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黒竹
2022-05-30 22:45:01
32064文字
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プロセカ
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#1 KISS ME IF YOU WANT?
【プロセカ】【みのはる】【MAKE IT REAL】
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A組の教室はずいぶん静かで、ドアを開けて中を覗くと、ぽつんとひとり、席に座っているみのりの姿が見えた。
足音を立てずに彼女の隣に歩み寄る。みのりはスマートフォンで再生していた動画を止めて遥のほうを振り向いた。
「ちょっと遅くなっちゃったね、ごめん」
ホームルームが終わったあと、急に担当教師から呼び止められたのだった。もうすぐ準備期間に入る体育祭の参加について確認されただけだったが、ほんの数分でもかなり焦れた。
「なに見てたの?」
「
……
ASRUNのMVだよ」
へへ、と笑いながらみのりは答える。これはどう受け取ったらいいのだろう。今までならなんとも思わなかった。動画を見たりグッズを使っていたり、カラオケでは完璧なコールをしてくれるしライブの思い出話なんて留まるところを知らない。
けれど今、このタイミングで、思い出のグループに浸られるというのはなかなか複雑だ。
ちょっと不安になってきた。
「みのり。ちょっと今はASRUNを見るのお休みしてもらっていいかな?」
「あ、うん、あの、違うの、緊張をほぐすのに一番いいのがこれで、わたしのルーチンワークっていうか、験担ぎみたいな? オーディションを受けるときも、いつもASRUNのライブを見て気合いを入れてたので」
他意はないんです、と慌ただしく両手を振ってくる。それなら良かった。
「
……
まあ、いくら験を担いでもオーディションには落ちてたし、運も悪いままだったけど」
「でも今はみのりだって立派なアイドルだよ」
「そうかな。そうだといいな」
くしゃりとみのりの髪を撫でると、彼女は恥ずかしそうに笑って首をすくめた。なんだか久しぶりに彼女に触れた気がする。ダンス練習で絡んだりとか、配信の時に画角の都合で寄ったりとか、そういうのではない、桐谷遥として彼女に触れる機会が、最近はとんと訪れなかった。
みのりの髪をくしけずって、そのまま耳の後ろを指先でなぞる。ひぁ、と情けない悲鳴がか細く彼女の喉から洩れた。
「あのね」
「う、うん」
「お昼に来てた神高の子は白石杏っていって、私の小学校からの友だち。根も葉もない噂を立てられて、天馬さんにも迷惑かけちゃって困ってるって話したら、あの子なりに私を助けようとしてああいうことしたみたい。ちなみに過去も今も未来にも杏とはなにもないから。天地がひっくり返っても杏とどうこうなるってことはありません」
「は、はい」
そこまで断言しなくてもという顔でうなずくみのり。遥は必死だった。杏については小指の先ほども疑われたくない。
手のひらが熱い。うっすら湿っている気がする。それなのに頭の真ん中は妙に冷たくて、緊張しているのだと自分でも分かった。
「い、嫌、だった?」
「
……
それが、分かんなくて」
みのりが口元を隠しながら眉を寄せた。分かんないってなに? 遥も不可解だという顔で目を細める。
髪に触れたままだった手を取られて、両手を包まれるかたちになる。ここからテレパシーみたいにお互いの思いが全部伝わってしまえばいいのに。
そんなことはできないので、遥はみのりの言葉を待つしかない。
「わたしね、小さい頃、神様はわたしのことが嫌いなんだって思ってたの」
「神様?」
「うん。なんにもうまくできることがなくて、運試しみたいなことをするといつも自分だけ失敗して、全然自分に自信が持てなくて。きっと神様がわたしを嫌いだから、こんな意地悪ばっかりするんだって拗ねてたの」
