satoru_and_shun
2018-06-03 01:10:44
14149文字
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身勝手の代償 続き

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「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」

首だけで後ろを見やると、大層整った顔立ちをした男が立っていた。美姫は突然視界に入ったその男の顔があまりにも美しすぎて、自分と同じ人間だとは思えず、目を合わせたまま硬直した。次に喋り出そうとした時には、思考の回線が混乱し、何故か全身の力が抜けてしまっていた。故に、腕いっぱいに抱えていた書類の束を床にばさばさと落としたのだった。その音ではっとした美姫は、慌てて書類を拾い集めた。最後の一枚を、男が申し訳なさそうに手渡した。

「急に話しかけて、申し訳なかった」

男は、すらりとした出で立ちで身綺麗にしており、一目でここに所属している人間ではないことが分かる。そもそも、こんな容姿をした人間がいたら、とうの昔に話題になっているに違いない。

「すみません、拾っていただいて……ところで、何か用が……
「ああ、そうだった」

用事を思い出した男は、美姫にやんわりと笑いかけた。

「朝比奈の部屋はどこか分かりますか?」

朝比奈といったら、美姫の直属の先輩にあたる朝比奈覚のことだろう。男は覚を訪ねてきたようだった。

「ああ、先輩のお部屋だったら、突き当たりを左に曲がってすぐのお部屋です」
「そうか……この辺りだったと思ったんだけど、勘違いだったかな」
「ああ、この間、配置換えなどがあって、先輩も部屋を移動されたんです。確かに前はこの辺りでした」
「へえ、全然知らなかったな。ああ、教えてくれてありがとうございました」

男は丁寧にお辞儀をし、礼を言った。

「あの……

美姫は去ろうとする男に向かって話しかける。男は声に気づくと美姫に微笑みを向けた。

「朝比奈先輩のお知り合いの方、ですか?」
……うん、まあ。そんなところです」

男は一瞬考えるような素振りを見せたが、含みのある返答をして軽く流した。
では、失礼します。と言って男は案内した方へ歩いていった。
美姫は男の姿が見えなくなるまで廊下に突っ立っていた。というより、動けなかったのだ。
男と話したほんの数秒の時間は、美姫にとって夢のようだった。
未だにあの大きくて宝石のような輝きを持った瞳の中に、自分が写っていたとは信じがたい。
美姫は自身が地味で、特に何の取り柄もない平凡な人間だということを自覚していた。美しい姫と書く名は、至って両親の思いが込められた名前だということは重々理解していたが、成長するにつれ自身には相応しくないと思い始めたのだった。
そして、美姫はあの眉目秀麗な男を目の前にして初めて、彼のような人にこそ自分のような名前がつけられるべきなのだと思った。
一体あの男には、どんな素敵な名前が授けられたのだろう。美姫はそればかりを考えていた。

「あー、朝比奈先輩のところ? さっき入ったら凄い美人の女の人がいたけど」
……えっ」
「なんか、取り込み中だったから、今入ったらまずいかも……

同僚の言葉によって美姫はすぐさま現実に引き戻された。
慌てて突き当たりを曲がった男を追いかけたが、すぐに廊下を引き返してくる男の姿があったので、美姫は不思議に思いながらもほっと胸を撫で下ろした。

「瞬!」

美姫が安心したのも束の間、覚の荒々しい声が廊下中に響き渡った。美姫を含めその場にいた全員が体を強張らせ、声がした方へと視線を向ける。覚は、先ほど美姫が案内した男を必死の形相で追いかけながら話しかけていた。
男の名前はどうやら瞬というらしい。

「瞬!待ってくれ! 違うんだ、部下が来たのかと思って」
「なにが違うんだ? 部下だったら良かったっていうのか」
「そういうことを言ってるんじゃなくて」
「仕事が忙しいのに、邪魔して悪かったな」
「瞬、頼むから話を聞いてくれ」

瞬は覚に冷淡に言葉を吐き捨てる。
瞬は美姫に見せていた微笑みすら持ち合わせていないような別人ぶりで、覚が取りつく島もなかった。
硬直している美姫と同僚の方へどんどん近づいてくる男二人だったが、覚が瞬の肩を掴んで強引に振り返らせたため、二人は美姫たちの数メートル手前で停止した。

「覚は女といる方がいいんだろ?」
「女って……あのなあ、真理亜じゃないか」
「真理亜は女だろ? 違うか?」
「いや、そうだけどさ……そうじゃなくて」

一向に話が通じない様に覚は思わず頭を抱えた。しかし、瞬に怖じていては話にすらならない。必死に瞬に訴えかけようとする。

「真理亜はからかって、ああしただけで、別にそういうので呼んだんじゃないんだよ」
「そう、わざわざ呼んだわけ」
「ああ、もう」

覚は正直者であるが故に、喋れば喋るほどに墓穴を掘っていた。覚はこれほどまでに自分の正直さを呪ったことはなかった。しかし、喋らないわけにはいかない。一刻も早く瞬の誤解を解きたい一心で拙い言葉を紡ぐ。

「この三日間、ずっと瞬のこと考えていたんだ! いや、ずっとだ。ずっと、瞬のこと考えて、それでも瞬のこと、全然分からなくて……
「僕の考えていることが分からない? そうやっていつも人のせいにして、全然分かろうとしないくせに」
「そんなことない。僕は瞬と……
「僕が話そうと思って帰ってきたらいなくなってたのはそっちじゃないか」
「仕方ないだろう? あれはたまたま、あの日に急ぎの仕事が入ったんだよ」
「三日間も? ご苦労なことで」
「だから、それは」
「連絡もなしに覚が帰ってこなかった三日の間、僕がどんな気持ちで過ごしていたか分かるか?」

