mishiadd
2024-02-07 00:45:29
12457文字
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墜ちる二重螺旋

藤丸立香一人称。慶安四年の特異点から合流したセイバークラス2名の関係の異常性を第三者視点で見ていく感じの不穏な話。


二、

食堂ではタケルが他のサーヴァントに混じってメニューを物色しているところだった。
カウンターでキャットが配膳しているコロッケを興味深そうに眺めているタケルの背中に声をかけると、すぐにこちらを振り向いた。一瞬声の主である自分を掠めた目は、すぐに隣の伊織に向けられた。

「イオリ」
「セイバー。まずはマスターに挨拶を」

冷静な声で伊織が嗜める。先程までの不安定な様相はどこにもない。
タケルも不服な様子は見せず、「悪かった」と素直に詫びながら自分に会釈をする。が、すぐにその視線は伊織に向けられてしまった。正直なことだ。

「イオリ、このコロッケというものも米に合うのだ。正確には、このコロッケにソースをかけたものが米に合う」
「会って早々もう食う話か」
「ここをどこだと思っているんだ? 食堂だぞ」

伊織をタケルの許に送り届けて目的は達した。
カウンターに並べられたおかずにやんややんやと興奮しているタケルとそれに付き合う伊織を残し、食堂を立ち去ろうとしたときだった。

「随分面倒見がいいな」
「アンデルセン」

子供の姿をしながらも老成した作家が、フン、と鼻を鳴らしながらこちらに近づいてくる。

「熱心なことだな。新入りの世話か」
「言い方があまりよくないけど、まあそんなところだよ」

フウン、と何の気なしにアンデルセンが肩越しに目を遣る。今日のおかずを選び終わったらしいタケルが、伊織と一緒に席についたようだった。
きっとアンデルセンはあのふたりに特別興味があるわけではない。自分が、あのふたりに気を向けているから、こうして来てくれたのだ。
であれば、と――単刀直入に訊いた。

「かつての――自分にとっての、相棒みたいな人がさ。自分との記憶も、多分それ以上のことも、全部忘れてしまっていたとして――それってどんな気持ちなんだろうね」
「それはお前が一番よく知っているんじゃないのか」

すげない答えだ。ぐっと口籠ると、アンデルセンがにやりと笑った。わざとだったらしい。
とはいえ、まぜっかえしをいつまでも引きずる気も毛頭ないようだ。口角の笑みを引っ込めて、彼は言った。

「ただの別れなら、お前が誰よりも一番よく知っているだろう。再会した時に相手がなにも覚えていない、その気持ちは。
だが――あれは、そういうことではないだろう」
「え?」

アンデルセンが目を眇めてふたりを見遣る。
タケルが口いっぱいにコロッケを頬張っていて、それを伊織が穏やかに眺めている。平穏な日常の象徴のような光景だ。――少し、「らしすぎる」くらいに。

――ひとつ訊くが」

アンデルセンがこちらを見た。

「お前は本当に踏み込みたいんだな?」



――そこに。



一瞬、ぎくりとした。だが怯んだ気持ちを押さえつけて敢えて強く頷いた。
やれやれ、とアンデルセンが首を軽く左右に振る。それから、言った。

「たとえ話をしてやろう」

――ある少年と蝶の話だ。

あるところに美しい蝶がいた。
その蝶は世にも美しい翅を持っており、花々も、木々も、空を飛ぶ鳥さえも、みんなが蝶を美しいと褒めそやした。
だが蝶にはそんな声は一切聞こえていなかった。蝶は別の美しいものにずっと心を奪われていて、自分の美しさには無頓着だったからだ。

「別のもの?」
「ただのたとえ話だからな、なんでもいいさ。そうだな――夜空の月とでもしておくか」

蝶は夜毎夜空へ飛びあがり、届かぬ月に向かって飛び立っては、力尽きて地面に墜ちた。
そうして来る日も来る日も夜空を目指して過ごし――やがて夜毎に月の光を浴びた蝶の翅はますます美しく輝くようになった。
蝶はますます賞賛されたが、当の蝶はまったく意に介さなかった。蝶にとっては夜空の月の美しさこそがすべてで、それ以外のことにはなんの意味も見出さなかったからだ。

