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オレと少年Fは、確かにあの日が初対面だった。
口うるさくて面倒な姫が、知らん男とのディープキスを見せつけてきたあの日。退勤後までトラブルに巻き込んでくんの勘弁してくれよと思いながら、どう収集をつけようか悩む俺に、奴はこうもちかけてきた。
「事情は後で説明するけど、とりあえずこう言っといて」
姫の方を伺えば、こっちの話はまったく聞いていないようだった。自然と詰められていた距離を利用して、小声で作戦会議がされる。といっても、面倒な敵がいきなり味方面をしてきた状況で何ができるはずもない。オレは困惑に海に流されて頷くだけだった。文字通り酒を浴びた後の頭で、ハプニングにまともな対処をしろというのが、無茶な話であるからして。
姫の新しい男との門出を祝う。少年Fの筋書きはオレの意思にも沿っていて、言うだけなら簡単だった。売り上げとしては痛手だが、厄介な姫との縁が切れて既存客の財布が緩むならそれで巻き返せる。
だが、展開は予想を大きく外れることになる。
翌日早朝。
体育会系なうちの店で、先輩からのコールはいつ何時だろうと絶対だ。ワンコールで取り損ね、ツーコール目で通話に繋ぐ。
謝罪で始めた第一声を繋いだのは、予期せぬ人物だった。
「よお。昨日の覚えてるか?」
聞き慣れない低音に、思考が停止する。先輩はどうした、と、問う前に答えが来た。
「ああ、スマホはちょっと借りた。あんたの先輩なんだって? 調べたら、まぁ
……知人のお世話になった人の知り合い、みたいな。縁があって良かったよ」
中身よりもまずその声色に、オレは思わず一瞬、スマホから耳を離してしまった。同時、相手の正体に思い至る。この、声。脳へ直接流し込まれるような、さらさらと過ぎ去るのに心臓を掴まれているような、低音。
「後で説明するって言ったろ
……あれ、聞こえてる? おーい」
その言葉で答え合わせはできあがる。少しばかり遠ざかったそれを、聞き逃すわけにもいかず、再びスマホを耳へ押し当てる。
「なんなんだよもう
……」
「んー
……」
オレの泣き言に、相手は間を開けてから、フッと笑った。
「俺は伊藤ふみや。なあ、俺たちちょっと協力し合わないか?」
偽名か源氏名だろうな、と、反射で思ってしまった。探せばいそうな響きが、逆にうさんくさかった。短気と治安の悪さが評判の先輩のスマホを、平然と使っているせいかもしれない。
「協力って言われても
……あの子ならもういい、ですよ。あんたのカノジョなんでしょ。手ぇ付けたのは謝るんで
……」
立ち位置に迷いながらも、ひとまずオレはぎこちなく下手に出た。
「え。まだ搾り取れそうなのに? 締め日そろそろだろ」
「確かにボトルは入れてほしいスけど
…………っ、あ?」
ドッ、と、もし銃で撃たれるならこんなんだろうなと思えるような衝撃がした。
店の裏でするような話を、普通に、していた。いやでもうっかりなんてのじゃない。だってオレは今確かに仲間内と
同じ空気を吸っていた。
「ハハ。話が早くて助かるよ」
口調は軽快なのに、朗らかさとは程遠い。どんどん進んでいく話に、オレはもう追いつくことすらできないままだ。当事者のはずなのに、もう、自分の声の出し方もうまくわからない。
オレの返事も聞かずに、いや、聞かなくたってどうとでもなるとばかりに、オレが壇上に立つ前提で幕は切って落とされる。
「どうせ騙すなら徹底的にやろうぜ」
少年F────ふみやさんは笑った。
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オレは薬だとふみやさんは言った。
定期的に姫と会って、特別だと錯覚させて、でも用量はきっちり守らせる。調子に乗り始めたら甘やかさずに線引きして、突き放す。
自分は毒だとふみやさんは言った。
メンタルがヘラってきた姫をふみやさんに押し付ける。禁断症状で暴れて疑って愚痴る姫を、ふみやさんは上手に受け流しながら、言い聞かせる。オレの────俺達の言うことをきけば物事はうまくいく。うまくいかないのは、金払いが悪いせいだ。そういうことを、丁寧に丁重に、甘ったるい膜に包んで。
そうして言うことが聞けたら、オレの登場だ。ぐるぐると、尽きるまで搾取し続けるだけの無限ループ。
大金はオレ、小銭はふみやさん。一気にむしり取るのではなく、交互に機を見て、生きながらえさせるように。
ループが滞りなく回り始めた頃、オレはふみやさんにおそるおそる尋ねてみたことがある。あんまりわりに合っていないんじゃないかと。言ってしまえば、もっととんでもない悪事や企みだって、ふみやさんにならできてしまうんじゃないか。
そんな当然の疑問に、ふみやさんは数度、まばたきをする。
「そんな大層なことできるわけないよ。俺はただ、小遣い稼ぎがしたいだけなんだ」
それ以上藪を突く勇気もなくて、オレも素直にうなずいた。
オレはそれからも、定期的にふみやさんと会っている。やりとりだけなら顔を合わせる必要もないが(結局先輩のスマホを借りた経緯については教えてもらえないままだ)、ふみやさんは何かと対面を求めてきた。たぶん、ついでに飯をたかるためだと思う。
「金使うのってストレス発散の方法になるらしいよ」
ふみやさんは明日の天気を話題にする時のような無感動さで言う。
「なら、客のストレスは溜め得だろ」
────ああ、このヒトにとって俺らって食い物なんだ。
女だけでない、ともすればその搾取の牙が俺に向かってもおかしくない言いぶりだった。背筋を通る寒気が嫌でもオレの身を震わせる。
「ふみやさんってマジ怖ぇスね」
非凡の超人は、心底わからないとばかりに首を傾げた。とぼけてくれている方が、マシに思えた。
~END~
【あとがき代わりのキャラ紹介】
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