mishiadd
2024-02-07 00:45:29
12457文字
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墜ちる二重螺旋

藤丸立香一人称。慶安四年の特異点から合流したセイバークラス2名の関係の異常性を第三者視点で見ていく感じの不穏な話。


四、

あくる日の朝、偶然を装ってふたりの部屋の前を通りかかる。
扉が開いて、中からひとりだけがゆらりと、まるで亡霊のように立ち現われた。

「伊織は、」と尋ねた。自嘲を浮かべて、タケルは言った。

「まだ、寝ている」




「昔は普通の友人同士だったんだよ」とタケルは言った。

――普通」
「そう、普通の」

据え付けの給茶機から汲んできた紙コップを持つ手とは反対の手を宙に伸ばしながら、タケルがぽつりぽつりと呟く。

「親友、だった。多分。――もしくは、戦友か。背中を預けられる相手というのを、私は生まれて初めて得た」

手を開く。握る。また開く。そこにはない何かを掴み取ろうとするかのように。

「私は、あれの優しさが好きだった。あれの告げる優しい言の葉が好きだった。
だから何度も試した――『どうする? こいつらを助けるのか?』、『このまま捨て置くか?』、『放っておくこともできるぞ』。
そうすると、あれは必ず私の聞きたかった言の葉を言う。『無論助ける』、『このままにはできない』、『それが人の道だ』。
嬉しかった。誇らしかった。耳に心地の良い声、胸に心地の良い言の葉だった。何度も何度もあれのことを試して――あれの答えはいつもわかりきっているのに――まるでお気に入りの和歌の読み聞かせを何度もねだる童子のように。
――だから、本当はあんな言の葉を聞くための行為じゃなかった筈なんだよ」

タケルが開いたままの手を見つめて言った。

「毎回毎回試して――わざとあんなことを言わせて、私は悦んでいる」
「タケル」
「嬉しいんだ。――私は嬉しいんだよ、どうしようもなく。胸が震える程に、泣きたくなる程に喜んでいる、のあれが私に告げる言の葉を」

「イオリがな」、とタケルがようやくこちらを見た。大きな瞳の表面に、薄い水の膜が張っていた。

「あの宮本伊織がな、言うわけがないんだ。私に――『おまえが俺のすべて』だ、なんて」
……そんなこと。伊織だって、好きな相手にだったら――
「きみは『宮本伊織』を知らないからそんなことが言えるんだ」

からかうように湿った笑い声をあげ、タケルが目を細める。

「あれはな、それどころではなかった。――恋してはいけないものに恋をして、それでも正しくあろうとすることで手いっぱいだった。私に――いいや、なにも私だけじゃない、誰かに目を向ける余裕なんてとてもなかったんだ。
私は――結局どうだったんだろうな。今となってはもうわからない。ただ、あれの『友』である自分をとても誇らしく思っていた気がする」
……タケル」
「でも――なにかが変わってしまったんだろう」

タケルが俯く。さらりとサイドの豊かな髪が流れ、彼の耳にかかり、頬にかかる。もう彼の表情を伺うことはできなかった。

「きっとあの夜にすべてが。イオリも、私も――すべてが変容してしまった。
かつて、親友だったもの。相棒だったもの。こんな感情を向けるべきじゃない。でももう、自分でもどうにもならない。制御できない。
――もう、あれを繋ぎとめられるならなんだっていいんだ。この醜悪な感情の正体が、もはやなんだったとしても」



――誰のものにもならない、誰の色にも染まらない筈の彼が、私のもとに堕ちてきた



――もう、なんだっていい」
「タケル」

言うべきか、迷った。それでも、きっとそれが見えているのは、この場では自分だけなのだと思った。

「自分には、彼があなたを堕としたように見える」

タケルがこちらを見た。――神霊にも連なる日ノ本の大英雄。ヤマトタケル。
この神霊は――ただの人間に囚われて、その存在を刻み込まれて、自身の在り方すら永遠に変容させられてしまったのだ。――永久に。

タケルが微笑む。それは自嘲のようにも、諦念のようにも見えた。

「ならば私たちはお互いの脚を引っ張り合っているのだろう。
引っ張り合って、絡み合って、共に――堕ちていくのだろう。どこまでも」

――無責任だとは思ったが。
それでも、思わずにはいられなかった。それはなんて――甘美な夢なのだろう、と。






「それで、欲しい答えは得られたのか」、と数日ぶりに顔を合わせた童話作家は単刀直入に訊いた。
人もまばらでない、しっかり昼食時の食堂だった。すぐ隣でタケルと伊織が定食の小鉢をひとつひとつ確認しては感嘆している。

――得た、かな」
「ほう。一言でまとめてみろ」
「『割れ鍋に綴じ蓋』」
「俺でも躊躇する辛辣さだな!」

ははは、と楽しそうに笑い、それからにやりと意地の悪い顔でこちらを見た。「ほらな、首を突っ込んでもなにも楽しいことはなかっただろう」。

「そうだね。聞くだけ聞いて、結局何ひとつ力にはなれなかった」
「なにか解決する気でいたのか」
「もし可能だったらね。――でもまあ、自分の思い上がりだったよ。あれはそういうものじゃなかった」
「ほう」
「善いとか悪いとか、解決するとか改善するとかいう話じゃなくて――ただそういう『事象』だった。
ただかつて、そういうことが起こった。そして今はこうなった。それだけ」

「まあでも」、と付け加える。

――ちょっと、羨ましくはあるかな」
「ほう?」
「そこから見える世界は、すごく――

ふたり。――たったふたり。
まどろみ、あの美しい月夜の、真っ白い望月の照らす下で、永遠にこの夜が明けぬことを願いながら――揺蕩い続けるのだ。――たった、ふたりきりで。

「痛くて、苦しくて――それでも、幸せなんじゃないかって思うからさ」




――それが、ここだけで許された泡沫の夢ならば。
彼らが夢から覚めないことを、切に願う。