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黒竹
2022-05-30 22:45:01
32064文字
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プロセカ
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#1 KISS ME IF YOU WANT?
【プロセカ】【みのはる】【MAKE IT REAL】
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きっと神様はわたしのことが嫌いなんだと、おさな心に悲嘆に暮れたものだった。
なにかと要領が悪く、さらにいえば運も悪く、器量は十人並みで突出した長所もなければ生まれ育ちも特筆するものはない。たとえばこれが誰かの作った物語だとして、ピントも合わない背景に写り込んだ通行人Aみたいな存在。
これから先、誰かに影響することなどなく、誰かに何かを望まれることもなく、平々凡々などこにでもいる誰かとして生きていくのだろうと、薄ぼんやりとしたイメージとして、そんな未来を想像していた。
数年後にそのイメージは音を立てて崩れ落ちるのだけれど、崩れた後に何も残らなかったのか、それとも瓦礫として何かが残ったままなのか、それは誰にも分からない。
おっそいわねえ、と桃井愛莉が愚痴のような口調で呟いた。さっきから画面をつけたり消したりしているスマートフォンの、待ち受け画面に表示された時刻はいつもの練習時間をとうにすぎている。屋上にいるのは三人。待ち人は来る気配がない。
「みのり、遥から何か聞いてる?」
水を向けられた花里みのりは申し訳なさそうに首を振って、どこか不安げな眼差しを愛莉に向けた。
「ううん。今日はいっしょにお昼を食べたけど、特になにも言ってなかったよ」
「遥ちゃんがなんの連絡もなしに遅れるなんて珍しいわね。クラスの急用でもできたのかしら」
みのりと並んで雫も首をかしげた。怠けることが嫌いどころか苦手とまで言う遥が練習に来ないなんて、槍が降ってもおかしくない。しかも無断でだ。グループで活動しようと決めてから今までこんなことは一度もなかった。
なにか事前の予定が決まっていたなら朝練のときに伝えたりメッセージで連絡なりをするだろうし、そうでなくとも一報くらいあって良さそうなものだ。「スマホの充電が切れちゃったのかな」「そんな、雫じゃあるまいし。充電を忘れるなんて遥らしくないわよ」「そうよね、私じゃあるまいし」「認めないでよ」
とりあえず愛莉が代表してメッセージを送ってみる。三分ばかり待ってみたけれど既読マークはつかなかった。
みのりが動揺を隠しきれずに小さく唸る。
「遥ちゃん、どうしたんだろう」
手持ち無沙汰に屋上のフェンスを掴んで、はふ、とため息をつきながら下に目線を落とした。愛莉もなんとなくつられて視線を地上に向ける。
「あれ? あそこにいるの遥じゃない?」
校舎の裏手、ひと気のない空間に佇む生徒の姿が見える。そちらに指先を向けると「あ、ほんとだ。遥ちゃんだね」みのりが愛莉の指をたどって、その姿を見つけた途端に呟いた。彼女が言うなら間違いないだろう。花里みのりが桐谷遥を見間違えるはずがない。
「あんなところでなにしてるのかしら」
「あら
……
? もうひとりいるみたいね」
雫が言うのに目を凝らしてみると、確かにもうひとり誰かいるようだ。木の陰になっていてさっきは気づかなかった。こちらは知らない生徒だった。
愛莉の眉根がキュッと寄せられる。復学したころよりは落ち着いたとはいえ、未だに遥が登校した際には注目が集まるし、腫れ物扱いが高じて良からぬ噂を立てる者もいると聞く。本人は「根も葉もない話ばかりだし、そのうちみんな飽きると思うよ」と気にしていない様子だったが、真に受けて遥になにかしようとする手合いが現れないとも限らない。
す、と眼下で遥が一歩下がる。相手がその距離を詰めるように一歩進んだ。
なんだか剣呑な雰囲気だ。そういう面倒な呼び出しだったら見過ごせない、と、愛莉が踵を返す。
「あ、愛莉ちゃん、どこ行くの?」
「遥が絡まれてたら大変でしょ。助けに行かなきゃ」
「わ、わたしも行くよ!」
「私も行くわ!」
三人、階段をできるだけの速度で駆け下りつつ、唇を引き結んで不安を押し殺した。ふたりがいたのはめったに人も通らない校舎の陰で、愛莉は頭の中で地図を描きながらそこへ急ぐ。遥になにかあったらただじゃおかないんだから。