そんなある日、ひとりの少年がこの蝶を見つけた。
少年はいつものように夜空へ飛び立っては地面に墜落する蝶を見つけ、それを拾い上げた。助けてくれたそのお返しに、蝶は少年の指先にとまり、身を震わせてお礼を言った。
少年はそれがたいそう嬉しかった。義理堅い蝶を気に入った。それからは、夜毎蝶を指先に乗せては木の上に登り、高く手を掲げて蝶に月夜をよく見せてやるようになった。蝶はますます夜空に浮かぶ月の姿に魅入られた。
少年は蝶と過ごすのをいたく気に入った。夜だけでは飽き足らず、朝も昼も蝶と共にあった。机の上で少年の腕をそろそろと這う蝶をいつまでも眺めていた。夜空の月に心を奪われている時以外、蝶は常に少年に寄り添っていてくれた。時折美しい翅を広げては少年の肩にとまって休む蝶を眺めるときが、少年にとってもっとも心安らぐときだった。

そしてある日――少年は蝶の翅を粉々に砕いた。

――え?」

あまりの急展開に面食らう。思わず口を出すと、当のアンデルセン自身が苦々しい顔をしていた。

「どうして?……全然、そんな話じゃなかったじゃない」
「さてな。事故だったのか、魔が差したのか。あるいは――蝶と共に夜空の月を見上げていた少年のその瞳に、」

美しい満月が映りこんでいるのを、蝶が見てしまったのか。――「ああ、ずっとそこにいたのか」と。

――それで?」
「翅を砕かれた蝶は文字通り虫の息だ。もう蝶としては生きてはいけまい。ましてや、輝くような翅をしていた蝶ならばな」
「少年は、どうしたの」
「哀しんださ。少年にとって蝶は唯一の友人だったんだ。自らの手で傷つけることを誰が望む?――ただ、そう。ここからだよ」

アンデルセンが手元の書物から目をあげる。タケルと伊織を見遣る。言った。

――それでも蝶は、生きていたんだ。もう蝶とは呼べない姿だったとしても。翅を失い、もう二度と夜空の月へ飛び立つことのできない体だったとしても」
……少年は」

同じ質問を繰り返す。「どうしたの」。

ふっと息を吐き、アンデルセンは言った。

――本人に訊くといい」






アンデルセンと別れ、一度は出て行こうとした食堂の出入り口から遠ざかる。食堂の真ん中あたりに座っているふたりに一歩近づくたびに、タケルのはしゃぐ声がより鮮明に聞こえた。
――なんと切り出していいものかもわからない。ただきっと、これはタケルに話を聞かなければならないのだろうと思った。

タケルは、気難しい性格ではない。
自分では「近寄りがたいだろう」と言っていたが、他のサーヴァントと比較しても決してそんなことはない。神気をまとわれれば少し威圧感が増すが、知らない類の圧でもなかった。
実際、今こうして楽しそうに笑い声をあげているタケルに気後れするなんてことはなかった。

「タケル」

声をかける。口の端にパン粉の欠片をつけたまま、タケルが振り返る。

「なんだ、もう行ったのかと思ったぞ。やっぱり腹が減って戻ってきたのか? きみもこのコロッケを試すといい!」
「セイバー、おまえと違って誰も彼もが四六時中腹を空かせているわけじゃないんだよ」
「何を言うか。ほら、米が足りないぞイオリ。疾く用意をするのだ!」
「わかったわかった。……とはいえ、俺はエミヤ殿から櫃を貰ってくるだけだがな……

伊織が席を立つ。その背中を見送ってから、タケルがいたずらっぽい目線をこちらに寄越した。人払いのつもりだったらしかった。
空になった皿の上にきちんと箸を揃えて置いてから、こちらにぐっと身を乗り出してくる。

