ツキシキ
2024-03-04 22:05:25
15548文字
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★Unlight(アンライト)まとめ

4作品。二次創作。タイレル、C.C.、クレーニヒ、メリー、グリュンワルド、ルート、ヴィルヘルム。


曝されるべきは悪徳である


 肉を有する人型の魔物に出会ったのが初めてだったからかもしれない。
 その衝動は私が自覚するよりも前に溢れだし、何故という答えを出す前に足は動いていた。

「ルート? どこへ行くのですか」

 ブラウが私を窘める。ヘラルドが導き手から離れることは良しとされていない。我々アコライトといえどそれは同様だ。わかっていてなお、私は足を止めることができなかった。
 回路が異常をきたしている。頭の隅の正常な部分でそう判断し、しかし私の口はまったく異なる言葉を紡いでいた。

「偵察がてら野花でも愛でてくるさ。いいだろう、お嬢さん?」

 お嬢さんは焦点の見えない球体の瞳でこくりと頷く。それでブラウが止める理由もなくなった。あとは、一人。

……

 木の幹に背を預けて休息していた彼――グリュンワルドは私のほうをちらりと一瞥した。咎められるかと思いきや言葉は出ず、瞼は再び閉じられる。
 彼が私よりもよほど人形めいた動きをするように見えるのは、あまり人との交流を求めていない態度からだろうか。冷静沈着を通り越して無機質に等しい彼が、唯一感情を高ぶらせるのは戦場のみのようだった。
 彼の挙動が気になりはしたが、私の異常回路はその追及を許さない。同行する皆に笑いかけ、場を離れた。




 足は規則的に動き、次第に早く、駆け、駆け、らしくもなく大股で跳ねるように進む。既に来た道を再び戻り、戻り、戻る。湿った空気が鼻につく。森のあちこちに人がる沼地は無遠慮に人の衣服を汚していく。それでもかまう暇なく進み、ようやく、つい先ほどの争いの痕に辿り着く。

 力なく倒れ伏す女性の四肢。
 白磁というには肉感的な肌と麗しく伸びた髪。
 高貴を示すドレス。
 人の、死体。

 いや、と首を振る。これは魔物だ。我々の血液を啜ろうとした獰猛な牙に、岩肌すらも削り取れそうな鋭利な爪。異形と暴力の証を見ればすぐさまわかる。私は認識を誤っている。
 だが私の誤動作はさらに歪みを増し、気づけば彼女のしなやかに伸びた腕を掴んでいた。

 爪が身体に刺さらぬよう、彼女の脇に私の腕を通すようにして、生気の失われた上半身を持ち上げる。思いのほか重さが腕に伸し掛かる。
 担いだ死体の豊かな乳房が大きく揺れる。女は良い、と囃し立てる下卑た音声が脳内で複数再生される。音声の出所の検索は後でいい。なんなら忘れるほうが望ましい。それよりの急務は運搬だ。
 幸いにして沼地はどこにだってある。茂った暗緑を掻き分ければ、際立って大きな泥濘がひっそりと広がっていた。

 私は自らが足元を崩さぬよう慎重に身体の向きを変え、引きずってきた死体の爪先を、ゆっくり、ゆっくりと、沼に沈める。緩慢な速さで、あるべきものがあるべきところへ帰っていくように、死体が隠蔽されていく。
 そうしなければならなかったんだ。私はそうしなければならなかった。仲間のために、同胞のために。虐げられてきた背むしの彼のために。

 ああ、ここに沼地があって良かった。
 鞭では穴など掘れない。

「花を愛でるのではなかったのか?」




 ひと時の安堵は怜悧な一言で絞殺される。
 グリュンワルドだった。

「なぜここに?」
「それはこちらの言うべきことだな」

 グリュンワルドは逃げを許さない瞳で私を見据える。その間にも死体は静かに半身を沼の内へ隠そうとしている。

 ――――ひとりもふたりも同じだ。
 ――――仲間ヲ守る。

 異常回路の内でバチバチと鮮烈な色が出力される。目を見開いているはずの私の瞳は、今その場にある光景とは別のものを多重に映し出す。
 闇、森、道化、愚かな男。人間を欺く人形。いいや欺いてなどいない。ただ事実を歪曲させているだけだ。伝えるべきことを沈黙し、行うべきことを行っていないだけだ。さて命令違反とは? 我が従うべきは一人である。何より抱いた私の意思が、命令などというものを振り払っている。私の意思で従いたいと思った人は一人である。
 交錯する記憶イメージが、返すべき言葉を選択する。

