ツキシキ
2024-02-26 18:25:44
22186文字
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【color:clear】COLOR・OVER

二次創作。ヴィゼール×クリア。


COLOR・OVER 2/4


 ◆地下牢



 鉄格子と、無骨で頑丈な石造りの床と、うす暗く湿っぽい空気。目を覚ましたパールが真っ先に感じたのは、それらが作りだす陰鬱な雰囲気だった。固い座り心地に身じろぎすれば、その動きに合わせて鎖の音がついてくる。そこまできて今さらながら、パールは自分の腕が頭上へ繋がれていることに気づいた。見上げれば、壁にめり込む様にして乱暴に打ち付けられた手枷と鎖が、パールの両手首を拘束していた。確認のため視線を降ろせば、案の定、両足も荒縄で一纏めに縛りつけられていた。屈強な男であれば引きちぎることもできるかもしれないが、パールはあいにく力に自信のあるほうではない。

 何か魔術を、と、パールは精神を集中させる。しかし、集まってくるはずの魔力が一切感じられない。ご丁寧にも、魔力封じの仕掛けまで施されているようだった。
 絶体絶命の危機と呼べるこの状況で、さらにパールの気を引いたのは、足元に描かれた魔法陣だった。何の塗料を使っているのか、パールが爪先を伸ばしてなんとか擦り落とそうとしても、紋様は綻びを見せなかった。しかもその紋様の一部は、パールが今まで書物で見てきたどの魔法陣とも一致しない、特殊なものらしかった。
 果たして何の魔法か解読すべく、パールが自らの知識の扉を叩こうとしかけたところで、

「あらぁ~、起きちゃった?」

 聞き慣れたくもなかった、しかし覚えのある声がした。顔を向ければ予想通り、忌まわしい吸血鬼がすぐ傍に佇んでいた。見目麗しいその姿にパールは一瞬目を奪われかける。が、そんな自分を否定するべく、強い眼差しでもって吸血鬼を睨む。向けた敵意に反して、帰ってくるのは柔和な笑みだった。

「こんな美人さんに居てもらうんだもの、もうちょっと華がある場所のほうが良かったんでしょうけど。ごめんなさいね」
…………本心でない謝罪など、受けたくもありません」
「うーん。悪いと思ってるのも、本当よ? でも、」

 言うなり、吸血鬼の眼がカッと紅に染まる。瞳孔が異様な、吸血鬼独特の鋭さを帯びる。口元に形作った笑みだけは変わらず、むしろそのことが異様な瞳よりも強くパールに恐怖心を抱かせた。

「悪いのは僕達だけじゃないってこともわかるね?」
…………わ、」

 パールは自分の声が思いのほか震えていることに気づき、唇を噛み締める。屈してはならない。舌に絡む唾を飲み下し、改めて口を開く。

「私は神の御名のもとにおいて、正しいことを成したまでです」
……へぇ?」
「魔王は倒されるべき悪であり、かの暴虐を許せぬ民が多くいます。ならばこそ、悪は正さねばならないでしょう」
「悪でもって悪を制すと?」
「っ、何を! 私達が悪だとでも!?」

 パールは思わず立ち上がりかけたが、両足の拘束がそれを許さない。代わりに、彼女の意思を示すかのように、手枷の鎖が独房の中でうるさいほど響いた。その音にパールも一度落ち着きを取り戻し、深く息をつく。この状況で聖なる儀式の如何を問答したところで、納得のいく結論は得られないだろう。
 反論をやめたパールをどう取ったのか、吸血鬼は再びその瞳を細める。

「まあね、そもそも“彼”が聖竜って言い継がれちゃってるんだものねぇ。急に信じてたものがひっくり返っちゃったら、認められないっていうのもあるんでしょうし、仕方ないとは思ってるのよ」
…………

 突然の懐柔じみた言葉に、パールは眉をひそめる。甘言を挟めばこちらが心を開くとでも思ったか。パールはそう内心で呟き、正面から吸血鬼を見据える。

「先に言っておくと、私、貴女みたいな子も好きよ? そこまでかたくなになっちゃうのも、事情があるんでしょうし」

 パールの反抗的な態度は見てとれるだろうに、なおも吸血鬼は続ける。その余裕ぶった態度やもって回った言い回しが、冷徹を成そうとするパールの心を引っ掻いてやまない。ついには堪え切れず、パールは口を開く。

…………あなたに、私の何がわかるというのです」
「なぁーんにも。全部、私の想像ね。でも想像力って馬鹿にできないわよ~? それさえあれば、神様だって作れちゃうんだもの────」

 パールは目を見開いた。驚きを通り越した呆れからだった。神を作るなど、何を言っているのか? 吸血鬼のあまりに不遜な物言いに、パールの腹の奥からじわじわとせり上がってきたのは、烈火のような想いだった。

