんがもらえなかったのか?」
 前の主人の話題が出て、Ⓑは少しだけ動悸を跳ね上がらせた。デイビッドから話題を振ってきたのだから気にすることはないのだが、昨夜の衝撃はそれほどのものだったのだろう。
 Ⓑはなるべく自然にデイビッドから視線をそらして、頷いた。
「え、ええ。お休みのようなものを頂いたことはありませんでした」
 お世話タイプのヒューマノイドにとっては、お世話は仕事ではない。それが日常であり、当たり前であるのだ。だから、休みというものはそもそも存在しない。それがたとえ、他のタイプであったとしても、だ。
 だから、本来与えられた役目ができないというのは、逆にヒューマノイドにストレスを与えてしまい、あまり宜しくない。
「そういうのも必要、かな……
 そうつぶやくデイビッド。何かを考えているようだが、手は止まっていない。食器を手早く食器洗い機に入れ、洗剤をセットしてスタートボタンを押した。
 結局、Ⓑの出る幕はなかったようだ。
「まあ、Ⓑくんが気にするのも悪いから、今日の夕飯ぐらい作ってもらうかな」
「はい!」
 ようやくお役に立てる、とⒷはパッと表情を明るくさせた。デイビッドもそのⒷの表情を見て、嬉しそうに微笑む。
 デイビッドはよく笑みを浮かべるが、その笑みは今までと少し違ったのだろう。Ⓑは何故か熱を持った頬に、心の中で首を傾げた。



 朝市に初めて来たⒷは、その活気に目を見開いた。朝というものは、どこか静かなイメージがあるものだが、朝市はまったくその逆だ。
 店や客の売り文句や買い文句や、いたるところで飛び交っている。
「なんか……すごいですね」
「だろ? ここに来ると、疲れてても自然と元気をもらうよなー」
 朝が早いうというのに、それでも人が溢れ返っている。下手するとはぐれてしまうのではという不安をデイビッドは気づいていたのか、自然とⒷの手を取り、人ごみの中へと進んでいった。
 前の主人のところでも、普通の市場ぐらいしか行ったことのないⒷにとって、珍しいものもあるのだろう。人ごみの間から見える店の品揃えに目を輝かせながらデイビッドに引きづられている状態だ。
「さ、着いたぞー」
 そう言って足を止めたが、人がたくさんいて店自体は人の合間からしか見えない。背の高いデイビッドは、すでに店主の顔が見えているのだろう。親しみを込めた笑みを浮かべて手を振った。
 少し開けた人の間に無理やり割り込んで、ようやく真正面から店を見える位置に出る。
「よう、デイビッド! 久しぶりだなぁ」
「最近忙しくて。今日は何がおすすめ?」
 その店は、野菜中心の店なのだろう。いくつもの野菜があるが、1種類ごとの数も多く並んでいる。
 店主はいくつか見繕って秤の上に乗せている。それにデイビッドが口出しをして、調整していく。値段に大しても、元から高い値段を提示していないが、そこをなんとかといった感じで値切りしているようだ。
「そういや、隣にいるのは誰だい? あんたが誰かを連れてくるなんで珍しいじゃないかい」
 購入する野菜を袋につめながら、店主の夫人がそうデイビッドに言う。その目線は、はぐれないようにと繋がれている状態から変わりがない手にいっていた。
「ああ、紹介しておくな。昨日から俺と一緒に済むことになったⒷくんだ! 今度からはこのⒷくんが俺の代わりに買いに来るから、よろしく」
 主に値段を、そう暗に言うデイビッドに店主も夫人も苦笑を浮かべるが、すぐに人の良い笑みをⒷに向けた。
「デイビッドとは古い付き合いだからな、もしなんか困ったことがあったら言いな。俺からデイビッドに灸を据えてやるよ」
「え、それって俺がⒷくんに何かすると思ってんの?!」
「お前ならやりかねん」
 冗談かそうでないのか分からないまじめな顔で言う店主に、勘弁してくれとデイビッドは苦笑を漏らす。すぐに店主が豪快に笑い出したため、その発言はデイビッドをからかうためのものだったのだと分かった。
