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黒竹
2022-05-30 22:45:01
32064文字
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プロセカ
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#1 KISS ME IF YOU WANT?
【プロセカ】【みのはる】【MAKE IT REAL】
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どこで誰が見ていたものか、三日後にはすっかり噂になっていた。
最近は落ち着いてたのになと思わずため息。登校して教室に入った途端、廊下に人だかりができてひどく騒がしい。
「なんかすごいことになってるね
……
」
半ば呆れたような口調でクラスメイトの星乃一歌が言う。
「あの桐谷遥に恋人発覚!! なーんて。もう学校中その話でもちきりだねー」
机に両手で頬杖をついた姿勢で、こちらもクラスメイトである天馬咲希が半眼になった。茶化すような口調は正反対の心境の現れだった。
遥は心外だという表情を浮かべて首を振る。
「恋人はいないんだけど
……
」
「そっか。はるかちゃんの片思いかー」
教室にいるクラスメイトたちは、気を遣っているのか三人が座っている席の周囲から距離をとっている。兄とは違って声を潜めることができる咲希が、周囲に聞こえないよう小声でそう相槌を打った。
なにを言われても構わないと思っていたけれど、さすがにこんな状況は予想していなかった。思っていたより世の中の人たちはミーハーで、思っていたより恋の話が好きなようだった。
屋上に押しかけられたりしたらみのりたちにどう謝ろう。今までは配信や練習の邪魔にならないようにと誰も近づいて来なかったからそれに甘えていたが、今後はそうもいかないかもしれない。
頭が痛い。
「ネットニュースとかでもアイドルの恋愛がどうとかよく流れてくるよね。あんまり想像ついてなかったけど、こんなに大変なんだ」
「みんなすごいねー」
一歌と咲希の存在がありがたい。クラスメイトとして接し始めた当初から、こちらをアイドル扱いせずにただの友人として触れてくれる。
「あ、ふたりとも、この騒ぎが落ち着くまであんまり私と話さないほうがいいかも
……
。なにか聞き出そうとする人がいるかもしれない」
遠慮がちに申し出ると、一歌がぷかりと笑った。
鷹揚に、人好きする笑みでこちらに手を振る。
「そんなの気にしなくていいよ。私も咲希も、聞かれたって何も知らないし」
「うんうん。はるかちゃんが遠慮することなんてなんにもないんだから!」
彼女たちは噂が立ってから一度も詳しいことを聞いてこようとしない。相手が誰だとか、遥の気持ちを知っているのかとか、どんな人なのかとか、そういうことを一切尋ねてこない。ひとりだったら息が詰まりそうなこの教室で楽に呼吸できているのはこのふたりのおかげだ。
一歌は落ち着いていて争い事を好まなそうに見えて、その実正義感が強くて困っている人を放っておけない。咲希は悩みなんてありませんという顔で明るくムードメーカーをしているけれど、話してみると思慮深くて人を思いやれる優しい子だ。落とし物がきっかけで仲良くなれた彼女たちがこのクラスにいてくれたことは本当に僥倖だった。
遥はゆるく手を組んで、ある種、みのりたちにも見せない笑顔をふたりに向けた。
「ありがとう。ふたりとも」
「お礼を言われるようなことじゃないよ」
「そうだよはるかちゃん。あ、今日、お昼どうする? よかったらアタシたちと一緒に食べない?」
ひとりでいると囲まれちゃうかもしれないから、と言外に込められた気遣いを、遥はありがたく受け取る。
「うん、三人で食べたいな」
「決まりだね」
廊下は相変わらず騒がしいが、遥の頭痛はずいぶん軽くなっていた。
噂話なんて周囲にいくらでもあって、それに対する反応も知っていたつもりだった。なのにこの体たらくだ。もっと強くならないとな、と頬杖をついてアンニュイに視線を落とす。
