氷紀
2024-02-28 18:46:01
12365文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

こうして僕は248年を彼に捧げることにした

当初は純粋に高沢を書きたかった筈……だったんだけどなあ。
そこに墓くん〓くんちび鬼くんが混ざった結果のただの暴発。
CP的には高沢で間違いないです。一応。


「これから話すのは、あくまで僕の推測です。でもそう外しちゃいない自信があります。その前提で聞いて欲しい。……ちいさいのが己の世界の全てを拒んだ理由、そいつは多分、父さんと人間の養父を同時に失ったからです。目の前で、水神の力に呑まれて」
「水神、か。……目の前で、ってとこまで言い切れるのか、それ」
 神格相手は厄介だ。
 『鬼太郎』や父さんは、妖怪としてはそこそこ力がある方だろう。でも神格相手は話が別だ。退けるにも説得するにも限度がある。ましてやほんの子供、生まれてから五年ちょっとしか経っていないというちいさいのに、何かできたとも思えない。
「ほぼ確実に、眼前でヤラれてます。……何せ僕も、人間の養父が流されてくのを、眺めてた記憶があるんでね。同種の事件が起きてるはずなんですヨ」
 墓のの声音は変わらない。
 でも、父さんと、父さんと同じくらい大事な――僕でいうならきっと蒼兄さんのような存在だろう人間が死んでいくのを、見ているしかなかったとしたら。想像しただけで、体の芯が冷たくなったような気がした。

「で、ちいさいのは、僕の墓場で倒れてた時点で既に、ゲタもちゃんちゃんこも持ってなかったんです。元の世界に帰ったところで、……ちいさいのを守る手はどこにもない。ちゃんちゃんこが無事なら追っかけてくるかもしれないが、それすら確実じゃないわけで」

 酷すぎる、と喉元まで出かかった。でもそれを押しとどめたのは、墓のが更に語り始めた、とんでもない推測だ。

「加えてここからは、ほぼ同じ過去を持ってるゲタ吉から聞いた話なんですがネ。沢城とゲタ吉とちいさいの世界では、幽霊族は単に住処を追われるだけでなく、人間に徹底的に狩られていたらしい。血を絞って、その血をクスリに転用する為に」
「なん、っ……
 二の句が継げない。思い浮かべてしまった想像で、頭の芯がぐらつく。

「あいつらの世界では、『鬼太郎』の母親もその手の人間に捕まって、十年くらいは生かさず殺さず、血を絞られ続けていたそうで。胎に『鬼太郎』を抱えたまま……あいつらに片目がないのは、胎ン中で力が足りなかったから、なんでしょうね。人間の手で墓石に叩き付けられた僕とは違う」

 一拍おいて、気がついた。これは沢城くんの過去でもあるんだ。父さんとご先祖様の守りを失わずに済んだことを除けば。
 沢城くんは、母親のことはほとんど覚えてなくて、人間のお義父さんに育てられたんだと言っていた。僕にも母親の記憶はなくて、でも僕を育ててくれた、家族と言える妖怪がいる。
 きみには蒼兄さんみたいな人間がいたんだね、と言ったら、沢城くんは穏やかな笑顔でそうだよと頷いてくれて――つい最近のこと。思い至って、今度こそ僕は凍り付いた。

「それでもあいつらの母親は、父さんと、あと父さんに手を貸してくれたっていう人間に助け出されて……結局母親は体が弱って死んじまったが、ゲタ吉と沢城は、かなりしっかり人間に育てられたンだ。けどちいさいのは、五年ちょっとでその養父を失って、一緒に父さんも失って、先祖の守りまでもなくしちまったんですよ」

 墓のの声が微かに揺れる。父さんを失う、という一言が引っかかったんだろう。
 逆に僕は、間を置いたお陰で少しだけ冷静さを取り戻していた。
 理解を確かめるつもりで、言葉をたどる。
……帰ったところで、人間に狙われるかもしれない。妖怪だって気のいい奴らばかりじゃない、力目当てに餌にされる可能性の方が高いくらいだ。ちいさいのがいくら強くたって……たったひとりで、戦い抜けるわけが」
 僕だって、ちいさいのと同じくらいの年だったころに、父さんがいなくてちゃんちゃんこもない、文字通りの身一つで放り出されていたら――無事でいられたとは思えない。まして喋れないんじゃどうなるか。

「そういうこと。それで妖怪に食われるなら……まだマシな類でしょうね。最悪、ちいさいのが原因で、ちいさいのの世界が焦土になっちまう可能性もありますよ」
「焦土って、それはさすがに言い過ぎじゃ」
「いや。ちいさいのが喋らねェんで、こればっかりは可能性でしかねェが……幽霊族を滅ぼし、母親の血を絞ってその血をクスリにした挙げ句殺した上、自分の体から片目を奪ったあの人間って生き物を、ちいさいのが心底恨んでたって全く不思議じゃねェでしょう。その上、守ってくれるはずの存在を神格に奪われてるんじゃ、神格の存在を信用することも……どころかそっちも恨んでる可能性のが高そうだ」