 それから、ソーセージや加工肉の店や果物屋、軽食が売ってある店を回る。紹介される店でなくても、デイビッドの顔を見つけた店主が挨拶をするなど、どうやら朝市で顔が広いことにⒷは素直に感心した。
 一通りの店を回り、座れるスペースもある飲料店で休憩を取る。
「ご主人様って……すごいんですね」
 絞りたてのリンゴジュースを口にしながら、Ⓑはそう感想を漏らした。デイビッドはⒷをしばし見つめて、首を傾げる。
「ごしゅじんさま……?」
「はい。え……?」
 以前の主人はそのように呼んでいた。だから、そこはきっと同じなのだろうとデイビッドのこともご主人様と呼んだのだが、それに不思議がるデイビッドにⒷも戸惑いを隠せない。
「あー……なるほどな」
 呼び名の経緯を理解したデイビッドは、苦笑。その後、すぐに微笑みなおした。
「俺のことはデイビッドで良いんだぞ?」
「で、ですが……
「んー……じゃあ、さん付けまで許す」
 困ったように眉を寄せるⒷだが、それ以上譲る気はないらしい。命令ならば簡単に呼び名を変更できるが、その口調は命令には値しない。
 命令と判断するには、一定の口調や語尾の強さ等で判断される。それはヒューマノイド自身が意識することではなく、自然と命令として判断されればメモリに書き込まれるのだ。
「お願い、な?」
 にこり、と微笑んだデイビッドの言うとおり、それはお願いだ。強制ではない。けれど、判断に困る場合は、準命令としてメモリに書き込まれる。
「分かりました。ではこれから、デイビッドさんと呼びますね」
「ああ」
 嬉しそうに笑うデイビッドに、少しだけ申し訳ない気分を持つⒷ。
それは、“デイビッドさん”と呼ぶのがⒷの心で決めたことではないからだろう。デイビッドはそれを望んで、お願いという言葉を使っているのに。
 しかし、そこまで細かい感情は本来ヒューマノイドにはない。そのため、その気分が何に起因してのことなのかⒷは理解できずにいた。
 時折、処理しきれない感情はⒷにとっては負担以外の何者でもない。けれどⒷにはどうしようもなく、そして誰に話すこともなく──どう説明して良いのか分からないからだ──抱え続けている。
 その良くわからないモノがあるなどおくびにも出さないⒷに、何かを抱えているなど気づくはずもなく、デイビッドはそれで、と言葉を続けた。
「何がすごいんだ?」
「あ、えーと、たくさんの人とお知り合いってことが……
「ああ。ま、基本的に気が良い人ばっかりだしなー。でも油断してると、値切りに失敗するけどな」
 デイビッドはジンジャエールを飲みながら、そう笑う。
 店に寄ることもないのに、姿を見かけたら挨拶をしてくるのはデイビッドの人柄ではないだろうか。
 そう思ったⒷだが、デイビッドが言うのだからきっとそうなのだろうと納得する。
「無理に朝市来ることもないが、時折、俺の代わりに顔を出してくれ」
 デイビッドが言うには、以前にも3ヶ月ほど行けなかった時、久しぶりに行くと、皆揃って心配していたと口にしたらしい。そしてその日は、いつも以上におまけがたくさん付き、食材を消費するのに困ったそうだ。
「けど、けしてタダにはしないところが、さすが商売人だよな」
 そういう所は尊敬する、と笑いながら続けた。
 気に入られている──気に入られるような人柄、それがデイビッドなのだろう。Ⓑは、昨夜のことを気にしつつも、少しずつデイビッドのことを理解していく。
 休憩した後に、お互いに半分ずつ荷物を持ち、帰途に着く。帰り際にも、あの店はお気に入りだのあの店はあれが安いだの、デイビッドのそういう知識がⒷへと引き継がれていった。
 お昼は近くの喫茶店で軽く済ませると、次はⒷの服を買いに街へと繰り出す。
 服に関してはそこまで拘りがないのか、適当に見つけた洋服店に入ったりしながら、Ⓑに似合う服を物色。あれやこれやと着替えさせる様はまるで着せ替え人形のようでもあった。店員の意見も丁寧に聞き、吟味したが、それでも両手に抱える程の量になったのは、デイビッドが気に入れば購入するという流れがほとんどであったからだろう。
