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黒竹
2022-05-30 22:45:01
32064文字
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プロセカ
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#1 KISS ME IF YOU WANT?
【プロセカ】【みのはる】【MAKE IT REAL】
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「桐谷遥の本命は同じクラスの天馬咲希」
愛莉が架空の書き込みを棒読みで読み上げる。
「すっかり噂になってるわよ」
じっとりと半眼でねめつけられて目を逸らした。屋上の風がなんだかいつもより冷たい気がする。
みのりと雫はそれぞれ委員会のミーティングで遅れると連絡があったので、屋上には愛莉と遥のふたりきりだ。愛莉は腕組みをしながら呆れ返っていて、遥はそんな彼女と目を合わせられなくて、背を向けた格好でフェンスをつかんだ。自分のスニーカーを注視する。靴底がすり減り、アッパーが毛羽立ってきたレッスンシューズ。それは渦中においてなんの意味も持っていない。アイドルの桐谷遥は無力だ。
「遥、なにしてるの?」
「私としてはなにもしてないつもりなんだけど」
倦み疲れた表情で反論する。
どうしてこんなことに。確かに咲希とはよく一緒にいるし、お弁当を食べさせてもらったり廊下でくすぐられたり頭を撫でたりオシャレなカフェを見つけて一緒に行こうと約束したりはしているが、それだけなのに。
「いや充分でしょ」
平時であれば他愛ないクラスメイトとのやり取りであっても、前の噂と合わされば違う意味を見出されてしまう。
遥は拳を額に当てて苦悩の表情を浮かべ、フェンスに背を預けるかたちに向き直った。
「こんなことになるなんて
……
」
「ま、どうせみんな、好きに騒いで面白がってるだけでしょうけど。さすがに本気にしてる人なんて少数派でしょ」
「だといいけど」
「ミーハーに騒げるネタが手近なところに転がってるんだもの。そりゃみんな食いつくわよ」
いい迷惑だ。それでも嫌がらせのようなことはされていないからまだ助かっている。咲希にも被害は及んでいないらしいが、だとしてもこちらとしては心苦しいばかりだ。彼女たちを守るために離れていったという志歩と穂波の気持ちがちょっと分かった遥だった。
「否定したところで治まらないだろうし、普通にしてるしかないんじゃない」
「そうだね。天馬さんもそう言ってくれてる」
「それともこれを機会にみのりに伝えてみる?」
からかうでもなく、真剣でもなく、まったく平常な表情と口調で愛莉が言った。
遥も同じような表情で愛莉を見返す。
あたかもコンビニで見かけた新商品を試してみるか話し合っているような風情でふたりは相対している。
「しないよ」
「意外とうまくいくかもしれないわよ?」
「愛莉も『意外と』ってつけるくらいにはありえないと思ってるんでしょう?」
まあね、と愛莉が目を眇めた。あは、と遥の口から気の抜けた笑いが洩れる。
「いいよ。みのりの夢を壊したくないし」
彼女が見ているアイドルの桐谷遥。表舞台の華やかさとか、裏で積み上げ上げられた努力とか、ビジネスとしての難しさとか。
それらについてはいずれみのりも目にすることになるんだろう。幻想を打ち砕かれることもあるかもしれない。
遥が守りたいのはそういうものとは違うベクトルのものだ。桐谷遥だけが守って、桐谷遥だけが壊せるもの。
「今も楽しいしね」
たとえ想いが通じなくても、彼女の目には自分だけが映っていて、他の誰も立ち入ることのできない領域がある。それだけでなんだか晴れやかな気持ちになれるのだ、本当に。
それはきっと境界線だ。アイドルの桐谷遥とアイドルじゃない桐谷遥の、ちょうど切り替わりの部分。そこに花里みのりの手が触れている。侵入もしない、引っ張りもしない、ただ触れているだけの手のひらが温かくて心地良い。
