外伝 硝子の窓辺に佇む【前編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?
中編➤ https://privatter.me/page/65b902c57d32f
後編➤ https://privatter.me/page/65bb2b071a723

「外伝 硝子の窓辺に佇む」開幕です!!!! ヤッタァ~~~~~~!!!! アマネセール家の皆さまを漸く書けるぜ~~~~~~!!!!の気持ちでいっぱいです!! 今回も長くなりそうですがお付き合いのほどよろしくお願いいたします!

スペシャルサンクス:Littorio様
アマネセール家の御家名、エストレア・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様にご登場いただきました。
今回はお名前だけですが、中編以降はガッツリ登場させていただきいっぱい喋っていただきたいなと思っております。
お名前をお貸しくださりありがとうございます。


***



「『魔女の絵画』は、世界に十三枚存在する魔術が込められた絵の総称でね」

今度は221Bの一階にあるカフェにて、二度目のティータイムである。まるで我が家のように振舞いつつ弁を披露するハルハイムを眺めながら、俺は出されたスコーンにクロテッドクリームを塗ってかぶりついた。うん、美味い。イギリスに来てよかったと思うのはこの瞬間だ。
ただどうにも普通に食べる飯の類が胃に合わず、時々腹を壊し気味になることだけが気がかりだった。

「フォックス・トロット・アーキテクトという魔女が描いたと、一般的には言われている。彼女は英国魔術史に燦然と輝く構築魔術、置換魔術、そして絵画魔術の理論を体系化した人でね。学術課で最初に学ばせる魔術構築理論は彼女のものを未だに使っているほど完璧で、非の打ち所がない理論なんだよね」
……アーキテクト」ワトソンはその名に聞き覚えがあるのか、少し苦い顔をしてクリームを塗る手を止めた。「……すまない。続けてくれ」
「ただ、フォックスが生きた時代は魔女・魔術師にはかなり肩身の狭い時代だった。魔女狩りの全盛期だったんだ。この時期に相当な数の魔女・魔術師が一般市民に殺害されたし、神秘管理局が処刑に動いた__そういう記録もある。
そんな時代に『魔女の絵画』は生まれた。十三枚のうち、四枚が『十三の秘匿事項』に指定され、永年封印と厳重な接触禁忌が未だに敷かれている。残念ながら僕もその四枚に関する事は殆ど知らない」
「では、今回の『魔女の絵画』もそのフォックス・トロット・アーキテクトが描いたものなのですか?」ヘカチェが紅茶にミルクを入れながら問いかけた。
「それはちょっと分からない。フォックスは絵画の作り方を同胞に教えていたらしい。だから十三枚あるうち、どれがフォックスの描いたものなのかはわからないんだよね。
そして、フォックスの最期は悲惨なものだった。彼女は不世出の才媛だが……その功績が評価されたのは十八世紀後半になってからでね。ウェールズの深い森に隠れ住んでいた彼女は人狼によって四肢を捥がれたのち、火刑に処されて亡くなった。
その後、絵画だけが残った。最初に『十三の秘匿事項』に指定された絵を回収するのに、四人の神秘秘匿執行官が発狂して死んでいるから、彼女の絵がいかにとんでもない代物か__わかるだろう?」

俺はその話を聞いて背筋が冷たくなるのを感じた。たとえ今回の事件に関わる魔女の絵画がフォックスの描いたものであるかに関わりなく、暗い神秘の力を宿したその絵が人を狂気へ引きずり込んでいくのかもしれない__。
だがロディア・カーステアズとその魔女の絵画には一体どのような関係があるというのだろうか。カーステアズ家に縁ある品だと言っても、そんないわくつきとも思える絵画を手元に置きたがる物好きはそうそういないと思うのだが。

「なあハルハイム。カーステアズ家とその『魔女の絵画』にはどういう関係性がある? カーステアズ家って馬子の純血貴族だよな」
「そうだねえ……。僕もそこが正直よく分からない。カーステアズ家のことには明るくなくてね。すまない。ワトソン君、君はどう考えているんだ?」ハルハイムは考え込んでいる様子のワトソンに話しかけた。ワトソンはクロテッドクリームをスコーンに塗り、一口で吸い込む。
……その絵画にどういう性質があるのか、それが問題だ。デイムを殺害した犯人を探すのも重要だが、魔女の絵画に対してある程度理解しておかないと」
「解析が殆ど出来ていないからなぁ……。もしかしたら魔術というよりも本当に、幻想種の奇跡に近いのかもしれない」
……デイム・ロディアは窓辺に佇むようにして死んでいた。それにもきっと意味がある」ワトソンは何かを思い出すようにトントンと指先でテーブルを叩き、「やはり現物と現場を見らねばどうにもならないな……」と嫌そうに言った。
「現物と現場っつったって__」

手紙には書かれていなかったが、ランカスター公爵家、即ちこの英国の王族の住まう宮殿はウエストミンスターにあるバッキンガム宮殿なわけで。
そこに一般人がホイホイ立ち入って良いわけがないのだ。出入りを許されているのは侍従やランカスター公爵家に仕えるアマネセール家の面々、ハイドノーブル家の者も出入りできなくはないが……

(俺、直系だけど名前ばっかりのハイドノーブル家だからな……

こちとら日本生まれの日本育ちである。
貴族の「き」の字さえ知らず呑気にレースの世界で生きてきた。幸い俺の脚は他の馬子よりも速かったので、競走バとして随分ぶいぶい言わせてもらっていたのを思い出す。
貴族といえば同期にも割といたのだ。日本の旧華族家の馬子が。まあ彼らの場合競走バになるためにそこにいたというよりかは、馬子の学習院と呼ばれる大学・トレセン附属学校に入ったほうが色々と都合が良かっただけだろう。

「普通に正門から入ればいいんじゃないかな」

ハルハイムはあっけらかんと言い放った。

「何でそこでいけると思うんだよ。おかしいだろ」
「でも僕、よく入るよ」
「実家みたいな言い方する~……
「まあ実家だからね」
「えっ」俺は思わず紅茶を吹いた。ヘカチェにゴミを見るような目で見られる。
「だって僕、これでもジョージ四世の子孫だし」

嘘だろ。こんな変態が? 王家の出自なの? 王家大丈夫?
俺の心中など知った事かという風にハルハイムは紅茶を楽しんでいる。呑気が過ぎるだろ、と思う反面、何となくこの魔術師がいたら大抵の問題はどうにかなるような気もした。

「まあ、現場を見るのは後にするとしても……絵画は既に神秘管理局が回収した。今は大英博物館の地下にある、遺物用の保管庫に収められているはずだよ」
「では見に参りますか? 動けるうちに参りませんと」

ヘカチェの主張は最もだ。アマネセール家に仔細を報告しなければならないだろう。俺は先程から妙に嫌な、針で手の甲を突かれているような感覚に襲われていた。何か良くない事が起きる、その直感がビンビンにある。
もしも今魔女の絵画を見たら、絶対に良くないことが起きる。だが見て調べないと手掛かりが得られない。俺は生まれて初めて蟀谷のあたりが痛む、という感覚を理解できていた。

……ではまず、『魔女の絵画』を見に行くとするか」

紅茶を飲み終えたワトソンが方針を決めてしまった。
俺は言葉にし難い痛みを感じたまま、221Bの前に停車したタクシーの助手席に乗り込んだ。