著者: 雷歌/らいと
2024-03-13 17:35:19
37024文字
Public 戦セバシリーズ
 

【戦セバ/デイⒷ・ユーⒷ】エゴイズムの果て

2011.12.30発行した個人誌のWeb再録。Ⓑがヒューマノイドというパラレル設定なお話です。
発行時は、表紙と挿絵を戦セバ同志の方にお願いしました。

序、捨てる神あれば拾う神あり


 俺の大好きな人が泣いている。
 ぼんやりとした視界の中、その人の悲しそうな顔だけがはっきり見えた。
 どうして泣いているのだろう。
 うまく思考が働かなくて、その理由が考えられない。
 泣かないでと言いたいのに、意識が朦朧として口が動かせない。せめて流れる涙を拭いたいのに、俺の手さえも言うことを聞いてくれないらしい。
 だからせめて、その人を見つめ続ける。視線で訴えることが出来ているだろうか。
 上手に笑えるかさえも分からないけど、出来る限りの笑みを浮かべようと顔の筋肉を動かす。
 ああ、きっと下手な笑みになっているに違いない。
 内心で苦笑を浮かべながら、俺はその人に心から必死に訴えた。
 泣かないで。
 俺は、貴方の笑顔が一番好きなのに──。


◆ ∽ ◆


 俺は、捨てられたらしい。
 目を開いたら、夜空が見えた。こんなにたくさんの星が空にあったことを、はじめて知った。
 周りを見渡せば、お仲間がたくさんいた。それは欠けていたりばらばらになっていたり、さまざまな姿をしていたけど、確実に俺の仲間だ。身体の中から覗く無数の線は、それが人の形をしていても人ではないことを表していたし、なによりも開いた目から覗く空虚な瞳はただのガラス球であった。
「おれは……?」
 いつものようにこなしていた仕事の途中で、いきなり体の動きが悪くなって、強制的にシャットダウンしたのを覚えている。
 ああ、俺は壊れたんだな。使い物にならなくなったのだろう。
 他の仲間が行っている場所を知らないから正確な判断はできないが、悪い主人ではなかったと思う。酒癖が少し悪いため、家族からは少々嫌われていたようだが、俺の不調が始まるとよく心配してくれた。
「あーあ……
 俺の故障は、整備しても直らないものなのだろう。
 ここはいわば、俺達──ヒューマノイドの墓場だ。もう直らないと判断されたヒューマノイドはここに運び込まれる。しかし、ここに来るヒューマノイドは大体が解体されたモノであるはずだ。その中でリサイクルに回せるものはリサイクルされる。
 それなのに、なぜか俺は完全体でここに放り込まれた。完全体で放り込まれるヒューマノイドなんて、せいぜい旧型か各部品が錆びているかだ。俺は旧型ではないし、シャットダウンする前は部品が錆びている感覚はなかった。
 そして、何かの拍子にスイッチが入って目覚めてしまったらしい。このまま、予備バッテリーが切れるまで墓場にいるしかない。
 俺達は、自分で自分の命を終わらせることは出来ない。それと同じで、電源を切ることも出来ない。主人の命令があったとしても、絶対的な命令という位置づけでそれは禁止されているらしい。
 その絶対的命令をくだせるただ一人の人間が、俺たちを生み出した開発者だ。
 俺達を送り出す会社の社長でもあるらしいその人は、俺達にただ唯一の命令だけをインプットした。
──人とともにあり、けして死なないこと。
 人とともにある手段は、それぞれだ。売り出すためにはそれだけでは足りないため、他の開発者が余計な命令を入れていく。ただそれは霞がかったようにおぼろげで、俺達は意識せずにその命令をこなすようにしてあるのだ。
「暇だなぁ」
 俺の余計な命令は、細かい部分は分からないが人をお世話することだ。人員コストを省けるという宣伝文句で売り出され、さきの主人に買われた。
 その主人を嫌う家族のイタズラで、俺は他の仲間よりはやく壊れてしまい、とても申し訳ない。俺一台で、それなりの値段がかかってしまうだろう。ほとんどの人間が上流階級のため、俺たちを買う資金の問題は考えなくても大丈夫だろうが。それでも、人を雇う何人分にもなる。長い目で見ると確かにコスト削減にはなるが、俺はその役目を果たせただろうか。
 人間の言う走馬灯のように、かつての主人のことを思い出していく。
 その思考を遮るかのように、足元の方から物音がした。忍んでいるというような音ではない、堂々とした足音だ。
 このような場所に用があるというのはどんな人間なのだろうかと視線をめぐらせて見れば、明るい髪の色が見えた。それ以上は首が動かず見ることは出来ない。
「うわ勿体無い! まだこのパーツ使えるぞ……?」
 その大きい独り言からして、男性だということが分かる。墓場を踏む足音が、だんだんとこちらに近づいてくる。足音の速さがゆっくりとしているから、周りを見回しながら来ているのだろう。
 やがて、俺の足元でその足音は止まった。俺は、足から上へと視線をあげ、その顔を見る。
 そこそこ、整った顔だ。笑えばさぞかし黄色い悲鳴をあげられるだろうその顔は、驚きにそまっている。
「まだ、生きているのか?」
 俺達に“生きている”という表現をするのは、開発者か家族として迎え入れている人間ぐらいだ。
「予備バッテリーで動いているだけです。もうじき、切れます」
「どこが悪い、とか分かるか?」
「その検索をかけるにはバッテリーが足りません。それに、ここにいるということはどうしようもない故障をしたということになります」
「だよな……
 男は困ったように眉を寄せ、顎に手をあてた。何かを考えてぶつぶつ言っているようだが、あまりにも小さい声で聞こえない。しばらくして、男はふたたび俺へ声を向けた。
「ちょっと見せてもらってもいいか?」
「構いませんが……。整備士の方ですか?」
「いや、違うぞ。けどまあ、ちょっとは分かる」
 そう言うと男は俺の右手側に座り込み、体を横向きにさせた。首あたりから背中の方へと手を滑らせて、時々押しては何かを確認しているらしい。
 おそらく、基盤となる骨組みが壊れていないかだろう。やがてつま先まで確認をし終えると、そっと俺を元の位置へ戻した。
「骨が壊れたとかじゃないみたいだな。となると、内部か……
 頭をかきながらそう呟き、やがてよしっと勢い良く立ち上がった。
「勿体無いから予備バッテリー切っておくが、心配しないでくれ」
「え?」
「俺が君を連れて帰る」
「ですが」
 直せないほどの故障をしたからここに捨てられたのでは、と言う前に予備電源が切られる。
「おやすみ」
 そう言って微笑んだ男に何かを見たことは、すぐに闇の彼方へと消えてしまった。