愛莉は細く息を吐いて「あんたがそれでいいならいいけど」と半ば諦めがちに言った。
「めんどくさいわよねー、あんたたち」
遥はその言葉に答えない。
とても簡単なことのような気もするし、とても複雑なことのような気もする。
たぶん面倒くさくはない。
彼女と同じものを目指して、同じ景色を見て、彼女の隣に立っている。
それは、煮詰めるときっと恋と同じものになる、から。
ぽふ、と頭の上に愛莉の手が乗せられて、やや乱暴に撫でてきた。
「なに?」
「後輩を慰めてあげてんのよ」
「別に落ち込んでないけど」
苦笑しつつも愛莉の手は拒まない。見当外れだとは思うけれど彼女の気遣いは嬉しい。
出入り口のドアが鳴って、開いた向こうからみのりと雫が顔を出した。愛莉が自然な速さで手を離す。
「遥ちゃん、愛莉ちゃん、ごめんね遅くなって」
「ふたりともお待たせ」
早足で近づいてくるふたりを待ち受けて合流。委員会なのだから謝ることはないのに、と愛莉とそろって肩をすくめた。
「平気よ、まだストレッチもしてないし」
「そうなの? けっこう遅れちゃったけど、ずっと待っててくれたんだ」
「あー、ていうか、遥とちょっと話してたから」
愛莉の表情で、なんの話題だったのか読み取ったらしいみのりが、なんとも言えない顔になる。あえて言えば無味無臭の飴玉を口に入れたような顔だった。苦虫ほど嫌なものではなく、かといって進んで食べたいと思うものでもない。
なんとなくみのりと目を合わせにくくて、遥は視線を後方の階段室に向けた。見ていたって面白くもない、四角く出っ張った部屋と窓とドア。そのドアはアイドルの自分とアイドルじゃない自分を切り分ける。みのりたちと過ごすアイドルとしての日常と、一歌や咲希と過ごす高校生としての日常。そう、どちらも日常なのだ。遥にとってどちらが非日常というわけでもない。ただ境界線だけがある。
だから今は少しイレギュラーだった。ドアを開けて屋上に踏み入れても消えないもう片方の日常。その侵食は桐谷遥を戸惑わせる。薄曇りの戸惑いが花里みのりを正面から見つめられなくさせている。
みのりのためらいがちな視線を右頬のあたりで感じ取った。
「あの、遥ちゃん」
「ん?」
「えっと、咲希ちゃんってすごくいい子だよね!」
いきなり横っ面を殴られた気分だった。
思わず目線をみのりに移す。彼女は胸の位置でぎゅっと拳を握って唇を引き結んでいる。
まさかこんなところに少数派が?
「わたし、咲希ちゃんと同じカフェでバイトしてるんだけど、すごくがんばり屋さんで気配り上手でわたしも大好きなの! だから、だからね」
さらに拳に力がこもった。眉間に深くしわが刻まれ、みのりは重々しく口を開く。
「遥ちゃんが好きになるのも分かるよ
……
!」
「みのり、落ち着いて。ちがうから」
他の誰かならいざ知らず、まさか肝心のみのりが誤解するとは思わなかった。憧れの人と友人という組み合わせに衝撃を覚えつつ、なんとか飲み込んで消化しようとしているみのりの肩を、両手でそっと包む。
けっこうショックだった。天馬さんならいいんだぁ。
「ち、ちがうの?」
「ちがう。天馬さんはただの仲のいい友達です」
「ニュースでそういうコメントよく見る
……
」
「ほんとにちがうってば」
信じられない? 小首をかしげ、みのりの目を覗き込んだ。はわ、とみのりの瞳が淡く揺れて、白銅に似た青みを帯びる。それと同時に逸る拍動が伝わるようで、遥は思わず小さく笑った。
「みのりが思ってるようなことはなにもないから。安心して」
「う、うん。──あ」
一瞬安堵の表情を浮かべたみのりだったが、なにかに思い当たって再度顔を曇らせた。
「
……
星乃さんのほうってことは」
「ないよ」
そう来たか、と遥が肩を落とす。
「じゃあこれからもMORE MORE JUMP!の活動続けてくれるの?」
ああ、彼女が心配していたのはそれか、と、腑に落ちて頬を緩めた。
「もちろんだよ」
そばにいたいと思ってくれているなら嬉しい。
裏側の憂いに気づかないふりをしたまま、遥は穏やかにみのりの頭を撫でた。
「えへへ、良かった」