「そうやって、何もかもを冒涜して楽しいのですか」
……冒涜?」

 吸血鬼は試すように口角を上げる。パールはそれに真摯な瞳でもって向き合った。

「私のことを知ったかぶりするだけでなく、そうやってあなたは神さえも言葉で冒涜する。気づいていないとは言わせません」

 言い募るうちにパールの身体に溜まっていた熱は舌先へと昇っていく。もはや誰も止められない激情がそこにある。

「無自覚ならばなおさらだ。いいや、むしろ、あなたのような者の存在こそが冒涜なのです!」

 毅然と言い切った頃には、何をしたわけでもないのに興奮で息が上がっていた。は、は、と荒くなった息を整えるべく、パールは再び息をつく。父よりも母よりもこの世のあらゆるものよりも尊い、神こそがパールの全てであり、それを軽んじられることは自身を斬り裂かれるよりも堪えがたかった。

……ふぅん」

 だが、それでも。吸血鬼の余裕は崩れない。微笑はそのままに、吸血鬼の瞳だけが冷たくパールを見下ろす。隠しようのない牙をちらつかせながら、吸血鬼は言う。

「思いこみって厄介よねぇ。神学でも宗教学でも、言葉は何でもいいけれど。なんなら、筋道立ててお勉強会開いてあげましょうか?」
「人智及ばぬ神を紐解こうと? その考えが冒涜だと言っているのが、わからないのですか!」



「ならばお前は何様だ?」



「!?」

 急に問答相手の声のトーンが変わり、パールは一瞬言葉を失う。見れば、吸血鬼の瞳には紅が爛々と輝いていた。弧を描く口元には隠しきれない嘲りが浮かんでいる。

「僕は同じことを前も聞いたね? 僕が神官だという、これ以上ない証明もしたはずだ。さすがにあの出来事を忘れるには早すぎると思うんだけどな」
…………私は、認めていません。あれは何かの、」
「間違い? 例外? さあ、今度はどう理屈をつけるのかな。そちらがそのつもりなら、僕はとことん付き合ってあげるよ? 幸いこちらには時間がたっぷりあるからさ。ねぇ、屁理屈好きのお嬢さん」
「なっ……!」
「違わないよね? だいたい、そうやって君の都合のいい形で神の理論を作りなおすことこそ、冒涜に他ならないと思うんだけど。だからこそ僕は聞いてるんだけどな? そんな卑怯なお嬢さんでないと言うなら、君はいったい何様なのさ?」
「私は、私はっ────!」

 矢継ぎ早の責め句を頭に叩き込まれながら、それでもパールは思考する。私はギヴィア教の神官。神の声を聞くべき者。私はパール。神の信仰者。思い浮かぶ答えはいくつもあり、そしてそのどれもがこの場には当てはまらない気がした。軽率にそのうちのどれかを口にしたとして、この忌々しい存在は余すところなく否定しにかかるだろう。そんな予感がパールの口を閉じさせた。
 けれど、と。聡明なパールの脳は、一度論理の行き場を失くしてからも働きを止めることはしない。答えられないとするならば、どれもが否定されると推測できてしまうのなら、果たして、果たして私は何なのか。私という存在がこの場で解体されるなら、これから私は、何を拠り所として、何に向かって生きていけばいいのか?

「私、は…………

 あぁ、聖竜様はまだいらっしゃらないのか。
 早く、あらゆるこの世の悪徳を、眼前で嗜虐的に笑む悪魔を、焼き払っては下さらないのか。
 聖典もなく、跪く為の足の自由も無く、手指を組み交わすことすらできないこの状況で、パールは、祈った。全ての土台が崩壊しかかってなお、自身の半生を捧げた聖なるものに対して祈った。その祈りは自分勝手な欲望や妄想と区別がつけられるものなのか、そんな疑問が表出しかかり、しかし無理やり押し込められる。ぼんやりと、目の前のものすらも不確かになっていくように感じる。

「────ちょっと、苛め過ぎたかしら」

 思考の渦に埋没しかかっていたパールは、その声ではっと意識を取り戻した。



「ごめんなさいね、つい熱が入っちゃった。未だになかなか自制が効かなくて、だめねぇ」

 吸血鬼が身を屈め、パールのほうに手を伸ばしてくる。パールは手枷のせいで振りはらうこともできず、思わず身をすくめた。今まで舌戦で済んでいたことのほうがむしろおかしな話で、パールは本来ならこの吸血鬼に血を吸いつくされてもおかしくない立場にいるのだった。屈するまいと思っていたはずなのに、たかがこんなことで、パールはその目を閉ざしてしまう。まさに振りかかる災厄を拒絶するために。
 けれども、予測に反して吸血鬼の手はパールのどこにも触れなかった。訝しく思ったパールが瞼を上げれば、吸血鬼の姿が先ほどより遠くにあった。先ほど伸びてきた手は一体何だったのか。パールに答えは見つけられない。吸血鬼が鉄格子に手をかけているところを見るに、どうやらこの場を離れる気らしい。
 手をつける価値すらないという表れだろうか。パールは懲りずに思考する。この吸血鬼が去った後、自分がどうなってしまうのか。パールの脳裏にいくつもの嫌な予想が浮かぶ。少なくとも、命の保証は無いように思えた。
 これ以上の冒涜を許すくらいならば、いっそ。舌を噛み切ることも考えなければならない。

