外伝 硝子の窓辺に佇む【前編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?
中編➤ https://privatter.me/page/65b902c57d32f
後編➤ https://privatter.me/page/65bb2b071a723

「外伝 硝子の窓辺に佇む」開幕です!!!! ヤッタァ~~~~~~!!!! アマネセール家の皆さまを漸く書けるぜ~~~~~~!!!!の気持ちでいっぱいです!! 今回も長くなりそうですがお付き合いのほどよろしくお願いいたします!

スペシャルサンクス:Littorio様
アマネセール家の御家名、エストレア・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様にご登場いただきました。
今回はお名前だけですが、中編以降はガッツリ登場させていただきいっぱい喋っていただきたいなと思っております。
お名前をお貸しくださりありがとうございます。


***

1


__数刻後

神秘管理局 
異端審問所内 拘置所



テンプル教会の地下深くに存在する神秘管理局の本部には、秘するべき者、物が収められている。当然表で裁けぬ、秘するべき罪人も同じようにぶち込まれているわけで、異端審問所などという恐ろしい名前の付いた部署が随分と深い所に存在していた。
オスカー・ハルハイムは慣れた様子で黴臭い拘置所の一室に置かれた椅子に腰かけ、呑気に契約妖精のグレマルキン__三本の尻尾を持つ、灰色の猫の姿をした妖精と戯れていた。
俺たちの姿を認めたハルハイムは「おや」と声を上げて椅子から立ち上がり、鉄格子の傍までゆったりとした歩調で近寄った。

「馬子だねぇ……」ハルハイムはどこか気色悪さを醸し出しながら言った。「しかも青毛の、馬子だねえ……?」
「やめろオスカー」ワトソンが珍しく俺を庇うように前に出た。
「あ、嗚呼すまない。よだれ拭うからちょっと待っておくれ。……よし。改めて自己紹介をしようか。僕はオスカー。オスカー・ハーツ・ハルハイム。古代魔術の研究をしているしがない学術課の職員だよ」
「そして馬子が原種返りすることに性的興奮を覚えるド変態だ」ワトソンは身も蓋もない事を言った。
……ワトソンくぅん……昔よりもすごく辛辣になったね? もっと言ってくれるかい?」ハルハイムは気持ちよさそうな顔でニコニコしながら、鉄格子に掴まりながらそんなことを口走った。
「お前、本当に冗談抜きでどんどん気持ち悪い方向に行っているな……
「俺……なんかこのおっさんが容疑者にされた理由、今全部理解したわ」
「ワトソン先生。やはり帰りましょう。この変態は一生独房に入れておくべきだと、本能が告げていますわ」
「待ってくれ!! ここから出して!! 帰らないでくれ~~!!」

ハルハイムは情けない声を上げながら鉄格子の隙間から手を出してぶんぶん振っていた。ワトソンはじっとりとした視線を向けていたが、捨てられた犬のような顔をしているハルハイムに負けたらしく鉄格子の方へ戻った。

「それでおっさん。あんたなんで捕まったんだよ」俺は気安く彼に話しかけた。足元で猫が遊んでいるのをハルハイムは抱えあげ、そっと肩に乗せてやる。
「君はハイドノーブルかな? いや、違ったらすまない」
「ああ、ごめんごめん。俺はシャルルマーニュ・ハイドノーブル。こっちは従姉妹で弁護士のハイドヘカチェリーナ・アマネセール」
「やはりそうか。いや、何……昔の友人に顔が似ているからね。ハイドノーブル卿は悲しい御仁だ……」ハルハイムはそう言って軽く目を伏せた。「すまない、柄にもなく感傷に浸ってしまった。僕が捕まった理由だったね。実は凶器と思しきナイフを見つけて拾ってしまってねぇ」
「そのナイフに血がついていた、ってことか……」俺は呟く。ハルハイムは「そうなんだよ~」と何故か眦を下げた。なんでだ。こえーよ。
「いやぁ、困ったことになってしまったよ」
「どうしてそんな楽しそうに笑っていらっしゃいますの……?」
「だって。逆境になると燃えないかい? 興奮するだろう。嗚呼、追い込まれている! って。腹の底から、こう、熱いものを感じるよね」