 墓のの視線が青い光の上の先端で固定される。表情は動かない。
「しかもちいさいのが秘めてる力は、沢城とゲタ吉と一緒。高山だって見たでしょ、あいつらの指鉄砲の威力」
「ああ……
 僕の体内電気でどうにもならなかった相手を、沢城くんとゲタ吉が一撃で吹き飛ばした光景は、もう何度も見ている。ソレはちゃんちゃんこに宿ったご先祖様の力でもあるけど、そのご先祖様の力を一気に自分の内側に取り込んで、集束させて放つだけの器があるってことなんだ。扱える霊力の規模がだいぶ無茶苦茶なんだろうってことは、アレを見たら誰だって分かることだろう。もし沢城くんたちが、地獄の鍵を持っていたら――ついそう考えてしまうくらいの力だった。
 そしてちいさいのが生まれ持った器は、沢城くんたちと同じ。

「ちいさいのは生まれからして、世界を恨む理由が満載です。生まれてからたったの五年で父さんも養父も失って、人間と神格を恨んでいる、莫大な力を秘めた幽霊族。もし仮に、アナタの世界の……妖怪横丁でしたっけ、妖怪たちの暮らす街にそんな存在がやってきたら、アナタ、どうします」

 言われて、考える。
 ぬらりひょんのような存在に利用されたとしたら、間違いなく、人間も妖怪も巻き込んだ大惨事になる。それにちいさいの本人が、そもそも神も人も恨んでいるなら――その上で、恨む対象を殺害する力が、『確実にある』と自覚してしまったら。
 最悪の場合は封印することになるだろうけど、その封印だって……あの莫大な霊力を封じきれるか。封じたとしても、その力を嗅ぎつけた奴らがちょっかいを出してくるに違いない。騒動の種を抱え続けていたら、いずれ、妖怪横丁は壊れてしまうだろう。誰もが『鬼太郎』ほど強いわけじゃない。
 そこまで考えて、墓のの言う焦土という言葉が決して大げさではないと、僕は悟ってしまった。

「僕なら……守りたいとは、思うけど。守れるかどうか」

 僕の声が大きく震えたのをどう取ったのか。
 墓のは何かを吹っ切るように、息をついた。
「やっぱり。……自分の世界で妖怪集団の親玉やってる高山がそう言うなら、もう、本当にそうなんでしょうねェ」
「親だ……、僕はそんなんじゃ」
「話聞く限り、そうとしか思えませんでしたけど。……まあでも、ありがとうございます。僕も腹を括ることにしますよ」

 すっと墓のの腕が動いた。
 中空に浮かぶ線の全てが、水面の波紋のように揺れて掻き消える。
 あとに残るのは、青白い、床の幾何学模様めいた魔法陣の光だけ。

「盛大に話を脱線させちまいましたね。戻しましょう。ともあれ、アナタだけは明日、望めば帰れる……生まれ育った世界の親しい仲間たちを放って、こちらの世界で他人事にかかずらって、自分の命を危険に晒すなんて、と僕は思いますがねェ」
 何をそんなに迷ってンです、と墓のは僕をひたりと見据えた。
「墓のの言う通りだ。僕は本当は帰るべき、なんだと思う……

 胸のうちに湧いた言葉を音にした瞬間、心の内の天秤が傾くのを感じた。

 ――本当のことは、言えない。
 あれは、沢城くんと僕だけの秘密だ。
 だから僕は、曲がりくねった言葉を用意した。

「正直僕だって、沢城くんとゲタ吉の足手まといになりかねない、って思ってる。でも地獄の鍵が勝敗を分けるかもしれないなら……それがここに留まる理由、って言っていいだろう。それに、」
 卑怯な言い方だろうか。でも、言い訳してでも留まりたかった。
「死ぬかもしれない友だちを放って逃げ出したら、僕はこの先ずっと、自分で自分を許せなくなるから」
 父さんや蒼兄さんたちが僕を探してるだろうって、分かっていても。
 そのうちいつか、生まれ育った世界の中から、僕の記憶が風化してしまっても。
 沢城くんとの約束を破ることだけは、僕にはできない。

 だから墓のの視線を正面から見返して、僕ははっきりと言い切った。
「今は帰らない。248年待てばいいなら、待つさ」

 墓のがニヤリと笑った。
 表情とは裏腹に安堵の気配が強いのは、僕の思い込みだろうか。
「高山、お前、ゲタ吉のこと言えませんネ」
「何とでも言え」
 今晩初めて、僕は笑った。半ばやけっぱちの、弱い笑みではあったけど。

 248年。
 沢城くんとの約束の為に、僕はその時間を費やすと決めた。