知られちゃいけない。
この想いはきっと彼女を傷つけてしまうから、誰にも知られずに隠しておかなくちゃ。
自分が何を言われたって構わないけれど、誰かが彼女を傷つけるようなことが起きたらきっと許せない。
それが自分自身でも同じことだ。
幸い、屋上に野次馬が押しかけるようなことはなく、動画コメントはいくつか不穏なものが書き込まれたが、確証のない話のせいか、それほど取り沙汰されることもなく流れていった。
周囲の視線に込められたものを感じないわけではないが、概ね平穏と言っていい。
放課後、練習のために屋上へ向かっていると、廊下の窓から身を乗り出しているみのりを見つけた。なにをしているんだろう、と隣まで歩み寄って肩を叩く。
「みのり」
「ひゃあっ!?」
いきなり声をかけられて驚いたらしいみのりが飛び上がった。振り向いて遥を見つけるとまた「ひゃっ」小さく悲鳴を上げる。
「ごめん、驚かせちゃった?」
「あ、ううん。大丈夫」
「なに見てるの?」
外の景色を眺めてみるが、見慣れた街並みが広がっているだけで特に気になるようなところはない。「ほら、あれ」みのりが真下に近い角度で地面を指差した。
中庭と校舎の堺に設けられた芝生の区画、その隅に黄色い花が群生している。
「タンポポ?」
遥が両手を広げたくらいの範囲に咲いているのは、よく見かける自生のタンポポだった。どこからか綿毛が飛んできたのだろう、その一帯だけ黄色く色づいている。
「一ヶ月くらい前かなあ。友だちとあそこを通った時にタンポポの綿毛を見つけて、ふーって飛ばして遊んだんだよね」
「その時の種があそこで咲いたっていうこと?」
「たぶんだけど。お水とかあげてたわけじゃないから、ちゃんと咲けて良かったなって思ったんだ」
タンポポなんて珍しくもなんともないし、綿毛を飛ばして遊んだって、その種の行く末を気にすることもそうそうない。コンクリートを突き破って咲くくらい生命力の強い花だ。街を歩けば季節によってはいくらでも見かける。
花里みのりはそんな花が咲いていて嬉しいと言った。
「あ、でも美化委員会が定期的に中庭の除草してるんだよね。そこで抜かれちゃうかも
……
。雫ちゃんに残してもらえないか聞いてみようかな」
「そうだね、せっかくあれだけ綺麗に咲いてるから、抜いちゃうともったいないよね」
この子のこういうところが好きだなあとニコニコしていたら、視線に気づいたみのりが面映そうに目の端を赤らめて、それから視線に耐えきれず顔をそむけた。気恥ずかしさで揺れる瞳を横から眺める。半円の銀瞳が光を受けて白く反射している。
窓辺にふたり、並んで少しだけ無言になった。みのりはじっと見られているせいで思考が止まっているし、遥はそんなみのりが可愛くて仕方ないので見ているだけで満足している。
「あの、遥ちゃん。そんなふうに見られてると恥ずかしいんですけど
……
」
「そろそろ慣れない?」
「慣れないよぉ
……
」
みのりが窓枠に置いた両手に額を押しつけた。彼女にしてみれば、この距離感だっていっぱいいっぱいなのだ。一瞬の目線だけが飛んでくるファンサービスとはわけが違うし、そんな経験もみのりにはなかったのだ。なにせライブ会場で見た桐谷遥は豆粒みたいな大きさで。目が合った、なんて冗談でも言えないような彼我の距離が存在していた。それなのに今ときたらどうだ。手をのばすどころかちょっと身体を傾けただけで肩が触れ合ってしまう。みのりはその事実をいつまで経っても受け止めきれない。
遥は小さく肩をすくめて、ポンとうつむくみのりの後頭部を叩くと、「練習に遅れるよ」諭すように声をかけた。
「あ、そうだね。愛莉ちゃんたちもう来てるかな」
顔を上げたみのりが遥と並んで歩き出す。歩きながら今日の練習メニューについて話したり、自宅でできるトレーニングの相談に乗ったり、お互いのクラスの友人の話とかもした。
それはごくごく普遍的な、当たり障りのない、なんの変哲もない会話だった。恋人同士の甘い会話どころか気のおけない友人の距離感ですらない、越えられない距離のある会話。
すれ違う生徒たちの誰も、桐谷遥の隣りにいる花里みのりを気になんてしていない。そういう会話だ。
「タンポポ残してもらえるといいね」
