黒竹
2022-05-30 21:07:58
18510文字
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ワンルームでも広すぎる

【ルカミク】
「ビブリオテイクは狭すぎる」の続編。「君次第」のさじ加減は難しいですね、というお話。


 図書館が閉館してからは、ルカの終業を待つために近くのコーヒーショップに入った。キャラメルソースがたっぷり入ったコーヒーを舐めながら文庫を開いているけれど、内容がさっぱり頭に入って来ない。
 やっぱりルカはちょっと困っていたように見えた。唐突過ぎただろうか。けれど綿密に準備してお膳立てなんでするのは、それはそれで違う気がするのだ。
 ルカが望むのを待っていても良かったんだけれど、彼女のことだからいつまでも現状維持のまま、ミクをからかって遊んでしまう可能性が捨てきれない。それじゃあ駄目だ。
 それにしても落ち着かない。友達の家に遊びに行くのとはわけが違う。
 ミクが陣取っているのは、道路を挟んだはす向かいに図書館が見える窓際。ルカが来たらすぐに判るこの席は、数秒ごとに目を外に向けてしまうので読書には都合が悪かった。しかしそうでなくても、きっと本などゆっくり読めはしなかった。
 コーヒーがなくなってから十五分ほどしたところでルカが姿を見せる。すぐさま本をバッグに放りこんで立ち上がり、トレイを返却すると早足で彼女へ向かった。
「そんなに急がなくてもいいのに」
 開口一番、ルカは独白めいた口調で言って、ミクの頭を撫でた。
「だって、出来るだけ長くルカさんといたいし……
……ミクちゃんって無自覚で殺し文句連発するから困るのよね」
「え?」
 ほとんど口の中だけで呟かれたのではっきり聞こえなかった。なに?と聞き返したらルカは複雑な笑みを一瞬浮かべて、それを隠すようにニッコリ笑って頬を引っ張ってきた。
「ミクちゃん、ほっぺ柔らかいのね。赤ちゃんみたいで触り心地いいわ」
「にゃあぁ、子どもから赤ちゃん扱いになってますよっ」
 下がっている。ものすごくポジションが下がっている。これでも立派な高校生である。まあ胸とかなんか色々と発育不良ではあるけれどもっ。クラスの男子が一部、女の価値は胸で決まるとかほざいていたけれどもっ。
 その価値観を持ち出すなら、目の前の彼女はかなりの価値がある。そうでなくても、ミクにとっては誰よりも貴重な存在だ。
 己はどうだろう。彼女にとって価値ある存在だろうか。
「ルカさん、ほんとにわたしのこと好きなの?」
……え?」
「迷ったっ。今ちょっと迷ったよね!?」
「そうじゃなくて。驚いたというか、思ったよりショックだったというか。まさか疑われてるとは思わなかったわ。からかいすぎたかしら」
 息つきを挟んで、
「ミクちゃんが好きよ」
 きっぱりと言い切った。
 さすがにそれを嘘だとは思えない。照れ笑いが無意識に出てきて、誤魔化すように彼女の腕をとった。
 駅に続く地下通路を並んで歩く。ちらりと隣を見やる。組んでいた腕は階段を降りる時にほどいてしまったので、二人の間には拳ひとつ分ほどの隙間が空いている。
 手、つないでもいいかな。尋ねる前に一瞬触れ合ってしまって、かぁっと顔が熱くなった。
 どうしよう、絶対にバレる。
 ルカの視線が頬のあたりに感じられた。それから呼気だけの笑い。「手、つなぎましょうか?」やっぱりバレた。
「でも、人、いるし」
 帰宅ラッシュの真っただ中、通路は駅に向かう人たちでごった返している。
「別に他人のことなんて気にしないわよ。混んでるし、はぐれないように。ね?」
 するりと温もりが手のうちにすべりこんできて、逃がさないように彼女の手のひらが閉じ込める。その体温にミクは少々動揺した。どうしようこれはいわゆる恋人つなぎだ。変に思われたりしないだろうか。
 他愛もない会話をするけれど、ミクの方はどうしてもぎくしゃくしてしまった。ルカも判っているようで、時々気遣わしげな表情を浮かべている。
「あのね、そんなに固くなることないのよ? うちは一人暮らしだし、気を使うこともないから」
「だだ、だって、初めてなんだよ。緊張くらいするよ」
……まあ、そうでしょうけど」
 どことなくルカの声が浮ついたように思えた。くそう、好きな人の家に遊びに行くだけでわたわたするのがそんなに面白いか。
「ミクちゃんがそんなふうになるのも今日限りでしょうし、せっかくだからよく見てようかしら」
「そ、そうかなぁ。すぐに慣れたりしないと思うけど」
「きっかけ一つで変わるものよ」
 そういうものなんだろうか。けれど確かに、これから自分たちは次のステップに進むのだ。あるいはスタートラインに立つだけかもしれないが。
 つないだ手は熱くも冷たくもなくて、これが大人の余裕というものかとミクは感慨深げにその感触を噛み締めた。