数分で現場に到着し、愛莉は一気に突入しようとしたがみのりに後ろからシャツの襟ぐりを掴まれて急停止させられた。
「ちょっと、なにするのよ!」
「どんな様子か見てからにしようよ。屋上からじゃ何をしてるのかよく分からなかったし、あの人、遥ちゃんの友達でただお話してるだけかも
……
」
まあ愛莉だって遥の交友関係をすべて把握しているわけではない。みのりに言われて少し頭が冷えた。「
……
そうね」息をついて校舎の壁からそっと様子をうかがう。
遥は少々困ったような顔をしているが、怯えたりする様子はない。いくらか余裕も見えるし冷静に対応しているようだった。
「なに話してるんだろ
……
」
「しっ。ここからじゃよく聞こえないわね」
愛莉が呟いたその時、風がやんでふたりの声が三人の耳に届いた。
「ファンレター、覚えててくれたの!?」
後ろ姿も漏れ聞こえる声も覚えがない。みのりと雫に目線で尋ねるが、同時に首を振ってきた。彼女たちも心当たりが無いらしい。愛莉は三年生かしら、と内心で独白した。
遥が口元だけで微笑んでうなずく。
「イベントのたびに感想のお手紙くれてましたよね。いつも同じシールで封をしてたのが印象的で、よく覚えてます」
「うん
……
!」
感極まったような声。愛莉はみのりと顔を見合わせた。「あんたの同類ね」「うん、でも
……
」なぜか歯切れ悪く語尾を濁らせるみのり。どうしたのだろうと愛莉が首をかしげる。
単なる熱烈なファンのようだ。心配することはなかったか、と肩をすくめる愛莉に、雫がおずおずと話しかけた。
「遥ちゃん、なんだかちょっと困ってるみたいよ」
「練習に遅れるって連絡ができないのを気にしてるんじゃないの?」
「そうかしら
……
」
三人が壁に張り付いている間にも、向こうの会話は続く。
「私、ずっと遥ちゃんだけ見てて、ASRUNの新メンバーオーディションにも応募したんだよ! 書類審査で落ちたけど。でも遥ちゃんが宮女に通うって知ってすごく嬉しくて!」
「ありがとうございます。でもあくまで一生徒なので、そんなに特別なことでもないですよ」
あれ、と愛莉は無意識に唇を尖らせた。なるほど、みのりや雫が言うように、遥はどこか警戒しているような気配を発している。目の前の彼女は気づいていないようだけれど。
見覚えがある。遥に、ではなくて、その前に立つ少女の放つ熱量に。
「あー、あの子、もしかして」
「特別だよ。私、ずっと遥ちゃんのことが
……
。アイドルとしてじゃなくて、ひとりの人として好きだから!」
「
……
ガチ恋かー」
あちゃあ。声には出さずに嘆じた愛莉の隣でみのりはアワアワしていた。
なにせ国民的人気を誇ったアイドルだ。男女問わず誰も彼も魅了してやまなかった桐谷遥。ならば、『そう』なってしまうファンも同じ学校にひとりくらいはいるだろう。腫れ物扱いどころの話ではなかった。むしろ誰もが遠巻きにしていた中で、果敢に飛び込んできた勇気がすごい。褒められるものでもないが。
遥は微笑みを絶やさないまま、「ごめんなさい」と平坦に答えた。
「またアイドル活動を始めることになったんです。今はグループのことが大事でそちらに集中したいので、そういうのは考えられなくて」
「MORE MORE JUMP!でしょ? 知ってるよ、配信もいつも見てる。コメントもしてるんだよ。名前は──」
告白の勢いで詰め寄ってくる相手に、遥は微笑んだままわずかに身体の向きをずらした。真正面ではなく少し斜めになるような位置取りだった。柔らかな拒絶。構わず、少女は強引に遥の手を両手で掴んで自身へ引き寄せた。「あっ」こらえきれなかったのか雫が小さく呻く。愛莉は片手でそれを制して動向を見守った。
「今のグループって、事務所に所属とかしてないんだよね?」
「ええ、そうですね」
「なら
……
っ! 別に禁止されてるわけじゃないよね!?」
愛莉が手のひらで額を押さえた。頭が痛い。たしかに理屈の上ではそうだけれど、そうはいっても不文律というか、暗黙の了解というか、ファンが踏み込んではいけない領域があるだろうに。まあ明確に恋愛禁止を打ち出していたグループでもああいう手合いは現れていたので、いわんやフリーのアイドルをやというところではある。
これはさすがに止めたほうが良さそう、と足を踏み出しかけた愛莉の耳に、綿毛のように優しげな遥の声が届いた。
「禁止は、されていませんけど。
……
いえ、そうですね、
MORE MORE JUMP!
