mishiadd
2024-02-07 00:45:29
12457文字
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墜ちる二重螺旋

藤丸立香一人称。慶安四年の特異点から合流したセイバークラス2名の関係の異常性を第三者視点で見ていく感じの不穏な話。


三、

別に、ここではそんなに珍しいことでもない。神気や邪気、覇気の類がなんらかのきっかけで漏れ出てしまうことなんてしょっちゅうだし、サーヴァントの中にはそもそもそれを自分で抑制しようとすらしない者達だって大勢いる。
だから、多少タケルのなにかが漏れ出てしまったとしても――ここでは、ありふれた日常の一幕でしかない。

とはいえ、多少からかいのネタにはなるか。

――日ノ本の大英雄ヤマトタケルは嫉妬で暴走しかけた、ってさ。



「噂になってるよ」と小声で囁くと、心底わずらわしそうな顔でねめつけられた。ごめん、と心にもなく謝ると、タケルがぽりぽりと居心地の悪そうに頭を掻く。

……まあ、やってしまったことは仕方がない。甘んじて受けるのみだ」

とはいえ、悪いことばかりでもなかったのだ。
もともとは伊織の方に約束したことではあったが、あのちょっとした騒ぎのおかげで彼とタケルの二人部屋を容易に工面することができた。自分から職員に話を通す時、ふたりの名前を出すと「ああ」と一も二もなく承認されたのだ。わずかな含み笑いと共に。

別に自分がそう依頼したわけではない。だが、誰か気の利いた者がいたのだろう。あの特異点での記録から抽出したデータを基にして、あの長屋を再現した内装になっているそうだ、と風の噂で聞いた。



宮本伊織は人当たりのいい性質だ。ここに来てからまだ日が浅いが、既に新しい交友関係が構築されつつある。彼自身、ここには気になる人物が多々いるようで、積極的に声をかけにいったりもしているようだ。堅そうな見た目に反して人懐っこい一面もあるらしい。
――の、矢先の「アレ」だった。一応、合流のきっかけとなった特異点の話はやんわりと周知はされているので加入時からニコイチで認識されているところがあったが、件のことがきっかけでいよいよ「どうやらそれだけではないらしい」という扱いになった。ので、伊織に声をかけられる方も――冗談なのか本気なのか――この大英雄の方をちらちら伺いながら、恐る恐る応答する向きもあるらしい。

――で、実際どうなの? 伊織が誰かに話しかけるのすら『嫌』?」
「あのなあ、私をなんだと思ってるんだ? そんなわけないだろう! ……――いや」

うんざりした表情を引っ込め、ふとタケルが手許を見遣る。ふっと視線を遠くへ向けながら、ぽつりと言った。「……どう、なんだろうな」。

うん、と先を促したが、タケルはぽりぽりと頭を軽く掻いただけだった。以前から思っていたが、恐ろしく整った可憐な容姿に反して、この英霊は仕草がとても荒っぽくて粗暴だ。指先ひとつに至るまで洗練された上品な所作の伊織と並ぶと、まったくの正反対で愉快ですらある。
物思いに耽りかけたタケルに、「そういえば伊織は?」と尋ねた。

「確かインシュンのところだ。……いやにはしゃいでいたな」
「あはは。タケル、面白くなさそう」
……かもしれぬ」

ふーう、と長く息をつき、タケルが天を仰ぐ。物憂げな横顔に、「……どうしたの?」と訊いた。こちらを振り向かぬまま、天井を見上げてぽつり、と彼は言った。

「『面白くない』と感じている私自身が厭なのだ」
「うーん……そうかな」

ただ、感じたままを口にする。

「そんなに自分を責めることないと思うけどな。可愛い、と思うよ、そういうの」
……『可愛い』?」
「うん。ちょっとやきもち妬いちゃうのなんて」
「媛相手にも?」

タケルがこちらを向いた。思いのほか、思い詰めた深刻な顔をしていた。そうしているとまるでただのひとりの少年のようだった。

「あれにすり寄る媛相手にも? あれが駆け寄る武人どもにも?」
――タケル?」
「あれが――『好きだ』と言って、『大切だ』と言って、好意を向ける誰も彼もにも?」

タケルが頭を掻きむしる。結わえていた三つ編みが乱れて、ぱらりと中途半端に彼の肩にかかる。

「これがまともか? ――まともな『友』の抱く感情だとでもいうのか、リツカ」

タケルの、華奢な体に反してごつごつとした手が彼の顔を覆う。かけるべき言葉を見失う。
あ、と意味のない音を漏らしたとき、背後から「マスター、セイバー」と伊織の声がした。

タケルが顔を上げる。泣いているのかと思ったが、頬は少しも濡れてなどいなかった。それどころか、先程までの途方に暮れた子供のような表情はすっかり消え失せていた。代わりに華やかな笑顔を浮かべる。――それが果たして本物なのかどうか、自分には知るすべがなかった。

「イオリ。もう戻ったのか?」
「なんと、今度手合わせをしていただく算段になった。入念に稽古をしておかねばならん」
「なんだ随分嬉しそうに。稽古があるのなら今日はもう私とふたりきりで過ごす時間はないのだな」

――「違和感」。
さっきまでの彼の嘆きの内容とは相反する、コケティッシュな言葉。まるで口説いているかのような――恋愛感情を隠しもしない、むしろ誘惑してからかうような。

自覚しているのか? その自己矛盾を。



当惑した様子の伊織が、タケルの手を取る。真っ直ぐに彼の目を見つめて、真剣な面持ちで言った。

「胤舜殿との約束までにはまだ日にちがある。今日の分の稽古は、明日に上乗せしてするから問題ない」
「では、今日はしないのだな?」
「今日でなくていい」
私のために?」
「ああ」

伊織がタケルの手を引き寄せた。身を屈め、目線を合わせて、一語一句、噛んで含めるように告げた。

「俺にはおまえだけだよ。俺にはおまえだけしかいないよ、セイバー」



――ああこれは。

――きっとただの事実だ。



タケルの横顔の、口角が引き攣るのが見える。それはまぎれもない「悦び」の表情だった。
きっと彼自身は認められていない。その大きな自己嫌悪と自己矛盾を抱えたまま、

――ただ、その昏い悦びを、震える喉と共に噛み締めている。