外伝 硝子の窓辺に佇む【前編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?
中編➤ https://privatter.me/page/65b902c57d32f
後編➤ https://privatter.me/page/65bb2b071a723

「外伝 硝子の窓辺に佇む」開幕です!!!! ヤッタァ~~~~~~!!!! アマネセール家の皆さまを漸く書けるぜ~~~~~~!!!!の気持ちでいっぱいです!! 今回も長くなりそうですがお付き合いのほどよろしくお願いいたします!

スペシャルサンクス:Littorio様
アマネセール家の御家名、エストレア・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様にご登場いただきました。
今回はお名前だけですが、中編以降はガッツリ登場させていただきいっぱい喋っていただきたいなと思っております。
お名前をお貸しくださりありがとうございます。


***

__大英博物館
地下三十八階 指定遺物保管庫



刺すような痛みの正体は未だ理解できない。だがそれが良くないものだということは、分かる。俺たちが地下の遺物保管庫に辿り着いたときその感覚はピークに達していた。
ずっと黙っている俺が気持ち悪いのか、隣でヘカチェが「何か喋りなさいよ……」と無茶苦茶な注文をつけてくる。ドバイを走った後の調整で俺を襲った屈腱炎でさえこれ程の嫌な感覚は持っていなかったと思う。一体この気持ち悪い感覚が何なのか、単なる杞憂で終われば俺が神経質になっていただけでそれまでだが、前を歩く相棒__エマ=ジェームズ・ワトソンの身に何かが起こるのではないか、という予感が拭い去れない。

ハルハイムは杖を振って白い茨の装飾が施された棚を動かし、引っ張り出して俺たちに絵画を見せた。
棚には想像よりもだいぶ小さい絵が引っかけられている。大きさは縦が四十センチ、横が三十センチほど、確かに手紙に書かれていた通り描かれているのは森の内部__ウェールズの森を描いたのだろうか? 深く、暗く、魔女の森と呼ぶに相応しい不気味さを称えた暗い色調の絵だった。

「想像していたよりも大きくはありませんね」ヘカチェはスマートフォンを構えて写真を数枚撮った。「……おかしいわ。絵が写らない……真っ黒よ」
「魔術的な認識阻害が電子機器にも及ぶのか?」

ハルハイムはヘカチェからスマホを受け取って写真を見た。棚に引っかけられた絵は黒よりも更に黒い色で均一に塗りたくられ、俺たちが見ているような森の風景は全く見えない。

「いや、待てよ……これはまさか……

ハルハイムはスマホを操作して画像を拡大し、カンヴァスを凝視した。そこにはただ、ただ黒が、闇が広がっているだけである。俺の脳内で警鐘がガンガン鳴り響いている。焦れて絵画を凝視しながら、カンヴァスの画面に指先を触れさせているワトソンを呼んだ。

「おい、ジェームズ! お前もこっち来てこれ見てくれよ。……おい、ジェームズ?」
「シャル」

ワトソンは震える声で俺を呼んだ。明らかに様子がおかしい。俺は思い切り肩を掴んでこちらを向かせる。

「しっかりしろ! どうした、ジェームズ__お前なんかおかしいぜ!?」
「お前にはあの絵が、森に見えるのか」
「あ、ああ。深い……なんか不気味な森に見えるけど。何、お前にはどう見えるんだよ」
「森? 森、だと。これが?」

乾いた笑みを浮かべているワトソンの視線はカンヴァスにそそがれていた。俺はワトソンの肩に手を置いたまま絵を見る。


__青黒い、瀑布。


その滝を俺は知っている。シャーロック・ホームズと、その宿敵ジェームズ・モリアーティが初めて顔を合わせ、その命を削りあった場所だ。

即ちその絵はライヘンバッハの滝だった。
森などであるはずが無かった。似ても似つかない、失落の瀑布の絵。
俺は困惑で思わずワトソンの肩から手を離してしまった。


『ワトソン』


声が響く。しまったと気づくには既に遅い。
ワトソンの腕はカンヴァスから伸びた黒い腕に捕まれ、そのまま彼の体は絵の中へ引きずり込まれてしまった。


「ッ、__ジェームズ!!」


俺の手が空を切る。どぷん、と水の中に石が落ちるような音をたて、ワトソンの体は完全に絵の中へ引き込まれた。
そしてどろりと絵の画面が変化する。ライヘンバッハから次に画面に現れたのは、221Bで笑い合うシャーロック・ホームズと、ワトソンの妻たるメアリー・モースタン。
エマ=ジェームズ・ワトソンという、今のワトソンを形作った世界そのものが、そこにいた。









続く