「うん。特別な花じゃないけど、せっかく綺麗に咲いたんだし」
「みのりは優しいね」
あこがれの人に褒められてみのりが照れ笑いを浮かべる。そこにあるのは純粋な喜びだ。
花畑みたいな子だと思う。いろいろな花が咲き乱れる花の海をイメージさせる少女だった。その真ん中に立ってぐるりと周囲を見回したくなる。黄色、のイメージ。そう、ちょうどさっきのタンポポみたいな。珍しくはない、特別でもない。ふわふわと飛ぶ綿毛はか弱く見えて、けれど実際には強い。へこたれないし諦めない。その強さで世界中に希望を届けるような、そういう子だ。
一緒に歩んでいきたいと本当に思う。アイドルとしても、そうじゃない意味でも。
「えへへ。遥ちゃんにそう言ってもらえるとほんとに優しくなれたみたいで嬉しいな」
「本当に優しいよ、みのりは」
「うん。優しくいたいって思ってるから」
ふわりと、綿毛のように、みのりが笑った。
一瞬だけ遥の思考が止まる。
あー。
手をつなぎたい。
「遥ちゃん?」
「ん?」
「え、と。どうしたの?」
やや困惑気味に尋ねられて目線を下に向けると、指先が彼女の手首に触れていた。
ねだる気配の指先にやっと気づいて慌てて手を引っ込める。
「
……
なんでもない」
我ながら驚いた。無意識になんてことを。気づかれてしまったらどうしよう。
こっそりとみのりの横顔を伺ってみる。その表情からはこれまでの彼女となんら変わらないものしか見て取れない。つまり友情と憧憬しか。そのことに、ほっとしたような少し残念なような、複雑な心境になる遥だった。
約束をしたわけではなかったけれど、あれ以来、昼休みを一歌と咲希とすごすことが多くなった。咲希は今、料理の練習中だそうで、少し前から父と兄にも弁当を作って持たせているらしい。遥と一歌も新しく挑戦した料理の味見を頼まれたりしている。
そういったわけで今日も中庭に三人並んで座り、咲希の力作を見せられていた。
「はいはるかちゃん、あーん」
「あ、あーん」
さすがにこれは恥ずかしいなと苦笑いしながら口を開ける。一口サイズに切られた鶏むね肉の照り焼きが口の中に入れられて、遥は手で口元を隠しながら咀嚼した。
「
……
うん、おいしい。むね肉なのにしっとりしててすごく食べやすいよ」
「ほんと? 良かったぁ! じゃあ次はいっちゃんね。あーん」
「わ、私は自分で食べるからいいよ」
差し出されたフォークをいったん受け取ってから口に入れる一歌。咲希は不満そうに頬を膨らませている。
「小さい頃はお見舞いのプリンとかあーんしてあげてたじゃん」
「それ、何年前の話?」
「はるかちゃんはしてくれたのにぃ」
「
……
桐谷さん、嫌だったら断ってくれていいからね」
ため息交じりに言われて、遥はわずかに苦笑しながら首を振った。
「ちょっと恥ずかしいけど、学校の友達とこんなふうにお昼を食べたりしたことがなかったから、新鮮で楽しい」
「分かるー。アタシも毎日学校に通えるだけで楽しいもん」
「まあ、そうだね
……
」
一歌がなにかを懐古するように目を細めた。咲希の入院については前にちらりと聞いたことがある。先ほどの会話でも世間話みたいに「お見舞い」という言葉が出ていたし、こうして学校の昼休みに一緒に食事をするだけのことですら、かつての彼女たちには得難いものだったのだろう。
咲希はわざとらしく大げさなため息をついて、膝の上の弁当箱を捧げ持った。
「あーあ。いっちゃんが食べてくれないからおかず残っちゃった。せっかく頑張って作ったのになー」
「食べないとは言ってないでしょ? 咲希が頑張ってるのは知ってるよ。ほら、どれを味見してほしい?」
「えへへ。じゃあ、これ!」
ほうれん草の入っただし巻き卵にフォークを刺して一歌の口元へ持っていく咲希。
「いっちゃん。あーん?」
無垢なほど透明な笑顔で咲希は言った。
さすがの一歌も喉の奥で唸って、観念したように口を開ける。
「どう?」
「
……
おいしい。私はもうちょっと出汁が効いてるほうが好きだけど」
「ふんふん。はるかちゃんも食べる?」
「ふふ。じゃあいただきます」
遥もご相伴に預かり、「うん、おいしいよ」指で丸を作ってグッドサインを送る。