そう言うみのりの声が少しだけ湿っていて、不思議に思って軽く首をかしげる。「良かった」と心から思っている声ではないような。
「みのり? なにかあった?」
「あ、ううん。大したことじゃないんだけど」
ごまかすように首を振るみのりの隣に雫が並ぶ。困り顔で頬に手を当て、やおら口を開いた。
「中庭にみのりちゃんが見つけてくれたタンポポがあるのよ。美化委員会の除草作業から外してもらえないか持ちかけてみたんだけど、学校としては管理外のお花だから特別扱いはできないって断られちゃって」
「ああ、あそこの
……
」
みのりがしゅんと肩を落とす。「うん、遥ちゃんと一緒に見てたタンポポ」あの可愛らしくも力強い自生花。特別ではない、どこにでもある花だけれど、みのりにとっては思い入れのある花だった。特別、という程ではないのかもしれない。ただなんとなく目に留まって、なんとなく抜き取られてしまうのが惜しい、その程度のものかもしれなかった。
それでも、今そこにある存在の来たるべき不在を、さみしいと思う。
「そう。残念だね」
雫が慰めるようにみのりの肩を撫でる。
「タンポポの根っこって一メートルくらいあるのよね。先にどこかへ植え替えるのも難しいかしら」
「植え替える場所もないんだよね
……
」
しょぼくれるみのりに遥はなすすべもなく立ち尽くした。ここで抱きしめてあげられたらいいのに。そうは思っても腕は動かない。たぶんそんなことをしたらキャパシティーオーバーで爆発する。
遥の代わりに雫がそっとみのりを背後から抱き寄せた。「ごめんなさいみのりちゃん、力になれなくて」「ううん、雫ちゃんのせいじゃないよ」みのりが腹部に回された雫の手に自身の手のひらを重ねる。
雫いいなあ。心の声が洩れ出ないように唇を引き結びながら遠い目をする遥だった。
みのりが悲しんでいると切ない。胸の真ん中が痛くて、秋風みたいなものが通り抜けていく。
たとえば頭を撫でてあげたりとか、優しいことばをかけてあげたら、彼女は喜ぶだろう。人好きする笑みで「ありがとう」と言ってくれるだろう。感動すらするかもしれない。
それはいつもどおりの彼女の反応だ。
なにをしても喜んでくれるというのは、なにをしても喜んでもらえないのと一緒だと思う。
相変わらず噂は止む気配がなく、相変わらず一歌と咲希は仲良くしてくれて、相変わらず愛莉と雫はこちらになにか言いたげな視線を送ってきて、相変わらず遥はそれをスルーしていて、相変わらずみのりは可愛い。
そして相変わらず、旧友のいるカフェの紅茶はおいしい。
「──っていうくらい、優しい子なの、みのりは」
組んだ両手に顎を乗せて、先日起きた中庭のタンポポのいきさつをしみじみと語る。カウンターの向こうで友人の白石杏が「あは」と笑った。
「なにそれ、惚気?」
「だったらいいんだけど」
杏はカップをクロスで拭きつつ遥の相手をしている。休日とはいえ、カフェバーが忙しくなるのは夜からだ。友人の話し相手になるくらいの余裕はあるのだろう。
人懐こくて華やかな身なりの彼女は小学生から付き合いのある友人で、気心も知れているからどんなことでも話しやすい。軽薄そうに見えてひどく義理堅い彼女になら、遥も心置きなくみのりのことを話せた。
「なんか話聞いてる限り、脈がないわけじゃないと思うけど。そもそも遥の熱狂的なファンだった子なんでしょ? 言ってみたら大喜びでオーケーしてくれるかもよ?」
「そういう子じゃないよ」
ただのファンで、アイドルと交流するのにためらいのない子ならそれもありだったのかもしれない。それこそ、事の発端になったあの生徒みたいに。
自分に向けられている感情がどんなものなのか読み取れないほど遥は鈍くないし、伝えて幻滅なんてされたら立ち直れない。
杏はどういう心境の表れなのか、軽く唇をすぼめてひゅっと息を吸った。
「ふぅん。じゃあこれからも言わないつもり?」
「
…………
」
「迷ってるんだ」
紅茶のカップを指先で持ち上げ、口に含む。ストレートのセイロンはやや苦味が強い。
洗い物を終えた杏が両手を腰に当ててため息をついた。
「また、信頼を裏切るのが怖い?」
