satoru_and_shun
2018-06-03 01:10:44
14149文字
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身勝手の代償 続き

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「なあに、こんな陰気な場所に呼び出して……服にカビが生えそうだわ」

細くて透けるような白い腕が背後からするりと首に巻き付いた。
上から垂れてきた燃えるような赤い髪は、自分の着ている白衣によく映えた。

「失礼だな。最先端の研究所だぞ」
「これがねえ……ちょっとは片付けなさいよね」
「まあ、それは善処する」
「あら、いつになくやつれているわね。そんなに仕事忙しかったの?」

真理亜が顔を至近距離で覗き込んでくる。
僕の下まぶたをめくったり、でこに手を当てたりして、医者の真似事をしている。

「まったく、髭くらい剃りなさいよ。ほんと不精ね……分かった、瞬ね」
「なに、分かるの」
「だってそれしかないじゃない。覚がこんな風になるのって」

真理亜は人の気も知らないでけらけらと笑っている。
だが、あながちヤブ医者でもないようだ。

「そうねえ、早季からこの前の瞬とのデートのことは聞いたけど……
「えっ、なんて?早季、なんか言ってた?」
「デートっていうか、各所に挨拶回りに行っただけとかなんとか……
……そうか」

真理亜はおもむろに机の上の埃を手で払い、その上にどっかりと座った。
短めのスカートから覗いた脚が目の前で組まれ、正直に言うと、男からすれば目の保養だった。
自然と上から真理亜に見下ろされる形になり、ますます女王気質に拍車が掛かる。

「そこ、机なんだけどな」
「部屋が片付いてから文句は言いなさい」
「はいはい」
「大体失礼よ。女の子を呼びつけておいて椅子の一つも用意してないなんて。なってないわ」
「いいよ、もう。別に普段ここに呼んでるわけじゃないし。そもそも呼ばないし」
「あら、私は特別ってこと?」
「はあ……なに言ってるんだ。ただの幼馴染だろ」
「なによ、つまらない男ね」

くだらない会話を繰り広げていると、突然コンコン、と二回扉が叩かれた。
失礼します、という声の後、部下の一人が部屋に入ってきた。
どうやら手元の資料に夢中なようで、真理亜の存在に気づいていなかった。

「朝比奈さん、すみません。先日の件でご報告がありまして、このデータなんですが……

そこまで話して顔を上げた部下は、ある意味目に毒な真理亜の姿を見て、口を開けたままその場で硬直してしまった。

「あー悪い。ちょっと、来客中」
「ごめんなさいね、お邪魔しているわ」
「あっ……た、大変失礼しました……!」

部下は慌てふためいて落とした資料をかき集めて、大きくお辞儀をして、ばたばたと出て行った。
その様子を見た真理亜は扉が閉まった途端、吹き出して笑っていた。

「覚もちゃんと仕事しているのね」
「この部屋見たら分かるだろ」
「この資料や本たちも飾りじゃないってことね」
「あー触るなよ。分かんなくなるから」
「はいはい。それで、覚は瞬から何も聞いてないの?」
「何を?」
「デートのことよ」

ようやく腰を据えて話を始めた時には、すっかり本題の内容を忘れてしまっていた。

「ああ……いや、それが、その日急な仕事入っちゃって、瞬が帰ってくる前に家を出たんだ」
「それで?」
「それで……それから、一度も会ってない……
「はあ?あなた、ずっとここにいたの?」
「仕事は次の日には片付いたんだけど……なんていうか、一日帰らなかったら、その後も帰り辛くなって、そのまま……
「それでこんなところに三日も篭っているわけ」

仕事で疲れたのもあって、家へ帰り瞬にデートのことを聞くのが億劫になってしまっていた。また、聞かずに済ませるのも後悔するんじゃないかと、もやもやしながらそんなことを考え悩んでいたら、三日が過ぎていたというところだ。

「僕には瞬の考えていることが分からない」
「馬鹿ね。そんなの最初からじゃない。あなた、一度でも分かったことあるの?」
「う……
「じゃあ、今更考えても無駄よ。瞬の考えていることは、瞬にしか分からないの。そうでしょ?」
……はい」

真理亜に言い込められて素直に返事するしかなかった。
こういう思い切りのいいところが彼女の魅力であり、長所だと僕は思っている。
まあしかし、慣れていない人間にとっては傷つくどころの騒ぎじゃない。
現に、幼少期から付き合いがある自分でさえ、先ほどからぐさぐさと心を刺されているのだから。