わたしたち
にそういうルールは特にはありません」
「じゃあ
……
っ」
「ごめんなさい」
さっきよりも遠くを見ている微笑みだった。まなざしは少女に向けられているものの、その瞳が結ぶ像はちがう姿をしている。
そう、まさしく、『眼中にない』と言っているのと同じ視線。
「それなら。そういう意味でも、大切な人がいます」
だからごめんなさい。掴まれていた手をそっと外して、両手をそろえ、深々とお辞儀をする。
これ以上ないくらい手ひどい断り方だった。
少女は何を言われたのか分からない、という表情で呆然とその場に立ち尽くしている。そんな彼女にもう言葉をかけず、遥は背を向けて校舎へ戻る道を歩き出した。
三人は壁に張り付いたまま固まっている。
「お、思い切ったわね
……
」
「いいのかしら、あの人、配信を見てるって言ってたわ。コメントで何か言われたりしたら
……
」
「遥のことだからそのへんのリスクは承知の上だと思うけど。それにしてもまさか無関係な相手に言っちゃうなんて。まあわたしたちがここにいるのを知らないからってのもあるでしょうけど」
やれやれとため息をつく。別にはっきり聞いたことがあるわけではないけれど、遥の想い人のことなんてとっくのとうに知っていたし、それに対して何かを言うつもりもなかった。彼女の想いを正しいとか正しくないとか区別する気もない。とりあえず見守っておこうと静観の構えを取っていたのだった。たぶん雫も一緒だろう。
しかし、面倒なことになった。告白してきた少女はまあいいとして、よりによってこんなタイミングで打ち明けなくてもいいだろうに。いや、出歯亀をしていたこちらに非があるのかもしれない。最初から姿を見せて話に割って入っていれば、こんなことにはならなかった。どうしようかな、と暗澹たる思いを感じながら斜め後ろを振り返る。
そこには顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべた花里みのりがいた。
「
……
あのね、みのり」
そんな反応にもなるだろう。誰よりも先にどこの誰とも知らない相手に告げられてしまったのだ。ショックも受けるに違いない。
「は
……
」
「うん、不可抗力とはいえみのりの気持ちは痛いほどわか」
「遥ちゃん、好きな人いるんだ
……
」
「え?」
思わず目が点になる。雫に目をやると彼女も突然バケツで水を浴びせられたみたいな顔をしていた。
みのりだけが唇を震わせてありえないほど動揺している。
「どうしよう、とんでもない秘密を知っちゃった
……
」
「ま、待ちなさいみのり。あなた、もしかして気づいてないの?」
「えっ、愛莉ちゃんも雫ちゃんも知ってたの!? あの、相手が誰かってあ待ってこれ聞いていいのかな!? 駄目? 知らないほうがいい!? だってきっと遥ちゃん内緒にしてるんだから勝手に聞いたらいけないよね」
あわわ、と両手を振り回すみのりに愛莉はどう答えていいか分からない。
雫が口元に拳を当てて愛莉の様子を伺ってきた。私はこう思ってたんだけど、そうだよね? 目線で尋ねてくる。愛莉は力強くうなずいた。それ以外考えられないでしょ。
みのりは落ち着きなく両手をさまよわせながら百面相をしている。
「誰なんだろ
……
うちの学校の人? それとも芸能界の友達だったりするのかな」
──あんただってば。
喉まで出かかった言葉をかろうじて飲み込む。
他の生徒ならともかく、毎日グループの活動やら練習やらで顔を合わせていて、あんなにあからさまな態度を取られているのに気づかないなんて、どれだけ鈍いんだろう。
それとも、最初から見えていないのだろうか。蝉の幼虫が空の青さを知らないように。そこにそんなものがあるなんて想像もしないで。
愛莉はみのりに気づかれないように細長く息を吐いて、彼女の肩をぽんと叩いた。
「この件に関してはこっちがどうこう言えるものじゃないわ。なにかあれば遥のほうから言ってくるでしょ」
「そ、そうだよね。遥ちゃんのプライベートだもん。関係ないわたしたちが野次馬みたいなことしちゃいけないよね」
あんたは当事者だけどね、と言いたいのをぐっと我慢。
みのりはやや落ち着いてきたのか、目を閉じて一度深呼吸し、動悸を抑えるように胸に手を当てた。
「そっか、遥ちゃん
……
。ASRUNの頃はそういう噂もぜんぜんなかったし、考えたこともなかったけど、遥ちゃんだって高校生だもん。好きな人くらいできてもおかしくないよ。でもどうしよう、友達として応援するべき? それともアイドルとしてそこには触れずにいたほうがいいのかな。は、反対はしたくないけど、もしアイドル活動よりその人を取っちゃったりしたら
……
ううん、遥ちゃんに限ってそんな」
「めんどくさいわね、あんた」
ファンとして、友人として、仲間として、それぞれの立場から思うところがあるらしい。穏やかならぬ心境を自分で制御できないみのりを、雫と両側から挟んで校舎に誘導する。
「とりあえず屋上に戻るわよ。今度はわたしたちが遥を待たせちゃう」
ずるずるとみのりを引っ張っていく。彼女はまだブツブツ言いながら考え込んでいた。
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