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mishiadd
2024-02-07 00:45:29
12457文字
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墜ちる二重螺旋
藤丸立香一人称。慶安四年の特異点から合流したセイバークラス2名の関係の異常性を第三者視点で見ていく感じの不穏な話。
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2
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4
一、
ホールウェイにふたり、人影が見える。
近付くとふたり揃って体ごとこちらに向き直り、洗練された所作でお辞儀をしてくれた。先の慶安四年の特異点で合流したサーヴァントたちだった。
「マスター」、と口々に敬称を述べる口振りは慣れたもので、まるで自分たちこそがかつてその立場にあったことを微塵も感じさせない流暢さだった。
ふたりのうち、すらりと細身の男の方が口を開く。
「正雪殿に何か用だったか」
「いや、むしろ伊織に」
「そうか。では私の方はこれにて」
正雪は自分と伊織に軽く会釈をして去っていく。それを見送ってから、伊織がこちらに向き直った。
所用の伝言を伝えると伊織が頷いた。用事自体はそれだけだったが、何の気なしに尋ねてみた。
「
……
もう、ここには慣れた?」
「気遣い感謝する」
質問への回答よりも先に礼を言われてしまう。それから、ふっと微笑まれた。
「あの江戸の地でもどこかふわふわと現実感のないままだった。ここへ来ても相変わらずだ。だから、特に問題はないよ」
「それって慣れたってこと?」
「ふわふわしていることには」
笑っていいものか迷う。答えあぐねていると、やがて伊織が切れ長の目尻を哀しげに下げた。彼なりの冗談だったらしい。「すまない。困らせるつもりはなかった」と謝られてしまい、こちらも恐縮する。
「
……
そのふわふわも、なんとかなったらいいのだけど」
「この霊基が抱えた欠陥だ。ここに来る前から問題があった。おまえが気に病むことじゃない。
……
まあ、ただ」
「ただ?」
「知己、だったらしい者達から『様子が変わったようだ』と言われ続けるのは、少し堪えるかな」
「あ」
オブラートに包んだ表現だったが、いい意味で言われていないのは知っている。
先程立ち去っていった正雪は
――
「むしろこれでよかったのだ」と口にしているのを見たこともあるが、どの道伊織本人としては気分がいいものでもないだろう。
他人の目から見てよかろうが悪かろうが、それは「今の伊織にはなにかが欠落している」、という指摘に他ならない。
「
……
そうなんだ」
「ああでもマスター、案ずるな。中にはそう言わないやつもいるんだ」
無理した様子もなく明るくそう言い、伊織は笑う。答えの見当はだいたいついていたが、敢えて尋ねた。
「誰?」
「セイバー。
――
『タケル』、だ。相変わらず俺には呼ばせてくれないが」
そう言う口調もどこか弾んでいる。
きっと、記憶を失い、それ以上のなにか大きなものを失った今の彼にとって
――
とても大きな心の支えなのだろう。かつての彼を知り、その上で今の彼を彼だと言いきり、変わらず接し続けているタケルの存在は。
微笑ましい。自分と同い年か少し年上の、随分大人びた様子の侍に抱く感情としては不敬極まりなかったが、素直にそう思った。
だからそれは、ほんのからかいのつもりだったのだ。
「伊織って、もしかしてタケルのこと大好きなの?」
「ああ、大好きだ」
――
即答、だった。
いや、微笑ましい筈なのだ。善いことの筈なのだ。
これ程までになんのてらいもなく
――
誰かへの好意を表明できることは。
なのにどうしてだろう。
――
そこに、凄まじい「違和感」を覚えてしまったのは。
なんの照れも、てらいもなく、あたかも当然のことのように
――
今日の天気を訊かれたかのような、揺らぎのなさで。
たった今口にした言葉の意味をまるで理解していないかのような涼し気な顔をわずかに傾げて、伊織がこちらを見る。「どうした、マスター?」と尋ねた目尻には、その言葉に見合うだけのわずかの朱も差していない。
「い、伊織、もう一度」
「? ああ」
「タケルが
――
セイバーが、好きなの?」
「好きだ。大好きだ」
「なん
――
」
まるで当然のことのように。あたかも天気のことを訊かれたかのように。明日の日付を尋ねられたかのように。
当然のこと
――
それが当然の真理であるかのように。まるで
――
――
それが、彼の「すべて」であるかのように。
絶句した。
それをどのように受け取ったのか。伊織が、ぽつりぽつりと、壊れた時計を思わせるようなたどたどしい口調で告げた。
「マスター。俺はセイバーが好きだ」
「
――
そう」
「あれは
――
美しいから。それに正しくて
――
優しい」
「
……
そう」
「あれと
――
ずっと一緒にいたい」
――
壊れかけた歯車の音が聞こえる。
きっとそれは、彼の表面を覆っている薄皮の更に奥にあるものだ。大きく欠落した中心の、その周辺で、破損したなりの機能が、カラカラと虚しい音を立ててなんとか回り続けようとしている。
欠落した何かを別のもので埋めようとして、ぽたぽたと零れ、滴り落ちたその痕跡。
――
かつての宮本伊織という人の「そこ」には、一体何が詰まっていたのだろう。
「伊織」
俯いていた伊織が、うん、と顔を上げる。背丈の割に、歳の割に、酷く幼い顔をしている。
「セイバーのところ、行こうか。確か食堂にいた筈だから」
「ああ」
目に見えてほっとした表情をして、伊織が背筋を正す。いつもの伊織だった。
先程正雪が歩いていった方向へホールウェイをくだりながら、「伊織、あのね」と声をかける。
「セイバーと過ごしたいなら、言ってくれていいよ。部屋、用意してもらうから」
「マスター。おまえもセイバーと呼んでくれるのか?」
「伊織に通じる言葉を話してるだけだよ。だって伊織
――
」
まるでそれが唯一のこの世界とのよすがのように、心細そうにその名を呼ぶから。
本人に突きつけるにはあまりにも酷だろう言葉を飲み込んで、伊織の一歩先を歩く。
今の自分に、かつての「宮本伊織」を識るすべはない。きっとこの先も永遠にない。だから、自分の識り得る「宮本伊織」は隣の彼だけだ。
それでも、わかる。きっと彼は壊れている。繊細なガラス細工が砕けて弾け飛ぶように、しゃぼん玉が割れるように、コップの表面張力が破れるように
――
きっとふとした瞬間、ちょっとしたきっかけで、彼は脆くもぐずぐずに崩れ去る。そういう細く心許ない均衡の上にいる。
表面上は問題なく機能している。それはきっと彼自身の持つ特色で、そして問題なく見せようとする彼自身の努力によるものだ。それでも、中身がもう手の施しようがない程ぼろぼろに壊れている。
穿たれて空っぽになった、がらんどうの彼の中身。
――
そこに慌てて代わりの真綿のように詰め込まれている、彼の「セイバー」という存在。
ヤマトタケル。先の慶安四年の特異点で合流した、神霊にも連なる日ノ本の大英雄。
「宮本伊織」を自分が殆ど知らないのと同じように
――
このサーヴァントについても、自分は何一つ知らないのだ。
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