 値段は大丈夫かと何度も心配するⒷであったが、いつもの笑みで大丈夫というだけで、デイビッドはまったく気にする様子はなかった。
「服を仕舞うついでに、部屋も掃除しないとなー」
 家に帰ると、荷物を持ったままデイビッドはもう一つの寝室に入る。Ⓑもそれに着いて行くと、部屋からは少しだけかび臭い匂いがした。その原因としては、まったく使われていなかったからだ。
 マンションの1フロアは、さすがに成人男性一人で使うには広すぎるのだろう。寝室以外にもいくつか部屋はあるのだが、使ってない部屋もある。
 荷物をクローゼットの前に置くと、窓を開け放つ。
 そよそよと、弱い風ではあるが、それでも吹き込んでくると少しずつ臭いが消えていくような気がした。
「布団は、客用のがあるからそれで良いし……サイドテーブルもある……。あ、テーブルランプぐらい必要か?」
「いえ、あの……俺専用の寝室とか、なくても大丈夫ですから」
「Ⓑくんにだってプライベートルームぐらいいるだろ」
 いくらヒューマノイドとはいえ主人に知られたくないこともあるのではないか、そう考慮してのことだったのだが、Ⓑは首を横に振る。
「俺たちは、聞かれれば一日何をしていたか答えます」
「それはまた……趣味の悪い作りだな」
「安全面からです。ヒューマノイドを利用しての悪事も、多いですから」
 確かに、自分の手を汚さないという理由で、ヒューマノイドに命令をして悪事を働かせるということがある。だが、ヒューマノイドの主人より高位置にいる開発者等などが聞けば、何をしていた誰から指示されたなどを事細かく話すことができる。たとえ、そのことを危惧して主人がヒューマノイドを壊しても、それを記録しているメモリーチップさえあれば同様だ。メモリーチップまで割られてしまった場合は、警察の地道な捜査が物を言うことになる。
 何事も万能ではないのだ。
「一機能なら、まあしょうがないな。なるべく聞かないようにする。もしうっかり聞いたら、言い返してくれ」
「え……と、なんと言い返したら?」
「んー、俺の勝手です、とか。プライベートには口を出さないでください、とか」
 しばしⒷはじっとした後、記録しましたと返した。
 しまった命令としてインプットされてしまったか、とデイビッドは心の中で悔やんだが、今更どうしようもない。そもそも、命令とお願いの違いがヒューマノイドで区別ついてるのかさえも分からないのだ。それは、ただの自己満足でしかないのかもしれない。
 しょうがない、と軽く息をつくとⒷへと笑みを向ける。
「服をクローゼットに仕舞うか」
「はい」
 お世話タイプとして、片付け等も手馴れているのだろう。クローゼットを開くとその広さを把握し、どう片付けたら良いか計算を始める。計算と言っても、すぐにそれは答えが導き出され、開いたとたん片付けが開始されるのだ。
 自身も仕舞うのを手伝う気でいたが、みるみる内にクローゼットの中に仕舞われていくのを見て、余計な手出しをしたら逆に時間がかかるかもしれないことを悟った。
 とりあえずそこはⒷに任せて、同寝室の物置に入っている布団を取り出す。バルコニーも寝室には備え付けてあるため、すでに置いていた物干し竿に布団を干す。
 いくら布団袋に入ってたとはいえ、そのまま使わせるには気が引けたのだろう。
「服、仕舞い終わりました」
 Ⓑがそう言いながら、バルコニーへと顔を出す。
「おお、そうか。お疲れさん」
「あ、はい。次は……?」
「次は部屋を掃除だな」
 そう言って、モップを物置から取り出す。拭く面のシートを取り替えるタイプになっている。
「あの、俺に任せてもらえませんか? 俺が使う部屋ですし」
 お世話タイプとしても、主人が部屋の掃除をするのは少々耐えられないものがあるのだろう。以前はすべて任せてもらったこともあり、どうしても戸惑ってしまう。それと同時に、罪悪感もあるのだ。
 デイビッドとしては、一緒に掃除も楽しいだろうという気楽な考えであったのだが、どこか必死さを感じるⒷに、しょうがないとモップを渡した。
