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氷紀
2024-02-28 18:46:01
12365文字
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迷い込んだ彼らの話
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こうして僕は248年を彼に捧げることにした
当初は純粋に高沢を書きたかった筈……だったんだけどなあ。
そこに墓くん〓くんちび鬼くんが混ざった結果のただの暴発。
CP的には高沢で間違いないです。一応。
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「高山。これから見ることも聞くことも、他の連中には言わないでくださいね」
空には爪先でひっかいたような、細い細い月が浮かんでいる。星明かりは人間の街の明かりに掻き消され、空には墨のような黒が広がるばかり。
話がある、と言われ、僕が墓のに連れ出された先は、彼のその名の元となった墓場だった。墓石がひしめく場所の北東の隅、一カ所だけ墓石のない区画の前で、墓のが立ち止まった。猫背の体がまとうのは、藍色の着物に黒い羽織
――
その羽織の裏地は黄色だ。その霊毛の羽織が、間違いなく彼がこの世界の『鬼太郎』であることを示している。
羽織をまとった左手の人差し指に青白い光が灯る。その光が、墓地の空白の空間に複雑な図形を書いた。封じの札とも西洋の魔法陣とも違う、機械の配線めいた模様だ。
「特に、ゲタ吉にだけは絶対に言わないこと。いいですね、あいつ、知れば知った分だけ全部背負い込ンじまうから
……
」
僕は黙って頷いた。どういう話なのかは想像のしようもないど、ゲタ吉がそういう性格なのは分かっていたから。
墓のが図形を描き終えた瞬間、墓地の空白の空間がぐわりと大きく歪むのが見えた。ほんの数秒で図形が掻き消え、代わりに黒く四角い穴が開く。それもただの穴ではなく、足元の方には下へ続く石造りの階段が見えた。
「足元、気を付けて」
墓のは勝手知ったる風に、階段を下り始める。僕がそのあとに続くと、背後でまた空間が閉じるのが分かった。
階段を取り巻く黒い空間には、青い炎の玉がふわふわと浮いている。妖怪や人魂の類ではなく、ランプ代わりの陰火らしかった。
その陰火にぼんやりと浮かぶのは、階段の両脇に積み上げられた本や冊子、壷に突っ込まれた丸めた紙束、術の道具らしきもの、他にも色々。おかげで階段は、墓のが通れるギリギリのスペースしかない。
「
……
これは?」
「父さんを探す道中で見つけたヤバめのブツ。前は寺の奧の部屋に積んでたンですが、ちいさいのが来ちまったときに片づけたんですヨ。危なくッて」
狭い場所をものともせずに、墓のは更に下っていく。やがて見えてきたのは、木の扉だった。その扉にも何か術の仕掛けがしてあるらしく、地上でやったのと同じような手順で、墓のは扉を開けた。
その向こうにあるのは
――
部屋の隅に大きな机と椅子があることで、辛うじて書斎と言い張れるかもしれない物置部屋だった。古びた木の床は八畳くらいで、天井はだいたい僕の身長の三倍ほど。置いてあるものは階段に積んであったものたちと大差ない、でも壁の四面を天井まで埋め尽くす物量は圧倒的だ。青白い陰火がランプ代わりなのは階段と同じで、天井付近にわだかまる青白い光が室内全体を照らしている。
ふと思った。
墓のはここにある本や冊子を、全て読んでいるのだろうか
――
だとしたら、どれくらいの時間、父さんを探し続けているんだろう。階段にあるものまで合わせたら、二年や三年でどうにかなるような物量じゃない。
この世界の妖怪たちの面倒事に巻き込まれたり、ゲタ吉たちの世話を焼いていたりする姿は何度も見たけど、墓のは自分のことをほとんど語ろうとしない。
僕が彼について確実に知っているのはただ一つ、ある日唐突に行方不明になった父さんを探していること、それだけだ。
「ここなら邪魔は入りませんから、ま、適当に座ってください」
扉に術の鍵をかけ直して、墓のは部屋にいくつか転がっている、空の本棚の上に腰を下ろした。ホコリが案外と少ないのは、ひとの出入りがないのと、ホコリの元になるものがないからか。僕は勧めに従って、元は墓のと少し離れて向かい合う形で、転がった箱に腰を下ろした
――
本箱かと思ったら、ソレは何かのコンテナだったらしき金属製の箱だった。僕の体重で潰れるようなものでないなら、まあいいか。
「で墓の、話ってのは?」
「単刀直入に聞きますよ。高山は、元の世界に帰りたいですか?」
「え、そりゃあ
……
帰りたい、けど」
今はまだ帰れる状況じゃない、と思う。