「私を、殺すつもりですか」

 気づけばパールは問いかけていた。枷に繋がれた手に力がこもる。答え次第では、決断が必要だ。
 けれど、意外にも吸血鬼は苦笑を返してきた。

「言わなかった? 私、貴女みたいな子のことも、好きなのよ?」

 あの、人を見下すような笑みはもう見当たらない。パールは今までのやり取りを思い返し、なおさら眉を寄せる。吸血鬼がパールに対して好意的になる要素が、どこにあったというのか。そもそもパールには、好き、という言葉そのものがピンと来ない。
 所詮言葉だけだ。真実かどうか、知れたものじゃない。
 パールは反抗的にそう考える。そして、さらに挑発的な言葉を選ぶ。

「仮にあなたがそのつもりであったとしても、魔王の怒りは到底収まりそうにありませんでしたが。私の処刑は魔王直々になされるのでしょうか?」

 パールは鼻を鳴らしたが、吸血鬼はやはりこちらのペースに乗ることも無く、ただただ困ったように微笑むばかりだった。

「貴女の足元の魔法陣、何だか知ってる?」

 吸血鬼は唐突にそう問いかけてきた。パールがこの牢で目覚めてすぐに気になっていたことの一つだ。答えはまだ見つかっていない。けれどもわからないと素直に白状するのもパールのプライドが許さない。ゆえに彼女は沈黙するしかなかった。

「今はもう古代の魔法だから、知らないのが普通よ。安心した?」

 吸血鬼は、パールの沈黙を読みとり、何にもならない慰めを口にする。

…………

 パールは平静を装ったまま、内心の驚きを抑えつけた。この吸血鬼がパールよりずっとずっと昔から生きているらしいことも、いつぞやの会話で察していたとはいえ。まさかこの魔法陣が古代のものだとは気づかなかった。神官として魔法に精通している身でありながら気付けなかった自分に少しの苛立ちを覚える。

「獲物の命を永らえさせる魔法……
「!?」

 ぼそりと呟かれた物騒な言葉に、パールは今度こそ驚きを隠せなかった。

「それは生命の、」
「冒涜?」

 反射的に言いかけた言葉の先を取られ、パールは閉口する。そして吸血鬼がその続きを引き取った。

「大丈夫、ゾンビとかリビングデッドとか、そういう類のものじゃないわ。回復魔法と一緒。確かに昔は、悪い使い方もしてたんだけどね」

 そう言われても、パールとしては素直に信じるわけにもいかない。とはいえ、魔法陣がまだ発光していないことは救いだった。魔法陣が光を帯びることはすなわち、魔法が機能してしまっていることを示すからだ。
 パールの内心の安堵を知ってか知らずか、吸血鬼は続ける。

「ほら、その……ヴィゼールがキレちゃって、貴女ふっ飛ばされちゃったでしょ? 一応回復魔法で手当てはしたんだけど……この牢で何が起こるともわからなくって。だから、保険みたいなものよ。ここは血気盛んなやつも多いから、困っちゃうわ」
…………ありがとうございます魔族様、とでも言えば御満足ですか」
「ふふ、どういたしまして。……なーんてね。そうじゃなくて、言いたいのはなんでわざわざ殺す相手を治す必要があるのかってことよ。ましてや、貴女が傷ついたら発動するように、大がかりな回復の魔法陣まで仕掛けてまで。おかしいでしょ?」
…………
「だからね、貴女を理不尽に殺すつもりはないし、ヴィゼールにもそうはさせないよう動くつもりよ」
「そう、ですか」

 パールはこっそり息を吐く。信用する気はないが、筋は通っていた。もちろん、この魔法陣云々の話自体が嘘の可能性もあるが、それは発動したらわかることだ。ひとまず、今この場で自害に走ることはせずに済むらしい。
 だが、パールは首を傾げる。こうなれば本格的に意図がわからない。魔王側としてパールが厄介な存在なのは理解できるが、だからといってわざわざ生かしておくなど。次いで浮かんだのは捕虜の二文字だった。

「では、私をだしに不当な要求でもするおつもりですか」
「あら、それもいいわねー」

 パールの案に気づいていたのかいないのか、吸血鬼はさも今気づいたというような態度でくすくすと笑う。けれどもすぐさま自身の言葉を否定した。

「色々考えてくれてるところ悪いけど、こっちもそう余裕があるわけじゃないのよー。だから、貴女のことは保留……ね? 今は皆がいっぱいいっぱいなの」

 そう言って、吸血鬼は会話を打ち切った。パールの警戒はあっさりと受け流され、結局何もされぬまま。
 吸血鬼が鉄格子の扉に手をかける。拘束具に苛まれるパールと違い、彼は難なくその扉をくぐって牢の外に出た。二人の明らかな隔たりはそこにあった。


「なんたって私達────クリアちゃんのこと、大好きだったから」


 吸血鬼は去り際、存外、軽薄な口調でそう言った。その言葉に早くも過去形が使われていたことすら、聞き逃してしまいそうなほどの軽さだった。
 だがその表情は、あの嫌な微笑なのか、困ったような笑みなのか、はたまた。どんな色をしているのか、パールのほうから窺い知ることはできなかった。




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