俺とヘカチェは珍しく意見の一致を見た。やっぱ気色悪いなコイツ。
魔術師は変態が多いということは以前からワトソン伝手に聞いてはいたものの、実際目の当たりにするとなかなかなインパクトである。これでも魔術師連中の中では相当まともなほうだというので驚きである。
ハルハイムの話を詳しく聞くとどうやら前科があるらしい。具体的な罪状は神秘秘匿違反とのことだった__要は魔術耐性・知識がない一般市民の前で魔術を使ったというものだが、そもそもこの英国にはそんな違法魔術師はごまんといる。ちゃんと罰を受けて契約妖精を数匹没収されているあたり、こいつは変態でもしっかりまともな倫理観を併せ持っているようだ。

……オスカー。確認しておくがお前は本当にデイム・ロディア・カーステアズを殺害していないんだな?」
「無論だよ。僕の愛しいグレマルキンに誓って、人殺しなどするものか」肩の灰色の猫はなぁお、と可愛らしい声で鳴いた。「彼女は既に死んで数時間が経っていたと思う。ナイフに付いていた血液も赤黒く変色していたし」
「血が新しくなかったわけか。お前はどこでそれを拾った?」ワトソンはグレマルキンを撫でるハルハイムに問いかけた。
「宮殿の中庭だ。魔女の絵画を調べていると、突如そこに飛ばされてね」
「あの、『飛ばされた』というのは……どういう事でしょう?」ヘカチェはよく分からない、と言った風で遠慮がちに問いかけた。
「転移魔術……古代魔術の一種だ。気が付くと中庭に立っていたんだ。絵画に仕込まれた魔術が発動し、絵画から離れた場所に飛ばされたんだと思うよ」
「解離の拒絶か」ワトソンはぽつりと呟く。「厄介だな」
「全くだよ。だからこそ調べがいがあるというものだけどね、時にワトソン君。君はこの件についてどこまで知っているのかな」
……デイム・ロディア・カーステアズの死に様と、現場に血液が無かったこと。そしてアマネセール家がランカスター公爵家の命を受けて件の魔女の絵画を運び込んだことは、手紙を通じて知っている」

俺は持ってきていた手紙を懐から取り出しハルハイムに手渡した。拝見するよ、と言って彼はそれを受け取る。
素早く手紙に視線を這わせて要点を読み取っていく姿は確かに賢者にも見えるし、後進を育てる教師の姿にも見えた。変態でなければ百点満点なのにな、と一瞬思う。

「成程。この手紙に、僕が知っている事や見聞きしたことの相違点は無いね。つまりこれより追加で言える事件の情報は無い。ランカスター公が何故、カーステアズ家ゆかりの『魔女の絵画』を持ってくるよう命じたのかは流石に僕にも分からない。ただ……
「ただ、何?」俺は妙な所で途切れた言葉の続きを催促した。
「『魔女の絵画』と呼ばれるものが一体何なのか。これを教えることはできるよ」
「教えて頂けますの?」ヘカチェは目を丸くして言った。「私もシャルも、魔術師ではありませんわ。神秘秘匿の原則に抵触するのでは」
「おや、レディ。それは違うはずだよ。特に貴女はそれだけ表と裏、両方の法律に精通している。この事件を解決するために必要な知識を仕入れることは、一定程度神秘秘匿原則では容認されているはずだ。無論『知りすぎる』ことは、危うい事ではあるけれどね。ワトソン君もいるわけだし、問題ないんじゃないかな」

ハルハイムはそう言って指をさっと振り、杖を取り出した。ほぼ同時にカチャン、と音を立てて牢屋の鍵が開く。
遠慮なくハルハイムは牢屋を出て、爽やかに「続きは221Bで話そうか」と微笑んだ。彼の足元の影は、大きな猫の形に変形している。もう一体契約妖精がいたのか、と俺は何となく苦い顔になった。堂々と脱走してんじゃねえよ。