「天馬さん、毎日早起きしてお弁当を作ってるなんてすごいね」
「なに言ってるの。みのりちゃんから聞いてるよ、はるかちゃんこそ毎日何時間も家でトレーニングしてるんでしょ? 朝からジョギングとかしてるって」
「そうだけど、それはもうルーチンワークっていうか、生活の一部みたいになってるから」
大変だと思ったこともないし、むしろ何かの理由でトレーニングができない日はずっとモヤモヤして落ち着かない。『頑張って』すらいないのだ。
咲希は感心したように息を吐いて、空になった弁当箱をベンチに置くと、おもむろに遥の二の腕を掴んだ。
「わっ?」
「なるほど、その成果がこの引き締まった身体ってことですか」
むにむにと二の腕を揉まれる。「ふふっ、ちょ、天馬さんくすぐったい」「うわーっ、おなかもぺったんこ」今度は腹部を撫で回された。制服越しの微妙な感触がツボに入ってしまってこらえきれずに身を捩る。
「こら、咲希。桐谷さん困ってるよ。それくらいにしておきなよ」
呆れ口調で一歌が止めてくれたところで、ようやく咲希の手が離れた。
こんなふうにじゃれ合うのも新鮮な体験だ。みのりは無理だろうし、愛莉や雫はスキンシップが嫌いではないけれど、咲希みたいに無邪気な触れ方ではない。まだ他のクラスメイトとはここまで打ち解けられていないが、そのうちこんなふうに気兼ねなく接するようになれたらいいと思う。
本音を言えば、気兼ねなく触れたい相手がひとりいる。今は触れるどころか隣に並んだだけで「近い」と距離を取られたり、肩を叩いただけで悲鳴をあげられたりしているのだけれど。
知らない人が見たら嫌われていると思われてもおかしくない。
好きの反対は嫌いではなく無関心らしい。それを鑑みると、好きを煮詰めて凝縮すると、嫌いと見分けがつかなくなるものなのかもしれない。それをどうやったら薄めて伸ばして「好き」だけが見えるくらいにできるのだろう。
「桐谷さん? どうしたの?」
無言で考え込んでいたのを訝しがった一歌に顔を覗き込まれて、遥は慌てて首を振った。
「ごめん、ちょっと考え事」
「そう? 具合が悪くなったのかと思って心配したよ」
「もーいっちゃん、アタシじゃないんだからはるかちゃんはそんなにすぐ体調崩したりしないよ」
心配性だなあー、と咲希が肩を怒らせた。咲希が言うには一歌は物事を悪い方向に考えすぎるらしい。
「しほちゃんとほなちゃんのことだって、ちゃんと話し合って解決できたじゃん」
「あ、一緒にバンドを組んでるっていう幼なじみの人たち?」
特別な交流はないけれど、一歌たちから話を聞いているし、志歩については雫の妹なのでそちらからも話題にのぼることがあった。とはいえ、そこまで深くいきさつを聞いたことがあるわけではない。「なにかあったの?」首をかしげながら尋ねる。
「中学の頃、いろいろあってちょっとこじれちゃってて、あんまり話さなくなってたんだ。でも志歩も穂波も、本当は私たちのことを思って距離をおいてくれてて」
「そばにいるとアタシたちまで傷ついちゃうからって。そんなの気にしなくてよかったのにね」
なんだか胸の痛くなる言葉だった。
思いが強すぎてすれ違ってしまうことは珍しくもないのだろうか。花里みのりの人生を変えてしまったらしい桐谷遥。そこにある憧れは、濃密すぎて理解からは程遠い。
遥ちゃんみたいなアイドルになりたい。
何度も告げられたそれは、桐谷遥の偶像化だ。
どれだけ実像としての桐谷遥が隣に並んでも、彼女が見ているのは偶像ばかりで。
「天馬さんはいいな」
「え?」
尊敬してしまう。病弱で入院生活が長くて、ずっといろいろなことを我慢していただろうに。そんな様子は微塵も見せずに明るく振る舞って、会えずにいた間に思い出が美化されたっておかしくない幼なじみたちのこともちゃんと理解して受け止めて、今もこうして、遥のことを気にかけてくれている。
思わず頭を撫でた。「えー、なになに?」照れくさそうに笑って咲希が首をすくめる。
目の前にいる相手をちゃんと見ている天馬咲希と、誰を比べているわけでもない。
ただ、彼女がいいなあ、と思ったのだ。
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