「花を、愛でようとしたんだよ。美しき女性は皆花と呼んで然るべきだろう?」


 私の唇は理屈とはほど遠い言葉を紡ぎ出した。
 誤魔化しであると思う私と、立派な思考ルーチンであると認識する私。必ず前者を突くと思われた相手は、意外にも淡々と唇を動かした。

……ならば持ち帰ればいい」

 言うなり、グリュンワルドは私のほうへと距離を詰めてきた。正確には、今も沈みゆく死体の元へ。
 続く言葉が見つからず閉口する私をよそに、グリュンワルドは死体の、なだらかに広がる優雅な髪を、引っ掴んだ。

 ぶちぶちぶちぶちっ、

 引き上げられた髪が頭皮から剥がれゆく。痕跡が、残ってしまう!
 それでも手を止めようとしないグリュンワルドの姿に急き立てられるようにして、私は慌てて死体の上半身を抱え直すと沼からぐいと引き上げた。その様を見てようやくグリュンワルドは手を放す。辺りに抜かれてなお艶の残る髪がざんばらと散らばった。思わず私はそれを搔き集める。
 悪事の痕跡を必死に消そうとするその仕草。自覚していて止められない。また耳裏から道化が正気の声で笑う。



 ――――いいやこれは悪ではないのだ!



「持ち帰るには荷物に過ぎるか?」

 グリュンワルドは静かにそう呟き、私は。
 私は一度として、私の行為が誰にも責め立てらていないことに気が付いた。

 白熱した思考は少しばかりの平静を取り戻す。
 彼の問いは私に向かうものではなく、素直な独り言のようだった。凪のような瞳にはもはや私すら映っていないのやもしれない。
 彼の剣が柄から引き出される。今にも解体を始めかねない様子に、私はまた拙い言葉を選び取る。彼と私にのみ通じる、誤動作にも似た理屈で。

「せっかくだけれど、やはり花は野にあるべきだよ」
「そういうものか? 園芸の趣は理解しがたいな」
「はは、王子様が庭いじりなどしてはいけないだろう」
……今度クルト少佐に訊いてみるとしよう」

 異常な状況だと私は思った。内部の誤動作は確かに認識されていた。しかし場は思ったよりも温和に、つつがなく維持されていた。
 こうして話してみると、私の中でのグリュンワルドへの印象は人形から一歩踏み出たものへと変化しているらしかった。彼の常人にあらざるズレもこの時ばかりは僥倖であり、私の誤動作に噛み合うようでもあった。



 だからだろうか。
 私は少し、気を許そうとした。仲間の定義が広がりかけた。隠し事を打ち明けるというのは人を仲間の輪に繋ぐ行為だろうと。そして、共同作業も。

「さすがに一人で埋めるのは骨が折れる。手伝ってくれないかい?」

 しかし、私の連想は結局のところ一人芝居でしかなかったようだった。
 私の提案は些か“彼の趣”には反するものだったらしい。整った眉がしかめられ、興味を失ったように視線は来た道へと向けられる。

「庭いじりをする気はない。お前が言ったことだろう?」

 失望にすらも値しない、興味が無関心へと移り変わっただけの、温度のない態度だった。
 暴くだけ暴き立てて、騒ぎ立てず黙して去る。彼の背筋はすらりと闇の中ですら威厳を輝かせている。



 取り残されて、私はしばし、途方に暮れた。
 泥と髪を握りしめる拳の中で、いまだに理由を説明できない衝動がくすぶり続ける。誤動作と呼び続けたそれの、正しい呼称すら知らない。
 彼の瞳が爛々と向けられていたこの死体も、私と取り合うほどの価値はないということだろうか。それもそうだ、異形の死体など研究者でもない限り避けて通るに違いない。そもそも取り立てようというほうがおかしいのは、わかっている。

 ああ、しかし、それでも。
 たとえ墓荒らしが消えたとしても、目撃者が消えたとしても。
 私は埋めなければならないのだ。

 引き上げた死体を再び汚濁の沼へと沈め込む。手に残していた髪束も合わせて沼に放り込む。
 手早く済ませて戻らなければならない。もはやこの場に不審を案ずるべき者はいないのだから。隠蔽が終われば今度こそ、私は…………彼らは、これを誤動作とも不具合とも呼ばずに済む。
 使い終わった工具を元の場所に戻すように、あるべきものはあるべき場所へ。



 死体が頭の先すら見えなくなるまで待ってから、私はやっと、やっと大きく息をつくことができた。
 芯に刻み込まれた大いなる使命を、成し遂げたのだった。

 疲労感と達成感があいまいに私を慰めた。
 歓声は聞こえない。



 まだ。






『曝されるべきは悪徳である』了