覚は言い返そうとして、ぐっと息を飲み込んだ。矢継ぎ早に繰り出された会話にようやく一拍が置かれた。
瞬は深いため息をついた後、諦めたような眼差しで覚をとらえる。

「分からないだろうな。僕のいないところで、いくら僕のことを考えたって分かるわけがない。どうしてそんな単純なことが分からないんだ」
「それは……瞬が早季とデートに行ったから……
「行ったからなんだよ」
「何かあったんじゃないかって、思って」
「あるわけないだろ? 僕はずっと……

瞬はふいに覚から目を逸らすと、自分たちを控えめに取り囲むようにできている周りの状況にようやく気がついた。
それもそうだ。こんなにも大声で痴話喧嘩のような言い合いをしていたら、自然と人は集まってくるものだ。
一方、覚はこの状況に気づいているのかいないのか、一心に瞬を見つめ話を続ける。

「ずっと、なに?」
……覚、場所を変えよう」
「どうして? 瞬はそうやっていつも僕から逃げるんだ」
「違う、そうじゃない」
「瞬が本音を言ってくれるまで帰さない」
「覚」

瞬と覚は好奇の目に晒されていた。
瞬は気が気じゃなかった。もう覚と話しているどころではない。
自分たちのことを固唾を飲んで見守っている人を見て、不思議に思った人が更に集まってくる。
先ほど瞬を案内した美姫までもが、真剣な面持ちをして心配そうに二人を伺っていた。
瞬は声を潜めて状況を覚に知らせた。

……人が、見てる」
「今更なんだよ」
「ここは、覚の職場だろ?」
「そんなの構わないさ。瞬が僕の大切な人だって、皆に知らせられる」
「僕は御免だ」
「どうして」
「あのなあ……

覚は周囲に一瞥もくれることなく壁に瞬を追いやった。
既に瞬の頬は羞恥により赤く染まりつつあった。

「じゃあ、瞬は何でここまで来たんだ?」
……それは、覚が帰ってこないから」
「心配してくれたの?」
「そう、だけど……
「帰らなかったのは、ごめん」
「もう、いいから」
「まだよくない。瞬は恋人としてここに来てくれたんだろう? なら皆に知られても問題ないじゃないか」
「問題大有りだ。一旦帰ろう」

一旦話に火がついた覚は、もう止まることはなかった。
瞬の言うことに聞く耳すら持たない。

「僕の恋人であることが、そんなに恥ずかしいか」
「そうじゃないよ。もう、やめてくれ」
「瞬、今僕は真剣なんだ」
「分かってる。覚、僕は君のことを考慮して言っているんだ」
「僕のことなんかどうでもいい。僕は瞬がどう思っているのか知りたいだけだ」
「分かった。家に帰ったら教えるから、勘弁してくれ」

はあ、とあからさまに瞬はため息を吐いて腕を組んだ。
覚は瞬の隙を狙い、すかさず瞬の顎を掬い強引に口づけをした。

……っ!?」

周囲から一瞬黄色い声が上がる。
覚は目を真ん丸くした瞬を余所目に、荒々しく瞬の口内を貪った。
瞬は急いで覚を突き放そうとするが、覚に腕を器用に掴まれて壁に押し付けられてしまい、逆に身動きが取れなくなってしまった。

……覚! やめっ…………んん」

二人の合わさった口の間から艶かしく流れ出た唾液や、頬と耳を真っ赤に染めながら悶える瞬の姿を目の前にし、周囲の人間の喉が一斉に鳴る。
これ以上、この二人を見てはならない。
次第に激しくなる口づけにただならぬ空気を察知した周囲の人間たちは、全員がそう思ったに違いない。
しかし、誰も動き出す気配はなかった。

「ん……
「瞬」

覚は口づけですっかりと力が抜けてしまった瞬をそっと支えた。
いつの間にか二人の周囲には、綺麗に輪を描くように多くの見物客がいた。覚はそれを唐突に見渡した。自身の職場なので当たり前なのだが、知った顔も何人もいた。
その中に縮こまった美姫の姿を見つけ、覚は瞬を連れ美姫の方へと歩き出した。
美姫の周囲の人間は向かってくる覚たちを見てさっと道を開けるようにして散っていった。
しかし、覚と目が合ったままの美姫は逸らすことも出来ず、息をすることすら忘れてその場に固まっていた。
美姫は今までに見たこともない乱暴で瞳が興奮の色に満ちた覚の姿を目の当たりにし、それが自分の知る先輩の覚ではないことに畏怖していた。
覚は美姫の前に立つと、美姫の頭に手をやって屈んだ後、そっと囁いた。

「今日はこのまま帰るから、後はよろしく頼む」
「は、はい……!」

美姫はいつもの覚の声にささやかながらも安堵した。
すれ違い様に、覚の横で口を抑えながらふらふらと歩く瞬の姿を見ると、覚のことが本当に好きなのだと見て取れて、美姫の胸の鼓動は更に高鳴った。

「覚……絶対に許さない」
「はいはい。家に帰ってから、話してくれるんだろう?」
「やっぱりそれは、なしだ」
「じゃあ、今ここで話してくれるか?」
……本当に信じられない」
「ごめんって」
「もう一回絶交する」
「瞬、絶交は二度出来ないって、知ってた?」
「知るかそんなの」

覚と瞬は小競り合いをしながら研究所を後にした。
二人がいなくなり、その場に残っていた野次馬の間には妙な熱気に溢れた。
覚はこの後しばらくの間、美青年と付き合っている例の人物として、退屈な毎日を送っている所内の人間の噂の的となり、瞬には男女問わず隠れファンが増えたのであった。




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この後、めちゃくちゃセックスした〜完〜
むりやりな感じもしますが終わりました。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました!