しろくまたたくはくしゅんさん
2023-07-03 12:12:46
13191文字
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【アルカヴェ】あとは野となれ、

もしかしたらカヴェアルかもしれないくらいのアルカヴェな話。推敲はしてない



 顔面が花の人間と暮らし始めて一週間経ち、二週間経ち、三週目に入る。戻る気配は無い。初めは外出を嫌がっていたアルハイゼンだけれど、僕が無理やりシティに連れ出し好奇の目を遮るように周囲に話せば、みんな自然と受け入れていった。一年に一度くらいはみんなも見かけているのだ。慣れればまあ、さほど不思議には思わなくなる。
「うん、これがいいな」
 自分用の食料の買い出しと、それから花瓶を買う。アルハイゼンはその間、道端やベンチに座って日光浴をしていることが多いが、花壇や脇道の花の声を聞いていることもある。驚きだけれど、アルハイゼンには花の声らしきものが聞こえているのだという。嘘だろう、といくつか文献を漁ってみたが、確かに言う通り、謎の音声が聞こえるという症例がいくつかあった。
 一体どんな声なんだと尋ねたら、〝言語化は難しい〟〝だが、やってみよう〟と意欲をもって取り組みだした。リビングの「花面病について」のメモの箱は積もる一方なので、いつか論文で発表されるかもしれない。
「お待たせ」
「ん、」
 疑問、不思議、好奇心の意味をもつ花が生え変わって、稲妻藤が咲いた。それから、手をつなぐ。道や人を認識できるが、足元の段差や小石は認識しづらいという。移動の介助はもっぱらこうだった。嫌がるかと思ったけれど、どちらからともなくつないだから離せなくなった。
「あ、帰って来た」
「ティナリ!すまない、出かけてた!」
「ううん。約束もせずに来たのは僕だし、今来たところだよ」
 家の鍵を開け招き入れる。食料をキッチンにもっていっている間に、ティナリはアルハイゼンの診察を終えていた。
「よければお昼、食べていきなよ」
「いいの?じゃあご相伴にあずかろうかな」
「んむ」
 あまり待たせるわけにもいかない。朝の残りと焼きたてのバターチキンをくるんだシャワルマサンド、それから作り置きのミントビーンスープを温めると、食卓に持っていく。
「これ、すごいね。良いアイディアだと思う」
「だろ?」
 アルハイゼンがよく日光浴をするカウチの横には箱がある。そこから出ているのは長い長い紐だ。必要の無いメモやとりとめのない紙片は散らばっているが、意欲的に取り組んでいる花との会話とその言語化については後で見返す時が来るかもしれないから、紙に穴を開け紐に通しているのだ。
 ティナリと食事をしている間、アルハイゼンはアンプルを割り水に溶かしたものを飲んでいる。相変わらず不快感を咲かすが、最初に比べてかなり控えめになった。
「おいしくなくてごめんね。ビマリスタンでも疾患があるたびに改良していってはいるんだけれど」
「む、う」
「仕方ないってさ」
「言ってることがわかるの?」
「まあそれなりに。花も雄弁だしな」
 ふわ、ぶわ、ふわ、と絶え間なく花が咲き、散っていく。その中に食べられる花を見つけて、つまんで食べた。び、とティナリの尻尾と耳が驚き立った。
「これ、結構好きな味なんだ」
「だからって人の顔から生えた花を食べる?普通……。ま、嬉しそうだしいいのかな」
「うん?」
 ティナリの視線の先を追い、アルハイゼンの顔を見るがもう花は散ってしまっていた。感情のまま咲き乱れる花の絨毯の中から今芽生えて散った感情を探すのはなかなかに大変だ。
 ティナリを見送ると、アルハイゼンは裏手の庭で剣を振り始めた。呼吸は草花がするので激しい運動は無理だが、日常動作や軽い運動くらいなら、と許可されていた。僕はその様子を見守りつつ、スケッチブックを手に取る。ここ最近はずっと花を描いている。だって、遠くまで足を伸ばさなくても毎日いろんな、まったく違う花が見れるんだぞ?表情が変わらないアルハイゼンでも心情はこんなにも豊かなんだな、と花面病にむしろ感謝すら覚えていた。
「うん?」
 手元が陰る。アルハイゼンがそこに突っ立っていた。ふら、ふわ、と花びらが散ってくる。僕の手からペンを奪うと、スケッチブックの隅にさらりと書かれる。
〝君は、俺がこのままのほうが嬉しいか〟
……そんなわけ、ないだろう」
 やや一拍置いた返事に、アルハイゼンの顔から芳香が漂ってくる。紫色の密生────ラベンダーだ。
「わかったわかった。素直に話すよ。僕は別に……、君がこのままでもいいと思っている」
…………
「僕だって実入りが無いわけじゃないし、君が教令院を辞めることになったとしても、二人で暮らしていけるだけの生活力はあるさ」
……。ん」
〝君の理想はどうなる?〟
「僕の心配をしている場合か?君は君のことだけを考えればいい!」
 そもそもアルハイゼンという男は究極の個人主義を体現している。僕が居ても居なくてもさして問題なかった生活に、勝手に転がり込んでいるのは僕の方だ。たとえアルハイゼンが病で伏せって倒れたとしても、それは変わらない認識だった。
 ふん、と鼻息を鳴らすと、アルハイゼンは家の中に戻っていく。その日の残りの時間、アルハイゼンは日光浴に努めると、動きが鈍くなる前に就寝した。

「アルハイゼン?」
 アルハイゼンの部屋の前、ノックをするが漂う花の香りはしない。日が昇ると同時に活動しだすから、今朝リビングにいないのはおかしいと思ったけれど。扉の向こうから風が流れてくる。今日は部屋で日光浴をしているのだろうか、と考え首を振る。アルハイゼンの部屋はそれほど朝日が入らない。ノックをもう一度すると「入るぞ」と声をかけてから扉を開けた。
 泥。
 泥、ぐちゃぐちゃにされたシーツ。泥。踏み荒らされた部屋。
「な、」
 あけ放たれた窓の枠に近づく。夜中に降った雨にまとわりついた複数人による靴裏の泥は、とっくのとうに乾いていた。挽きたてのコーヒー豆もそのままに、僕は朝の見回りをしている三十人団の人を呼び止め「マハマトラ!マハマトラを早く!!」と混乱のまま叫び、夜勤明けのセノに「アルハイゼンが連れ去られた!」と伝えた。彼は冷静で、すぐに僕たちの住む家に来ると元素視覚を使う。
「元素を使って争った形跡がないな」
「花面病にかかると、日光の無い間の意識レベルは各段に落ちる。抵抗なんてできやしない!」
「なるほど」
 僕も視覚で探ってみたが、元素を使っての戦闘の痕跡はない。何も見えない。頭を抱える前にメラックを連れ三十人団の捜索に加わった。騒ぎを聞きつけたビマリスタンの生論派の人たちが探すためのアイディアをくれた。
「眠っていても、花を散らすかもしれません」
「なにせ我々は、夢を見るようになったのですから」
「ああ────そういえば朝になると一面花になってる」
 感じていない意識の奥底の感情ですら咲きだす花面だ。なにも覚えていないとしても、花は勝手に咲いては散っていく。
「普段見かけない花や、季節にそぐわない植物を見つけたら、それが手掛かりになる!」
 といっても、全員が花に詳しいわけではない。教令院にいる植物に詳しい生論派に手あたり次第声をかけ、レンジャーにも要請をだすと大がかりな捜索を始めた。
 僕はというと、昼の発言を後悔していた。アルハイゼンが花面病のままで良いわけがない。性格が悪く敵が多いんだ、夜は無防備になり昼夜叫べない状態というのは恰好の餌食じゃないか!
「アルハイゼン!」
 名を呼んでも、大きな声で返せるわけがないのに叫んだ。知論派にとって本を読めないことがどれだけ苦痛か。文字だけでも学術の発展はできるかもしれないが、最も得意とする議論もとい口論ができないことがどれほど退屈か。
「カーヴェさん、これ!」
 ここ数週間でずいぶん花のことに詳しくなった僕は、マハマトラと組んでいた。草と草の間に落ちていたのは、白いポピーの花。わずかに覚醒し、眠さから抜け出せないときに散らしたのだとわかる。
「よくやった。僕はこのまま跡を追う。君は他の人に声をかけてこのルートを教えてほしい」
「カーヴェさん、一人では危ないです!」
「大丈夫、僕は神の目を持っているんだ。メラックもいるしね!」
「ピポ!」
 別れ、そして走る。無事でいてくれ、と願いながら、花びらの痕跡を追う。道から逸れ、野生の獣たちや魔物の気配がする森林に足を踏み込む。木や茂みなど遮蔽物が多く、花びら一枚探すのですら困難になっていく。
「ピ!」
「ん、何を見つけたんだい?」
 メラックが木の傍に寄ってスキャンしている。わずかだが、切込みがあった。
「さすがだメラック!」
 すい、と手持ちの部分を撫でてやる。それから、瞼を閉じ、次に開ければそこは神の目 ぼくらの世界。人によって見え方が違うらしく、僕には素描のような世界が一面に映る。元素の跡があれば、さあっと絵具で色付けしたように見えるのだ。
「これは、アルハイゼンので間違いないな」
 人によって水彩、油彩、パステル、と画材が違って見えるがアルハイゼンは特にわかりやすい。グヮッシュだ。鮮やかな深緑がすっと森の中を抜けている。それを追って森の深い場所までくると、人の気配がした。
「メラック」
 ふ、とメラックから顔が消える。スリープしたわけではなく、わずかな明かりが敵に見つかる可能性から消したのだ。賢い相棒を腕の中に納めつつ、犯人の様子を伺う。アルハイゼンは────無事そうだ。手足を縛られてはいるが、花をむしり取られたり刃物で切られた傷はなさそうだ。見張りが二人、向こうに座って地図を広げているのが二人。寝室にあった足跡から複数人いると解っていたが、四人か、それ以上か。
 さて、どうする。
 神の目を持つ者に共通点なんていくらでもあるが、そのひとつに戦闘力の高さがある。遺跡に潜り砂漠も渡り歩いているので素人よりは腕が立つ。もっとも、僕の専門は建築や機関学だが。
 地図を確認し目的地を決めた犯人グループはどうやら、この場を動くようだ。マハマトラたちを待つのが最適解だったが、この次彼らが足を止めることは無いかもしれないし、道中アルハイゼンが無事である保証はない。
「メラック!」
「ピポ!!」
 木陰から飛び出した。むこうが驚き体勢を整えている間に距離を詰める。勢いだけのようだけれど無策ではない。
「なんだ!マハマトラか!?」
「コイツ──建築家のカーヴェだ、見たことがある!」
「追手かっ、面倒なァ!!」
 剣筋をかわし、大剣を振るわせる。いくつか持っている釘を投げ、向こうから走ってくる男を牽制しつつ、叫ぶ。
「アルハイゼン!君は理想が好きだよな!!?」
 呼びかけに反応するアルハイゼン。そこには何やら素朴な、花とも言えない野草のようなものが群生しだした。僕の草の元素だけでは四人も相手は無理だ。だから、力を貸してほしい。
「今だけでいい!────理想の夫婦を想像してくれないかっ!!」
 群生が一挙に生え変わる。その花畑の色は七色に変わり、感情が入り混じったが、すぐに目的の植物が伸びだした。一体なにを考えたのだろうか、と一瞬頭をよぎったがすぐに目の前の誘拐犯たちに集中した。
「ありがとう、最高だよ君ってやつは!」
 褒めると、また花が生え変わる。ぽろ、ぼとぼと、と厚い果肉が落ちていく。それが必要だと悟ったアルハイゼンが、それらを蹴ってこちらに寄越した。その間も再び顔からは多肉植物を生やし続けている。
「その調子で頼む!」
 こちらに届いたその厚い葉を切れば、刃先が潤う。その植物の名、というより総称はブロメリア。貯水の機能をもつ植物たちだ。
「スキャン!」
 つぼみが周りに浮き出る。メラックで横に薙ぎ払い、地面に散らばる葉を切り刃に水を含ませる。
「ひい!」
「クソ、らちが明かねえッ」
「おい、これが見えねえのか!」
 アルハイゼンの頭を掴み首にナイフを沿わせている実行犯の一人の言葉。僕は相変わらず大剣を振りつつ、「止めたほうがいい」と返した。
「止まれ!コイツがどうなってもいいのか!」
「君たち四人がかりで僕を相手する方がまだ勝率があったのに」
「は、?──っ!う、わ、ッ!い、いでェッ!?!やめっ!!」
「感情を切り替えることはできるけれど、止めることは難しい」
 アルハイゼンの顔が真っ黒に染まっている。滑らかな黒の葉や茎はとげがあり、背後の敵に絡みついている。茨の檻に入れられた誘拐犯は戦意を消失し、自分を傷つけないために縮こまる滅多に見られない黒いバラを美しいと眺めている場合ではない。
「メラック、着工だ!」
 メラックの中にため込んだ元素を最大限発散させる。体中に元素力がみなぎり、空間が自分の思い通りになっているような錯覚に陥る。体力的な消耗を忘れ、メラックを操り切り込んでいく。
「はっ!ふっ!──はぁあッ!!」
 ゴッ、と大剣を大男の脇腹に入れて吹き飛ばす。はぁ、はぁ、と早まった呼吸を納めてから、まだ黒いバラを咲かせているアルハイゼンに「もう大丈夫だぞ!」と言葉を投げかけた。最後に本当に真っ黒で美しい黒いバラを咲かせると、花の色がゆっくり淡くなっていった。最後に朝焼けのような薄桃色になると、アルハイゼンの体は傾倒した。