ツキシキ
2023-07-01 21:54:47
24710文字
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★トバリシリーズまとめ

4作品。「トバリドトキシンRE」二次創作。


サレドール




「基本的に別行動をさせてもらうよ」

 そう言いながら、本当は期待していた。自分で言っておいて。
 目の前のこの子が、“せっかくだから一緒にどうか”とか、“危ないから離れちゃだめ”とか、何かしら合理的に見える理由付けをしてくれることを期待していた。でも、彼女は言われたとおりにてくてくと進んで、それきりだった。目の届くところにはいるけど、会話ができるほど近くじゃない。敵意じゃないけど、親しみもない距離感。
 ……まあ、そうだろうなとも思っていた。なのに未練がましい自分がちょっと嫌だ。

 彼女について知っていることはほんの少ししかない。
 洞窟の前で倒れていた。このギルドで世話をすることになった。名前はジル。これ以上のことは本人すらもよくわからないらしい。記憶喪失だなんて、難儀なもんだ。多少構って、世話を焼いてやりたくなるのもしかたない。

 ともあれあの子がギルドに来た時、なんだかあたしは柄にもなく、少しばかり浮かれていたのだった。
 だって、初めての、あたしと同じ子だ。
 ソルシエールはなんだか得体が知れないし、ナギは相変わらずで、カラトは……仲良くできない。あの栗髪の人も、中庭に居を構えてはいるけれど、積極的に話に行ける感じじゃあなかった。
 だからこそ、あの子に期待する気持ちは捨てきれない。なんだろう、友達とかそういう、ベタベタしたものじゃなくって、もっと柔らかくお互いを許しあえるような、関係になれる相手に。だって少なくともあの子はトバリじゃ――

……おっ、マナ発見」

 あと一歩を踏みとどまる。わざわざ声を出したのは、思考の海に沈んでしまいそうな自分をなんとか浮き上がらせるためだった。けれど、声が草木に吸い取られたかのように小さく聞こえるものだから。また、あたしは、独りを感じる。
 なんだかなあ。こんなにあたしは弱かっただろうか。
 自問すれど答えは出ず。煙々胸中、嫌なものが溜まっていくのを感じる。
 そもそもジルは、人間なんだろうか?
 そんな考えまで頭をよぎる。ずいぶんと感情が希薄だし、新しい環境で色々とあるだろうに疑問の一つも差し挟まないし。部屋無しを指摘した時も焦りとか動揺とかは見せなかった。あたしの言葉で初めて、それが必要なもんだとわかった、みたいな。んで、言われたから言われるがまま、ソルシエールに頼んでみた感じだった。たぶんあたしが気づかなきゃずっとあの子は部屋無しのまんまだっただろう。ナギは他人の事情に興味がなさそうだし、カラトが他人の不足に気づけるほど繊細だとは思えないし。

 ……試しに脳内で、一生懸命ジルの世話を焼く二人を想像してみる。
 新しい場所ですけど大丈夫ですか、足りない備品はありますか、何かあればすぐ僕に言ってくださいね。部屋の片づけ手伝ってやろーかァ、着替えとかどうすンの、訊いてくっからそこで待っててよ。

「ふはっ」

 堪え切れずに声が出た。ないない。かいがいしく誰かの世話をするなんてのはあの二人には無理だ。笑い話にしかならない。小突かれてしぶしぶ、な姿はしっくりくるけど。
 よくよく考えれば、ジルがああいう風なざっくりした感じの子で良かったかもしれないとさえ思える。べったり媚びるような子だったらきっと二人の癇に障って、最悪、どうにかされることだってあるだろうから。それにあたしだって、ジルがそういう子ならここまで距離を詰めようとは思えなかっただろう。

 ……再び、ジルのことを考える。
 トバリの欄に×をつけて、人間の欄にクエスチョン。小動物とか虫とか、そういうのは見るからに違うとわかるし論外だ。ならあと残った欄には何が書かれているのか、あたしにはさっぱり見当がつかない。
 初めましての時はなぜか疑わず、あの子があたしと同じだと思ってしまったけれど。それは本当か。まさか本人に訊くなんてできないから、あたしはもやもやと疑念を抱え込むしかない。
 トバリじゃない。なら人間。
 トバリかもしれない。けど人間。の、はずだから、
 嗚呼。駄目だ、また同じことを繰り返している。考えても仕方ないのに。
 首を横に勢いよく振って、そこでようやく、真後ろの気配に気づく。

……?」
「ん、ジルか。どうした?」

 いつの間に戻ってきていたのだろう。向こうに行ったはずのジルがそこにいた。訊けば、ジルはくいとあたしの服の裾を引っ張って、奥の方を指差す。木々の隙間から光が漏れていて、その先に通れそうな道が見える。