「掃除機も、同じ物置にあるからな。その物置にあるのなら、好きに使って良い。なんか必要なのとかあったら聞いてくれ。俺は、書斎にいるから」
 Ⓑが返事をするのを見届けると、デイビッドは寝室から去っていった。
 もしかしたら悪いことを言ったのかと、少し寂しそうなデイビッドの背中を見て、眉を寄せるⒷ。彼にとって、何が良くて何がダメなのか、再調整しなければならないな、と小さく息をつく。
 本当なら、リセットしてしまえば、はじめの内は強い自我を持たずに主人の言うことにただ従う。そうして、主人が一番良い状態を人格としても環境としても保つことが出来る。だが、Ⓑは以前の主人の状態のままだ。
「リセット……した方が良いのかな……
 昨夜は恐怖を持ってしまったが、それがどうしてなのかⒷはまだ理解できていないのだ。
 主人が変わってしまうことも考慮し、ヒューマノイドにはリセットに対する抵抗はないように組まれている。だが、Ⓑは抵抗を持ってしまった。それはある意味、Ⓑがヒューマノイドの中でも特殊であることを表している。
 小さく息を吐き、悩んでいてもしょうがないと頭を振ると、掃除を開始した。



 デイビッドの書斎──リビングの横にある部屋──にⒷが顔を出したのは、デイビッドが寝室を去ってから一時間程してからであった。おそるおそるといった感じでノックされたドアに返事をすると、掃除終わりました、と外からⒷは声をかけたのだ。
……入って良いぞ?」
「え! あ、はい……失礼します」
 書斎に入らない様も、以前の主人のところでの慣わしだったのだろう。かなり厄介なそれに、デイビッドとしては即リセットを実行したいのだが、その後の機械然としたⒷを見るのもあまり好ましくない。
 購入当初と約1週間後のヒューマノイドの違いに戸惑う購入者は少なくない。だがそれは、ヒューマノイドが主人の役に立つためにはしょうがない期間ともいえる。なるべくその期間を短くしようと、開発陣も奮闘しているらしい。
「それで、夕飯の仕込みに入っても大丈夫ですか? 何か、キッチンを使う上での注意事項とか……
 時計を見やれば、すでに一八時近い。
「もうそんな時間か……。なら、俺も一緒にキッチンに入ろう。Ⓑくんの腕前、見せてもらうぞー」
「普通ですよ。俺に備わっているのは、家庭料理レベルですから」
「十分。家庭料理をなめたら、痛い目見るからな」
 読んでいた本を机に置くと、デイビッドは立ち上がる。Ⓑはようやく書斎を見渡し、何のための部屋なのか理解した。
 置いてある本は、デイビッドの仕事とは関係のなさそうな本ばかりだ。それに、今は使用されていないが高級そうなオーディオが置かれている。ここはおそらく、仕事の事をまったく考えないリラックスルームのようなものなのだろう。
「いつも休日はここで過ごされてるんですか?」
「明るいうちは外に出るけどな。夜に時間が余ったときは大抵。そのまま寝るなんてこともあるなー」
 かける音楽を間違えると、眠りに入ってしまって翌日困る、ということもしばしある。その日その日によって、睡眠導入剤の代わりとなる音楽が違うらしく、自身でもそれをよく理解していないらしい。基本的には、疲れ具合によるとのことだ。
「Ⓑくんにはその辺もがんばってもらえたらなー……とか」
「出入りをして良いなら、がんばります」
「ん、変なものもないし大丈夫だぞ。好きなように、あの部屋も使ってくれ」
 変なものとは、と一瞬聞きそうになって口を閉ざした。そこはおそらく、プライベートな部分だ。
 キッチンに入ると、昨夜ほとんど説明したからなと言いつつデイビッドはぐるりと見回す。
「ま、分からないことがあったら聞きつつってことで。俺も適当にテレビとか見てるから、好きにやってくれ」
「はぁ……
 好きに──やたらとこの家では多い気がする。