「どうした? 私になにか訊きたいことがあったんだろう? なんでも訊くがいいぞ!」
――あ、ええと」

この雰囲気なら、訊けるだろうか。――何を?
多分、しくじった。多分、失敗した。単純に、言葉選びを間違えた

「伊織に、好きな人がいるらしくて」



――目の前の「神霊」の威圧感が、見る間に増した。



食堂という空間全体がギリギリと胃の痛むように重い。幸い食事時ではなかったのでそもそも人の姿はまばらで、端の方でコーヒーを飲んでいたらしい職員が慌てて退避していった。
厨房に詰めていたエミヤが何事かと顔を出し、呆れたような顔をしたキャットが彼の肩を叩いて、ふたりで奥の方に引っ込んでいったのが目の端に見える。

やらかした。何が神性Dだ。あのランク付け、意味がわかった試しがないぞ。

耳元でキィィーーンと酷い耳鳴りがする。重力のかかり方がおかしい。上から下から引っ張り上げられながら押しつぶされるようで、三半規管がおかしくなって吐き気がする。

酸欠でチカチカしだした視界でなんとか正面の恐ろしく整った顔を捉える。感情の読めない瞳と目が合い、思わずその場に膝をつきたくなったのは、「藤丸立香」という日ノ本に由来するこの名と血のせいだろうか。――まずい、弁解もできない。何か話そうと呼気を吐いた瞬間に肺が潰れてしまうだろう。

どうしたものか――そう思った時、「セイバー?」と凛とした若い男の声がした。

「櫃――を貰ってきたんだが……何がどうなってる?――マスター?……セイバー、何をしてる? マスターの様子がおかしい」
……あ」

タケルの、我に返った声がした。

ふっ、と体にかかっていた負荷がいっぺんに消え失せる。がたん、と反動で思わず椅子の上に片膝をついた。
やれやれ、と額に噴き出した汗を手の甲で拭い、数回深呼吸をして軽く呼吸を整えた。耳鳴りはわずかに残るが吐き気も消えている。

見遣ると、タケルが蒼い顔をしていた。どうやら、やるつもりがなかったことをやらかしたのはあちらも同じであるようだった。
慌てた様子でこちらへ駆け寄り、おたおたと心配そうに右往左往している。先程までの威圧感は完全に消え失せて、最早どこにもなかった。

「ごめん、本当に悪かった、今のは本当に」
「大丈夫か、マスター。何が起こったのかわからないが、酷く顔色が悪い。……セイバー、本当に何があった?」
……いや、大丈夫。自分も言葉選びが不用意だったし。タケルのせいじゃないよ」
「『言葉選び』?」

伊織が訝し気にこちらを見て、それから傍らのタケルを見る。伊織と目のあったタケルが、バツの悪そうに目を逸らす。
さすがに可哀想になって助け舟を出した。

……いや、もう追及しないであげて。今のは本当に自分が悪かったと思ってるから」
「しかし――
「あとごめん。汗かいちゃって、気持ちが悪いんだ。タオル、貰ってきてくれる?」

露骨な人払いに気付いているのかいないのか、伊織がすぐさまその場を離れる。
足音が遠のいたのを確認したあと、「やれやれ」とその場に立ち上がった。しょぼくれた様子のタケルの肩をぽんと叩く。さっきまでのあの「神霊」にしていい仕草じゃないな、と頭の片隅で思った。

……すまなかった」
「いや、こっちこそだってば」
「それで?」
「え?」
――イオリが、誰を好きだって?」

――威圧感は抑えられている。同じ間違いを二度犯すつもりはないようだ。だが、こちらを逃がすつもりもないらしい。
底冷えのする氷のような表情の、神気で底光りのする瞳で捉えられ、ため息をつく。―― 一体これのどこが、「近寄りがたくない」サーヴァントだというのだろう。
こちらにだってからかう心の余裕などどこにもない。例えば参拝した神社で天からこんなお告げを聞いて、軽口を叩ける人間がいるのだろうか。

……タケルだって」
「は?」
「タケルのことが大好きなんだって」

そう告げれば――てっきり、照れるのだと思っていた。照れて、真っ赤になって、喜ぶのだと。



だが、違った。自分がそう告げるとタケルは―― 一瞬だけ、泣きそうな顔をした後――酷く戸惑い、そして――絶望したように、両手で顔を覆った。