遥ちゃんに会うまで。透明な声でみのりが続ける。
「テレビの向こうの遥ちゃんに出会って、それからわたしの
神様
ぜんぶ
は遥ちゃんになったの」
その告白はある意味で酷薄だった。神様はいつだって見上げる存在だ。隣に並びたいとは思わない。
分かっていたけれど改めて明言されると胸が痛い。
「でも
……
あの
……
今は、ちょっとだけそうじゃないかもしれなくて」
「え?」
「わ、分かんないけど。だって小さい頃は神様のことが嫌いだったけど、遥ちゃんはなにをしたって嫌いになんてならないし」
「それは
……
買いかぶりすぎじゃないかな。私にだって嫌なところとか駄目なところとかあるよ」
「うん、だから」
両手を包んでいるみのりの指先が遥の手の甲を優しく撫でる。
「そういうところも好きなんだと思う」
その仕草は祈りに似ていない。
テレビの向こうの神様は、触れ合ってみたら神様より尊かった。
幻想も幻像も飛び越える実像。
そこにいたのは同い年の少女だった。
だからといって幻想が消えたわけじゃない。それらはどちらか一方しか選べないものでもなかった。
「咲希ちゃんとか、杏さん? のことも、嫉妬とかじゃなくてね? 遥ちゃんがわたしをかまってくれなくなるのがちょっとさみしいっていうか」
「そっかぁ
……
」
期待していたものとはやや違っていたので肩透かしを食らった気分だった。花里みのりの中に生まれた、一本の綿毛。それが芽吹くにはまだまだ時間がかかりそうだ。
気が抜けたせいか緊張も良い具合に消えていた。自分自身でも理解しきれていないものを、ここまで言葉にしてくれたのだから感謝しかない。ちゃんと話して、と願った遥に誠実に応えてくれたみのりの手をほどかせて、そっと握り返す。
「ありがとう。みのりが私を大切にしてくれるの、すごく嬉しい」
「大事だよ。世界で一番、遥ちゃんが大事」
「ん」
まっすぐに見つめてくる瞳をいとしいと思う。
「私が一番大事な人はね」
「う、うん」
「すごく可愛くて、すごく優しくて、すごく頑張り屋で、今でもいろんな人を笑顔にしてるの。きっとそのうち、世界中に希望を届けられると思う」
「
……
そんな人いるかな
……
」
「いるよ。私の目の前に」
自然と笑みがこぼれた。耳まで赤くなっているみのりの手がひどく熱い。
とても晴れやかな気分だった。夏の青空みたいな、一面の花畑みたいな。
踊り出したい気分のまま、彼女の手を引いて唇を寄せる。
「みのりのことが好きです」
好きな人に好きと言うのがこんなに幸せだなんて思わなかった。
みのりが両手を捕まえられたまま机に突っ伏した。
「──無理」
「えっ」
「あっ、そうじゃなくて、心臓が無理っていうか、耐えられなくて」
びっくりした。告白して即フラれたのかと思った。
みのりがおずおずと視線を上げてこちらを見てくる。その瞳は羞恥で潤んでいた。それもかわいい。
「いいのかな。わたしのほうはなんか中途半端っていうか、遥ちゃんをそういう意味で好きかも分かんなくて、たぶん、遥ちゃんが望んでるようにはできないと思うよ」
「そう?」
「だってなにをするにしたって緊張しちゃうもん。こ、恋人は、一緒にいても緊張なんかしないよ、きっと」
今だって結構いっぱいいっぱいだよ、と熱のこもった呼気を吐きながらみのりは言う。
恋人同士らしくデートするとか、お互いの家でいちゃいちゃするとか、そういったことのイメージがつかない、と申し訳無さそうに言われて、遥は軽く肩をすくめる。
「それでもいいよ。私がみのりを好きなだけだから」
「でも」
「じゃあ、予約ってことにしようか」
いつか彼女の中の種がどこかにたどり着いて、芽生えて根付いたら。
そうしたら恋人になろう。
それまでは桐谷遥は誰のものでもないみんなのアイドルのままで、花里みのりが見る幻想のままだ。
「いつでもいいよ」
「う、うん」
約束というにはあまりにも不確かな取り決めだった。それでも花里みのりはその『予約』をキャンセルなんてできないのだ。そうするにはあまりにも誠実だったから。
それを知っていて提案したのだから我ながらずるい。
でも思うのだ。
桐谷遥の半分はこれから先、花里みのりが埋めてくれるまで空洞のままで、その代償としては悪くないのでは? と。