「まあ、あまり気にしないことじゃない?干渉しすぎるのも良くないわ。瞬ってどっちかというと放っておいてほしいタイプじゃないかしら」
「それがそうじゃないんだな。確かに昔はそんな感じだったけど」
「瞬も変わったのね」
「でも、最近の瞬は何だか浮かない顔をしていたり、イライラしてたり……とにかく、会話が噛み合わないんだよ」
「瞬にも色々あるのよ。大抵のことは覚が悪いんだから、大人しくしておきなさいよ」
「酷い言われようだな」
「事実を言ったまでよ」

真理亜は得意げな顔をしてふんと鼻で笑った。
確かに、真理亜の言うことも一理あるのだ。いや、自分が認めたくないだけであって、真理亜の言う通り、大抵のことは僕が悪いのだと思う。
瞬の気持ちが分からないから、というのはただの言い訳に過ぎない。
何かと理由をつけたがる自分の悪い癖だ。
自己嫌悪に陥り、深くため息を吐いた後に頭を抱えた。

「ほら、元気出しなさい。いつまでも辛気臭いわね。元気が取り柄なのにそんなんじゃ良いとこ無しよ」
「元気が取り柄って……まったくいつのことを言っているんだ。今は他にも取り柄があるだろう」
「例えば?」
「そうだな。頭が良く切れるところとか?」
「ぷっ……

真理亜は笑いを堪えられなくなり吹き出した。
冗談半分に言ったつもりなので、勿論笑ってくれて良いのだが、あまりにも笑われすぎて次第に腹が立ってきた。

……真理亜、笑いすぎ」
「ごめんなさい。あなたがいけないのよ」
「まあ、この取り柄は、瞬には負けるけどな」
「そうね。でも、取り柄とまではいかなくても、覚の良いところはたくさんあるわ」
「はあ、そう言ってくれるだけでありがたいよ」
「ちょっとは元気出たかしら?足りないなら、キスしてあげてもいいわよ」
「なんでそうなるんだ。冗談はやめてくれ」
「あら、冗談だと思う?」

真理亜は机から降りると、自らの膝を座っている僕の太ももの上に静かに乗せ、手を顎に添えてくっと自分の方へ向かせた。
さらりと音のする長い髪からいい香りが漂ってくる。

……真理亜、いい加減にからかうのはやめてくれ」
「なによ、私結局覚の惚気話を聞かされただけじゃない。来て損したわ」
「そう言うなよ。感謝してる。真理亜も忙しいのに、ごめんな」
「はあ……その笑顔に落ちるのね。罪深い男だわ」
「はは、なんだよ、それ」

くすくすと笑う真理亜の屈託のない笑顔を見て、自然と笑みがこぼれた。
何気ない会話をし、笑い合って、地に落ちていた気分も少しずつ上がってきて、何より心が和らいだ。

「じゃあ私、そろそろお暇しようかしら。みんなの朝比奈さんをこんなに独り占めしちゃ苦情が出そうね」
「やめろよ」

そう言った後に、ちょうどまたコンコンと扉が叩かれた。

「ほらね。忙しいわね、あなたも」
「そんなことないさ。何かと確認事項が多いだけで」

僕は真理亜がもう帰ると思い、どうぞ、と扉の向こうへ返事をした。
真理亜はまた僕の部下を驚かせようとしたのか、扉が開いたタイミングで僕の頬に唇を寄せ、じゃあね、と言い扉へ向かった。
しかし、その足はすぐに止まってしまった。

……真理亜?」
「邪魔したようだな」

真理亜の後ろ姿で扉が隠れてしまっていたので、すぐに椅子から立ち上がり、訪ねてきた人物の姿を確認する。
部下、もしくは上司であって欲しいという僅かな望みは消え去り、血の気が引いていくのが嫌という程分かった。
いや、声を聞いた瞬間から、分かっていたのだ。この僕が、分からないはずがなかった。

「瞬!」

真理亜に断りを入れるのも忘れて、本の山をなぎ倒しながら、ふっと姿を消した瞬をすぐさま追いかけた。
去り際に微かに真理亜の声が聞こえてきた。

「はあ……やってしまったわね。面倒なことにならないといいけど」