ツキシキ
2023-07-01 21:41:32
14235文字
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★Line(ウディタ)まとめ

4作品。WOLF RPGエディター製のフリーゲーム「Line」の二次創作。


臆病こどもの甘えた夜(ラウム×ヴァニ・β・仄暗恋愛)


 こつん、と、触れるようなノックをした。
 扉を隔てて消えてしまうような音だっただろう。
 中に居る彼の集中力は十分過ぎるほど知っていた。だから、気づかれなくたって良かった。

 その時ボクが用意していた、何十にも及ぶ言い訳を想像できるだろうか?
 ノックのささやかさだって、その言い訳のうちの一つになるはずだった。



「お~う。開いてるぜぇ~」

 だから、相変わらずの間延びした声が返ってきた時ボクは大いに動揺した。気づかれないなら仕方ない、なんて慰めは陽の目を見ないままだった。聡い彼はボクの言い訳を取り上げるのが上手かった。
 ひそめるように扉を開ける。ラウムのきょとんとした顔と目が合う。予想と違った、と言わんばかりのその表情に少しだけ踵が引き下がる。それでも次の瞬間、ラウムは八重歯を覗かせてにかっと笑うものだから、竦んでいた足が一息つくように、ボクは自然と部屋に踏み入れた。

「おお、ヴァニ。珍し~なぁ」
「ボクなんだよ? ダメだったかい」
「んなわけないだろ~ぉ?」

 ラウムに勧められるまま、備え付けの椅子に腰かける。その短い間にラウムは辺りに溜まった紙束をひょいひょいと床へ放ってしまった。机上には早くも本が積み上がっており、おそらくは彼なりの規則の上で乱雑に散らばっている。たった一晩の宿泊だというのにすっかり彼の家である。
 ボクが彼の場所を取ってしまった代わりにラウムはベッドに腰かけた。

「てっきりフラメ辺りが、リィトちゃんと二人っきりな展開に緊張して泣きついて来たのかと思ったんだぜぇ」

 悪戯っぽくにやつくラウムにつられてボクの口角も引き上がる。フラメとリィトの距離がだんだんと縮まっていることは言われずとも見て察せられるほどだった。特にフラメのほうは今日もまんじりともしない夜を過ごすのかもしれない。心根優しい二人らしい、和やかな空気の中で。

「誰何の一つすらないとは驚いたんだよ」
「ん~。まあ誰が来ても困らないからな~ぁ」

 ラウムはそう言って、気負いのなさを示すように肩をすくめてみせた。そんなキミのほどよく開いた態度こそがボクを穏やかにしてくれるんだということを、想っては心の内で温める。けれども高尚な会話をしなければ、ボクは彼の目の内に入らないような気もしてしまって、つい気持ちとはズレた言葉を渡す。

「考え事の邪魔にはならないかい?」
「たまには雑談でもして頭を切り替えるほうが効率的だぜ」
「効率といえば糖分補給だね。なんならアップルパイを食べるのをオススメするんだよ」
「夜中に食うのはちょっと勇気がいるな~ぁ」
「いつ何時であっても美味しいものは美味しいんだよ?」
「栄養が偏るとちっこいままだぜ~ぇ? あだっ」

 ぺし、っとラウムの頭を……叩こうとして届かなかったので膝辺りをはたく。そう痛くもないだろうに、おどけるラウムはまったくもって賢い。ボクが、なかなか本題に入れないまま口ばかりを動かしていることを責めずにいてくれる。

 ────言葉を尽くそうとしてそれら全てを遮られることも。
 ────言葉を尽くしてそれら全てを捨てられることも。

 もう起こらないんだと思えるこんな状況、ボクは実に恵まれている。
 だからボクは、自然体のラウムに促されるように、ゆるやかに言葉をこぼした。ちょっとした、お願い事を。

「ラウム。
 ……いっしょに、寝てもいいかい?」
「おお~う……

 肯定とも、当惑ともとれる返事だった。それでも予想よりもずっとずっと柔らかい反応だった。大声上げて拒否されたっておかしくない提案なのだから。
 あちこち視線を泳がせるラウムを待つ間、やっぱりここでもボクは用意してきた言い訳を復習していた。


 リィトがいる?
 フラメとのイイ時を邪魔できやしないよ。

 カンナがいる?
 彼女は毎夜恒例のジョークな創作活動に夢中らしい。

 アピスがいる?
 あの寝相に耐えられる人がいるなら教えてほしいくらいだね。

 ね、残ってるのはラウムだけだろう?


 そんなふうに、巧妙に用意されたわざとらしい消去法を伝える心づもりでいた。断れない状況を作っておくのは交渉の第一歩だと書いてあったのはどの本だったか。
 ただ、ラウムはこの手の話────人の心の機微に関しては当然ボクより一枚上だ。
 彼は真っ直ぐボクを見て、例の如く、にかっと笑ってみせた。

「ん。いいぜぇ。本除けるからちょっと待ってろよ~ぉ」
「え」
「うん? 手伝うか?」

 言いながらもラウムは早々に手を動かして、散らばった本をこれまた雑に右から左へと積み上げていく。といっても部屋にそれほど空きはなくて、床に着々と本の塔ができあがる。
 それもそうだ、この部屋はシングルルームなんだから。椅子だってボクが掛けている一つしかないし、机だって手狭で小さいし、ベッドだって、もちろん。

……ふむ」

 一応、男女云々方面の言い訳も用意していたので、拍子抜けした。
 ボクは女の子じゃないってことかい? それもそれでなんだか胸がもやもやする。なんて。
 内心でさえすまし顔を取り繕いながら、その実、頬が緩むのを止められない自分がいる。
 だって、だって。
 交渉には対価が必要で、ワガママには相応の嫌気がつきものだ。
 それなのにこのお人好しな彼といったら、ボクに何も求めやしないんだから! フラメに苦言を呈する彼だってなかなかどうして負けていない。
 ラウムはボクの頬の緩みを突くことはせず、むしろいっそう軽い調子でぽんと枕を投げ渡してきた。

「ついでに枕の権利もやるぜ~ぇ♪」
「至れり尽くせり、極まりないんだよ」

 きゅっと一つきりの枕を抱きしめて、ベッド上へ空けてもらったスペースに膝を乗せる。

「抱き枕かよ~ぉ!」

 あ、さすがにツッコミが入った。というか無意識だった。しまったしまった。

「昔の癖なんだよ」

 答えながら、改めて枕を強く抱きしめる。脳裏に浮かぶのはおばあちゃんからもらったあのぬいぐるみだ。……汚したくないから置いて来たけれど、きちんと連れてきてやればよかったかもしれない。あの子は一人でさみしくないだろうか。
 ラウムも察するものがあったのか、それ以上は踏み込んでこなかった。彼は人との距離の置き方をよく心得ている。それが、お人好しな彼なりの処世術なのかもしれない。
 拒まないけれど、踏み込みもしない。そんな彼だから、ボクはこう思う。

「『見よ。天に一つの開いた門があった』……

 素直に告げるのは面映ゆくて、そっと一節を口にした。その意図すらラウムは綺麗に汲み取った。

……聖なる偉人の口伝書、だったか?」
「その通り。ラウムはさながら聖なる偉人だ」
「俺が聖人なら街は聖人だらけだ~なぁ」

 ラウムはからからと冗談めかして笑う。ボクもくすくす笑ってみせる。確かに、聖なると枕詞をつけるには、いささか彼は気が抜けすぎている。そういうふうに、見せている。

「でも本当にそう思うんだよ? 魔女として扉を閉ざしてきた身としてはなおさら、ね」

 ラウム達に出会う前のボクが脳裏によぎる。人との言葉を、冗談ばかりの掛け合いを臨みながら、一人で扉を閉ざしていた頃の────少し人を信じることに疲れてしまっていたボク。
 ラウムはボクの暗い呟きを追い払うように手を振って、そして、少しだけ表情を引き締めた。

……開きっぱなしじゃ何にもできねぇよ。引き止めることも、守ることも」

 きっと彼の過去に根付くものだったんだろう。理由と本意はわからない。ただ言葉の重みは伝わってくる。
 ラウムの歯噛みするような悔しさを感じてなお、ボクは不謹慎ながらも嬉しかった。閂扉と開いたアーチ。互いを補い合えるじゃないかと柄にもないことを言いかけて、少し、言葉を変える。

「それなら足して割ったらちょうどいいんだよ」
「はは、違いね~ぇなぁ」

 ボクがラウムの力になれるとは限らない、そんな臆病風から取り替えてしまったセリフ。それでもラウムの笑顔はいつも通りに戻っていたから、これで良いんだと思い直す。

「さて、そろそろ寝ないと本気で徹夜だ~なぁ」

 机上の時計の短針はもう零時を回ろうとしていた。駄々をこねる子どもの時間はそろそろおしまいだ。寝る時間を強調するように、ラウムは容赦なくバチンと明かりを落としてしまった。そのまま、ベッド上に腰かけるボクを器用に避けてもぞもぞシーツに潜り込む。

「ヴァーニ? 先に寝ちまうぜ~ぇ」
「あ、待っておくれよ」

 ────せっかくここまできたのに、置いてけぼりはいや。
 ボクもあわてて枕を置き直して、ベッドに入ろうと身をかがめる。その拍子、頭の上でズレた帽子を、脱ごうと、して。
 ……指先を帽子のつばにかけたまま、少しだけ、息を詰める。吸って、吐き出す。手をずらして長い前髪に触れ、慰めるように一度撫でる。
 今は、夜闇が隠してくれるから。
 指に力を込めて、改めて帽子に手をかける。ボクの気持ちなんかよりずっとずっと軽く、帽子はぽすんと置かれる。きちんと空けられたボクのための場所に身体を収める。前髪が垂れ落ちてしまわないように、ボクの抉れた瞳が曝されないように、横向きに寝るとラウムが約束通り向かい合う位置になった。こんなさりげないところにも、彼の気遣いが零れている。
 自然と、唇が開いた。

「何も聞かないでいてくれて、ありがとう」
……俺っちは面倒くさがりなだけだ~ぜぇ」
「ふむ。ならもう少し甘えさせてもらおう」
「お、おおう?」

 狭い狭いベッドの中で、二人の距離を少し詰める。体温も、心臓の音も、寝息も夢も心の声だって、何だって伝わってしまいそうな距離。
 女の子扱いされないことに、さっきは少し腹を立ててしまったけれど。これほど近い距離が裏の意味なく許されるのなら、子ども扱いもたまには良い。

「ヴァニ、体温高けぇな~ぁ」
「人は眠たい時、体温が、高まるものだよ……

 言いながら、もう瞼は閉じている。ラウムの体温だって十分あたたかくて、ぼんやりと、意識が蕩けそうになる。

……おやすみ、ヴァニ」

 眠気のせいか、いつもより低い声。耳へ穏やかに落ちて、ゆっくりと沁みていく。
 ────おやすみ、だって。
 夜、誰かが声をかけてくれる。その時ボクが感じた、幾多の書物よりも膨大で濃密で震えるほどに輝かしい、ただの、ただの“倖せ”を、はたして想像できるだろうか?


(甘えてはいけない、隙を突かれるから)
(願ってはいけない、どうせ叶わないから)
(頼ってはいけない、裏切られることが一番痛いから)


 そうやって何十回諦めてきたことを、きっとラウム達は知らない。
 ずっと知らないでいてほしい。ボクの暗いところに触れろだなんて、おこがましいことは求めない。


 だけど怖い夢を見そうな夜に、ボクを少しだけ温めてほしい。一生に一度くらいなら良いだろう。キミは許してくれるんだろう?

 ボクと他人との境界線を、男と女の境界線を、帽子と傷跡の境界線を、そっと踏み越えて静かに寝付く。たくさんのいけないことを放り捨てて、感じる体温は心地よい。



 むつかしいことは何もない。
 だってボクは、この時ばかりは子どもなのだから。

「おやすみ、ラウム」

 怖い夢なんてどこかに行ってしまう、素敵な響きの言葉だった。



~END~