 以前の所では、それなりに格式があるということで制約が多かったのだが、ここでは逆に自由な面が多い。困ることもあるが、好きにやっていいと言われているのだから、Ⓑは以前の主人のところでやっていたようにやるしかない。
 食材を買ったときにすでにメニューは決めている。人数が一人なため、今まで作っていた量よりもだいぶ減らさなければならない。瞬時に計算を叩き出し、正確なレシピを頭の中に浮かべる。次の瞬間には、仕込みに入っていた。
 Ⓑの料理の手際は、まるで計算されたロボットのようであった。ヒューマノイドなのだから、その表現は間違っていない、というより正しい。だが無駄のない動作が、精錬され過ぎた料理人以上にどこか味気のないもので、デイビッドは苦笑を浮かべた。
 やがて出来た料理は、盛り付けまでも、まるで料理本に載っているかのように完璧で、思わず感嘆のため息をつく。
「ううん、凄いな」
「ありがとうございます」
「でも、なんで一人分なんだ?」
「え、デイビッドさんだけですよね。あ、お客様を呼ばれるので……?」
 Ⓑがそう問うと、デイビッドはじっとⒷを見つめて、額に手をやった。
 もっと家族としての認識をさせなければならない、と。
「Ⓑくんは家族なんだから、一緒に食べるものなんだ。今日はしょうがないとして、今度から俺と食べるときは、Ⓑくんの分も用意してくれ」
「あ、はい」
 以前の主人はヒューマノイドを家族として扱うのが中途半端だったのだろう。それは頭の隅で、ただの機械だと思っていたからだ。
(どこが良い人なんだか……
 心の中で嫌悪感を示しながら、デイビッドは笑みを保つ。そんなことを思っているなんてⒷに気づかれたら、きっと反論されるだろう。それとも、昨夜のデイビッドの言葉を忠実に守り、以前の主人に関しては何も言わないだろうか。
 きっと、言わない。
 あの時は、少々キれてしまっていたため意識していなかったが、それは確実に命令としてⒷにインプットされてしまっているからだ。お願いなら、感情的になってしまった時などは破っても致し方ない程度で済まされるのだが。
(ヒューマノイドに、感情的か……
 おそらく、ないことだ。
感情はすべてプログラムで制御されており、けして主人には逆らわない。稀ではあるが、主人よりも優先度が高位置にある人物の命令に背くようなことがあれば、逆らう時もあるだろう。それでも、その時が感情的であるかどうかと問われれば否だ。ただ彼らは冷静に、機械然とした物言いで、命令違反です、とか言うに違いない。
(そもそも、ヒューマノイドにそこまで人間としての在り方を求めるのが間違いなのか……?)
 何を思い、ヒューマノイドの考案者は彼らを作ったのか。その会社が掲げる物やテレビでの売り文句は、すべて後付けのようなものだろう。
 初期タイプのヒューマノイドが、今以上に高額で売り出されてからというもの、まだ二年程しか経っていない。となると、ヒューマノイドの考案者は、まだ健在だろう。
「デイビッドさん?」
「あ……
 不安げな表情で、Ⓑがデイビッドの顔を覗き込んでいた。
 何か嫌いな物でも入っていたかと問いたげだ。すぐにデイビッドは貼り付けていた笑みをいつもの笑みに戻し、いただきます、と一言入れてから料理に手をつけた。



 初めての自分の部屋。戸惑いは大きく、部屋で一人にされると何をしていいのか分からない。
 Ⓑは寝室の真ん中に立ち、先ほどから計算をフル回転させていた。
 何をすれば良いのか、そのような記録があるわけもなく、途中からは検索をかけて一般的である過ごし方を調べていく。
 寝室の検索結果は、寝るための部屋だ。
「寝る……
 ヒューマノイドには仮初でしかない“寝る”という行為は、以前の主人のところでは、ただ部屋の隅で立って休止状態になるだけであった。昨夜と同じようにベッドに寝そべって休止状態になれば良いのか、と納得付けたⒷはそっと布団に入った。
 昨夜はデイビッドに抱きしめられていたからだろうか、一人のベッドというのは少し寂しさを感じる。その湧き上がった感情に理解できないという表情を浮かべ、やがてⒷは目を瞑った。