「そうだな。この辺もあらかた探索したし移動しよう」

 言えば、ジルは恐れもなくずんずん進んでいく。記憶が無いっていうのは、頼りになる部分がないってことで、もっと慎重と言うか不安になりそうなもんだけども。この子は意外と大胆だ。
 ひょっとしたらの考えが捨てきれなくて、ジルに話しかけた。あくまで探索慣れしてる側からの忠告って形で、さりげなく“トバリ”のことを話題に出す。

…………

 ジルは淡々、こくりと頷くだけだった。ただ、武器を握り直したところを見る限り、あたしの忠告を聞いて素直に従いましたという感じはする。変な意味での警戒心は見当たらない。

(やっぱり考え過ぎ、なのか……?)

 足元にからむ草花を振り払いつつ歩みを進めていく。ちらほらと地割れやウロのようなものが目立ってきたところで、

「あれ、ナギじゃないか」

 見つけたのは知り合いの姿だった。地に空いた穴をぼんやりと見つめて、何やら考えごとをしているらしい。妙に考え込んでドツボにハマるのはあいつのよくやることだけど、今日ばかりはあたしも人のことを言えなさそうだから、ちょっかいを出すのはやめておく。
 ジルもナギに気づいたようで、厄介にまとわりつく草木を身軽に越えつつ一直線に進んでいく。あたしは別行動を言い出した手前わざわざ着いていくのもためらわれて、結局その場に留まることにした。

……
……トバリが……………しょう?」

 聞き耳を立てていたつもりはないけど、会話の一部だけが聞こえてきてびくりとする。ついナギの方へ視線を向ければ、似つかわしくない頬笑みが目に入った。
 あいつもカマをかけたんだろうか。見たところ、ジルはやっぱり素の反応のようで、おかしなところはない。ジルはしばらくそのまま話をしてから、ナギと別れてあたしの方に来た。

「そろそろ進むか?」

 首肯が返ってきたので、そのままさらに奥へ向かう。木漏れ日の中、並び立つ木々を眺めつつ歩く。
 視界が開けたと思えばそこに、目的のものがあった。
 緑にまぎれてそれだけが異彩を放つ。
 白。
 はっ、と、息が止まる。
 昔誰かが、美術品を眺めるときは息を止めなければならないと言っていたことを思い出す。アイテムハントは泥まみれ土まみれが基本だけど、だからこそ、美しいものを見つけた時の喜びはひとしおだ。

………!」

 ふと隣を見れば、ジルも瞳を輝かせていた。感嘆のため息が漏れる。それであたしはようやく、変に凝り固まっていた自分の身体が和らぐのを感じた。
 ジルは吸い寄せられるかのように、それへと近づいていく。別段止める必要はないけど、黙っていても意地悪いだけで、だからあたしは忠告した。とてもとても綺麗なそれは、実は虫の巣なのだと。とたん、ジルはズザザッと地面を滑るかのように身を引いたから、あたしはとうとう声を上げて笑ってしまった。決してジルを馬鹿にしてるわけじゃなくて、なんだか、あたしは安心してしまったんだ。ナギみたいな無愛想でもなく、カラトみたいな無関心でもなく、それこそすごく普通の、女の子らしい反応だったから。

 だから、採集を終えてジルと別れる時になっても、変な不安は抱かないで済んだ。本心から、楽しかったと伝えられた。
 やっぱり、思い過ごしだったんだ。当たり前かもしれないけれど、あの子は少女みたいだから。だから、悪者じゃないんだ。悪者じゃないから、人間だ。あいつらは、怖くないから人間だ。
 ……そういうことに、しておいた。


 脳内で、繋がりのおかしさを指摘するあたしがいる。でもそこを突き詰めればあたしはどこにも行けなくなってしまう。蓋をしよう。フリをしよう。別のことを考えよう。


「また一緒に、仕事できたら良いよなあ」

 呑気に呟いてみる。ジルは洞窟調査に戻ってしまったから今は一人だけど、次を想うとちょっと心があったまる。ひょっとしたら、あの子はギルド内で唯一、隣に立っていても構わない子かもしれない。ぎこちない距離感や繊細な線引きを気にせず、そっと温め合える相手かもしれない。もしかすると、うまくいけば、この行きつ戻りつの悩みごとも共有できるかもしれない。

 たくさんの可能性が思いつく。自分の、ちょっと子どもっぽ過ぎる考えに半ばあきれつつ、それでもあたしの頬は自然と緩んでしまうのだった。





~END~