きっとこの半分を区切る境界線を越えられるのは彼女しかいなくて、だったら、誰のものでもないのと同時に、やっぱり花里みのりのものだということだろう。
それらは矛盾しない。
守り守られていた手を離し、改めて右手を差し出す。
「これからよろしくね、みのり」
みのりはギュッと目を閉じてから顔を上げて、遥の右手を右手で握った。
「うん、よろしくお願いします、遥ちゃん」
その握手は誠実で、祝福に満ちていた。
なんだったら希望と言っても良い。
もしゃもしゃとうさぎが黄色い花を食べている。ものすごい食いつきだった。両手に余るくらいの花も葉もすぐに食べ尽くされてしまいそうだ。
「いい食べっぷりね」
飼育小屋の前で愛莉が感心したように言う。みのりはタンポポの花をうさぎに差し出しながら嬉しそうに笑っている。
「うさぎってタンポポが好きなんだって。こはねちゃんが調べて教えてくれたの」
「いつもは乾燥したペレットだし、おやつみたいな感じなのかしらね」
そうそう、とみのりがうなずいている横で雫と遥もタンポポ片手にしゃがみこんでいる。美化委員会の除草作業になれば捨てられるばかりだった中庭のタンポポを、先にうさぎへ提供してしまおうと先生に頼み込んだのだ。
「うあぁ、かわいい
……
」
「もぐもぐしてるお口に癒やされるわぁ」
みんな動物好きだし、愛莉もうさぎならアレルギー症状も出ないから安心だった。うさぎに囲まれて癒やされつつ、愛莉が「にしても」と立ち上がって腰を伸ばす。
「めんどくさいわねー、あんたたち」
「前にも言われたことがある気がする」
「あれだけ大騒ぎして、結局なにも変わってないじゃない」
そうなのだ。噂が二転三転し、愛莉たちが右往左往した騒動は、終わってみればなんら変わらない元の鞘だった。桐谷遥と天馬咲希はクラスメイトのままで、桐谷遥と白石杏は親友のままで、桐谷遥と花里みのりは恋人にならなかった。
噂話は波が引くように消えていった。噂なんて結局、出所不明の不確かさが尾ひれをつけて面白おかしくしているわけで、出どころがはっきりしていて疑いようのないことなら興味も薄れる。
「あ、変わったこともあったよ」
手持ちのタンポポをすべてうさぎに食べさせた遥が、空いた手の人差し指を立てた。
「なによ?」
「クラスの人たちがやけに応援してくれるようになった」
「あの、遥ちゃん、それは」
「もちろんみのりとのことだよ?」
爽やかに笑って答えると、みのりがうめきながらうずくまって頭を抱えた。実はみのりもクラスメイトたちに発破をかけられているのだった。いわく、みのりにはもったいないくらいの人なんだから逃しちゃ駄目、いわく、気持ちなんて後からついてくる、いわく、高校生の青春は一度きりなんだから。
愛莉と雫が困ったように苦笑いを浮かべた。「ま、平和でいいんじゃない」「そういうのは当人同士の気持ちが大事よね」他人事なのであっさりしたものだ。
遥はどこかご機嫌でみのりを見つめる。
「急かす気はないけど、私はいつでも構わないからね?」
一年後でもいいし十年後でもいいし、もちろん今すぐにと言われたってなんの文句もない。
いつでも準備はできている。
「も
……
もうちょっと待って
……
。せめて心臓が遥ちゃんのアップに耐えられるようになるまで
……
」
「ふぅん。じゃあ早く慣れてくれるように近づいておこうかな」
「ひあああ!」
前髪が触れそうな距離まで近づいたら全力で逃げられた。
軽く肩をすくめる。
別にその態度が彼女の本気だと思っているわけではない。
みのりのことを信じていないわけでもない。
けれど逸るほど待ち遠しい。
空いた半分を埋める一言がほしくてたまらない。
たった一言、
KISS ME IF YOU WANT?
キスしてくれる?
と言ってくれたら。
いつだってどこだって、とびきりのキスをあげるから。
「ねえみのり。好きだよ」
「──わたしも!」
噛みつくように言い返されて、遥は心臓を撃ち抜かれてなすすべもなく笑った。
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