🔷【安寧の灯『序幕』】







……一方で「この世」では。


「ヨミ橋から飛び降りたにもかかわらず、よく生き延びてくれた。いや、あいつのおかげか。過程はどうであれ、今ここに真琴がいてくれることが何よりも嬉しい」

ベッドで横たわる真琴を慈愛に満ちた瞳で見つめる青年。彼の名は安栖あずまい
安栖はあの日、村の見回りをしている最中にヨミ橋の下を流れる川沿いで、倒れていた真琴を見つけた。駆け寄って状態を確認したときには真琴はすでに息を引き取っていた。


安栖は真琴が生まれる前日まで、白神家の相談役として影から支えていた。そして真琴の名前をつけた名付け親でもあり、真琴が生まれる日を誰よりも楽しみにしていた男だ。
しかし真琴を男として育てると言って聞かない白神家当主に、赤子に自己主張する術が無いのをいいことに、親の思い通りに育てることは許さないと真っ向から反対した安栖。結果、安栖は相談役の座を剥ぎ取られ、白神家に二度と立ち入るなと出禁にされたのだ。
それからも安栖は何とかして真琴を連れ出せないかと画策していたが、警戒心が強すぎる白神家当主によって幾度となく阻止されてきた。そのため真琴は小学校に行かせてもらえず、軟禁に近い状態で閉鎖的に育てられることとなったのだが。


話を戻すと。
すでに息を引き取っていた真琴を安栖は無我夢中で抱きしめて祈った。
「真琴を生き返らせてほしい」と。
助け出せる機会なんていくらでもあったのに、白神家当主の阻止に怯えて結局何も出来なかった己を強く責める。あの何のメリットももたらさないしきたりを頑なに守る家にいてもろくな事にならない。実際に今まで不幸な結末を辿った数々の後継者たちを目にしてきた安栖は強く分かっていた。無理やりにでも連れ出して二人で遠くへ逃げればよかったのに。
死んでしまったらもう助けられない。助けたい。そのために生き返らせるのは傲慢だと心の片隅では分かっていた。それでも祈らずにはいられなかった。


すると。

「生き返らせましょう。その娘の命を、魂を呼び戻しましょう」

どこからか女性のような声が響き渡った。

「そのかわり、あなたたちに代償を与えましょう。死んだ命を生き返らせるのは禁忌そのものなのだから。文句は受け付けません」

ふふふ、と楽しそうな声がしたのを最後に辺り一面が白い光に包まれる。光が消えた頃、ふと安栖の腕の中にいた真琴に温かさが戻っていることに気づいた。トクトクと正常な鼓動音も聞こえる。
生き返った。奇跡のような人智を超えた力で。
安栖は感情や気持ちが上手くまとまらないまま、真琴を慎重に抱えて立ち上がる。ひとまず帰ろう。帰って安全な場所で真琴を休ませよう。
そもそもここに何故真琴がいたのか未だに不明だ。不明だがここに真琴がいるということは、きっと今頃白神家では行方不明になったと大騒ぎになっているだろう。白神家の人間に見つかるより先に帰らなければ。


安栖の家は音羽神社のすぐ近くにある。立ち入り禁止区域の旧音羽神社とヨミ橋から正反対の位置。羽織っていた外套で真琴を包んで、足早に帰宅する。音羽神社の前を通過しようとしたとき、不意に真琴の身体が軽くなるのを感じた。安栖は咄嗟に真琴の胸に耳を当てる。鼓動は正常なまま動いている。
次いで神社の方を振り返る。すると淡い人影が鳥居をくぐっていくのが見えた。後ろ姿しか見えなかったが、人影は真琴だった。

「いったい何が起きている?今夜はいろんなことが起こりすぎている」

呆然と立ち尽くしていると、遠くから人を探すような声が聞こえた。このままここにいてはまずい。安栖は神社の奥を睨むように凝視して、

「そっちは頼んだぞ。案内」

と短く告げて、家に向かって駆け出した。