🔷【安寧の灯『序幕』】





中学3年生の夏。8月中旬。
今日も夜遅くに両親がケンカしていた。その最中で母親が「あんな子、産まなければ私たちは幸せになれた!!」と涙声でヒステリックに叫ぶのを聞いてしまった真琴。
気づいたときには真琴は家を飛び出して走っていた。
生まれたときから女ではなく男として育てられ、両親の期待に応えるため努力し続けてきた。
だけど。

「それは全部無駄だったんだね」

真琴は一目散に唯一の心の拠り所だった音羽神社――灯様の元へ駆ける。

「今までのお礼とそしてお別れを言わなきゃ。それでその後は、どうしようかな……



息が絶え絶えになりながら神社に足を踏み入れる。夜の神社は薄暗くて肌寒かった。今までは明るい時間帯にしか来ていなかったから、新鮮で不気味に感じた。
膝を折りたくなる気持ちをこらえて、灯様の元へと歩く。暗い中でも鮮烈に光るオレンジ色の光。息を整えながら手を伸ばそうとしたとき、背後からカラコロと下駄を鳴らすような音が聞こえた。反射的に振り向くが誰もいなかった。空耳かと思って再び灯様のランタンへ向き直り口を開く。
夜に訪問したことへの謝罪から始まり、ここに来た経緯を話し、今まで心を癒してくれたことへの感謝を伝える。最後に「今までありがとうございました。そしてさようなら、わたしの大好きな優しい神様」と別れを告げて神社を後にした。


神社を出た真琴は導かれるように村の立ち入り禁止区域、ヨミ橋へ来ていた。
真琴は橋の欄干に手をかける。橋の下を流れる川までかなりの高さがある。落ちたら助からないだろう。仮に助かったとしてもこんな遅い時間に立ち入り禁止区域の近くを歩く者はいない。
真琴は気が変わらないうちに勢いよく身を乗り出し、真っ逆さまに落下する。
目を閉じる直前、見慣れたオレンジ色の光が見えた気がした。