声は優しい。桐谷遥のいろいろを知っている彼女。その声質は優しいけれど甘くはない。
「遥が臆病になってるのって、そのみのりって子には関係ないところだよね」
それはストレートな正論だった。
苦み走った表情で目を逸らす遥に、杏は呆れたように肩をすくめる。
「ま、どうするのも遥の自由だけど。愚痴くらいならいくらでも聞くし」
「
……
うん」
「どっちかっていうと、当面は広まっちゃってる噂のほうをどうにかしなきゃって感じだしねー」
言われて遥も頭を抱えた。そうなのだ。咲希のことについての誤解はまだ解けていない。咲希自身、誰かに聞かれた際には笑って否定しているらしいが、その余裕がむしろ本当っぽいとか言われて泥沼である。
本当のことを言うわけにもいかないし、嘘だってつきたくない。八方ふさがりだ。
「天馬さんにも迷惑かけちゃってるし、どうにかしたいんだけどね」
「まあ人の噂も
……
四十八日くらいだっけ?」
「七十五日ね」
「そうそれ。って、二ヶ月半もあるの? けっこう長いね。それは困っちゃうなあ」
片眉を上げて杏が唸る。
「わっかんないなあ。そんな噂なんかより面白いこといっぱいあるのに」
「うちの学校は、良くも悪くもおとなしい子が多いから。杏みたいに楽しいことを自分から作り出すタイプの子ばかりじゃないの」
「ああ、おとなしいのはなんとなく分かるけど」
どこか含むように笑ってうなずく杏に、遥が不思議そうに首をかしげた。
カップが空になったところで新たに紅茶を注がれる。「注文してないけど?」「サービス。出がらしだし」もう少し話を聞かせろ、ということらしい。
「だいたい、なんで最初に告ってきた相手に言っちゃったの?」
もっともな質問に、遥は頬杖をついて目を伏せ、密やかなため息をついた。
「どうしてかな。妬いてほしかったのかも」
「誰に?」
「
……
みのり」
「なにそれ」
杏が頭上にクエスチョンマークを浮かべながら訝しげな顔をする。自分でもよく分からない。好きな人がいると、好きな人に知られて、それでどうしたかったのだろう。あなたが好きですと伝えられもしないのに。
頬杖を崩さないまま目を閉じ、唇を尖らせる。
「だってみのり、私がなにをしても嫌がらないから」
「
……
は」
杏があんぐりと口を開けた。口はそのままに、身を乗り出して無表情で遥の額を人差し指でグリグリ押す。我慢できなくはないが不愉快な痛みに遥の眉根が寄った。
「遥ー? ちょーっとそれは良くないぞー?」
「分かってる。後悔もしてるから傷口に塩を塗らないで」
杏の指から逃げるために身体を起こし、椅子の背もたれに寄りかかる。
咲希とのことを誤解された時、自分でも驚くくらいショックを受けた。誤解だけれど、そう思ってなお、彼女は前向きに受け止めようとして、遥を許した。
認めたくはないけど期待していたのだ、ちょっとくらい不満を見せてくれるんじゃないかと。
「ほんと、そういう意味ではなんとも思われてないんだなって
……
」
「んー、まあ私も憧れてるアーティストとかいるけど、付き合いたいかって言われたらそうじゃないしね」
言ってからしまったという顔をする杏。一度ならず傷口に塩を塗られた遥は耐えきれなくてテーブルに倒れ込んだ。
「お友だちから始めましょう、どころじゃないわけか」
スタートラインはある意味そこからずっと後ろである。
そばにいてほしいのに、彼我の距離はずっと遠い。
「遥さあ」
「なに?」
「もしかして初恋?」
「
…………
」
「そっかあ」
「初恋は実らないものらしいね」
「分かんないじゃん、まだ」
杏がくれた薄いセイロンティーは苦くはなかった。
「それでも、みのりになにかしてあげたいって思うよ」
彼女が悲しんでいたら悲しいし、落ち込んでいたら励ましたいし、頑張っていたら褒めたいし、嬉しくなってくれたら嬉しい。
愛じゃん、と杏が微笑とともに言った。愛だよ、と遥は微笑して応えた。それはいかにも高校生らしい安っぽい言葉だった。
なんだったら青春と言っても良い。
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