僕たちは今、二週間後の満月の夜、とんでもない妖怪が姿を現すという情報を掴んでいる。野放しにすれば、良くてこの街が半壊、悪ければこの街どころかこの平野全体が焦土になる、それくらいの。
どうにかしなきゃ、と言ったのはゲタ吉と沢城くん。その二人がかりでギリギリ勝てるか勝てないかくらい、そういう予測を立てたのは、他でもない、目の前にいる墓のだ。
「帰りたいけど、でも今じゃないって顔ですネ。
……
そりゃアそうか、この状況じゃ。まったく、戦う力があるってのもなかなか難儀なモンで」
「何がいけないって言うんだ」
反射的に言い返してしまった、その声音の中に自分の本音がにじんでしまう。ゲタ吉が心配なのも嘘じゃないけど、本音を言うなら
――
沢城くん、だった。勝てても無事じゃ済まないかも、と呟いた声音を思い出す。
僕は昨夜、彼の手を握った。僕も一緒だ、独りじゃないよって。それのあとに触れた唇の熱さも、抱きしめる腕も
――
他の皆は知らない、僕と彼だけの秘密。
墓のは小さく笑った。
「いけないとは言ってません。ただ、気づいちまったモノを黙ってるには、少し気が引ける程度には
……
マア、同じ『鬼太郎』の誼と言いますか。そういうものを、僕も感じてはいるんですヨ」
「何が言いたいんだ」
まばたき一つ。墓のはゆっくりと告げた。
「明日の新月の夜。月齢が0になったその瞬間を狙って、僕がとある術を使い、同時に地獄の鍵を発動させれば、アナタは元の世界へ帰れます。
……
どうしますか」
その言葉を理解するのに、たっぷり十秒はかかってしまった。
「
……
どう、して。なんで今、」
「先週、獄炎乱舞でしたか、僕の前で使いましたよね。
……
アナタが胸に抱えてるソレに、『次元の壁に穴を開ける』しくみが組み込まれているのが、あのときはっきり見えました。それを応用すればいい、力の向きを逆にして照準を合わせれば、アナタ一人なら確実に帰せます」
僕は呆然としたまま、墓のの声に聞き入った。
いつも通りの静かな口調で、言葉は続く。
「ただ、あなたのいた時間軸は他三名のより遠いンで、星の力を借りねば照準が合いません。明日の新月を逃せば、次のチャンスはだいたい248年ほど先。妖怪にとっても短い期間ではないでしょう?
……
だから聞いたんですヨ」
「
……
それ、は、」
父さん。蒼兄さん。ねこ娘。横丁のみんな。
あちらの世界の風景を忘れたことはない。心配してるに違いない仲間達のところへ、僕は帰らなきゃいけない、それは分かってる
――
だけど。
「その、248年の根拠は何だ」
「冥王星の公転周期。僕の術で、アナタの時間軸への扉を開けるなら、照準をあの星に頼るしかないンで」
墓のの口調は変わらないのに、僕の声はあからさまに固くなってしまう。
「その間に、僕の元の世界では、
……
どれくらい経ってるんだ」
「星の法則が同じなら、同じく248年です」
寿命が尽きるほどじゃない。でも時代が移るのは間違いないし、僕の存在を忘れられていてもおかしくはないだろう、くらいの時間。
軋む音がする。心の中の天秤が軋む音。どうしたらいい。どうしたら。
長い長い沈黙の後、墓のはぽつりと呟いた。
「
……
随分、迷いますね。意外です」
「そりゃあ
……
だって、」
上手く言葉が出ない。沈黙を埋めるように、墓のの呟きが続く。
「高山には帰る場所がある。帰る理由も手段もある。
……
巨大な妖怪が迫っているとはいえ、これは本来、アナタには何の関係もないこと。巻き込まれる前に逃げた方が良い、とさえ言えるのに」
「関係ないなんて言えない、だって沢城くんたちが」
「それが理由ですか。
……
仮に、アナタが帰ったとしましょう。次の満月に出てくるアレは、たぶん、ゲタ吉と沢城で戦うことになると思いますが」
墓のはまた笑った。真意の見えない笑み。
「その結果がどうなるにせよ、この世界がなくなるなんてことはありません。人間の街が壊れたなら、壊れたなりの時間が続いていくンです。戦おう
……
なんていうのは、つまるところ、ゲタ吉と沢城が『人間を見捨てられない』からに他ならない。次元をまたいだ壮大なお節介ですよ」
「墓のは、戦わないのか」
「足手まといにしかなりませんのでね。ちいさいのを連れて逃げます」
軽く肩をすくめる仕草も、まったくいつも通りだ。
目の前の事態に対してまるで動じていない。
「なんでそんな、他人事みたいなんだよ、墓のは」
「実際、他人事ですから。でもねェ、どうにもゲタ吉の奴が」
言いかけて、墓のは不意に口を閉じた。
すこしだけ動揺しているようにも見える。
何で、いきなり
――
思う間もなく、ふわりと視界が明るくなった。
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