しろくまたたくはくしゅんさん
2023-07-03 12:12:46
13191文字
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【アルカヴェ】あとは野となれ、

もしかしたらカヴェアルかもしれないくらいのアルカヴェな話。推敲はしてない



 アルハイゼンは長期の休暇を余儀なくされた。メラックが平面の文字を認識できないように、アルハイゼンもまた、平面に写された文字は読むことはできない。書くことはできても、ぐちゃぐちゃになってしまう。書記官としての仕事がほとんど遂行できないのだ。
 それより深刻なのは、彼の生活の大半を占める読書ができないことだった。スメールにおいて盲目の人に対して学問の道が開かれていないわけではない。音声認識で知識をやり取りできるアーカーシャ端末はそのためにあるといえるほど優秀であったが、現在取り扱うことは禁止されている。では、アルハイゼンの持つポータブルプレイヤーはというと、音楽を聞くのが主だし、市販の音声化されている学術書はそれほど多くない。
 であれば、僕が音読をするしかあるまい、と本を数冊持ってきて読み聞かせようとしたがすぐに黄色いカーネーションが咲いた。
「なんだ?ええと……、黄色いから……。なっ、!君ねえ、人の善意をなんだと思ってるんだ!」
 花の知識はある。生論派ほどではないが、アルカサルザライパレスを建築するときに学ばせてもらったので苦労はしない。けれど、花言葉となれば別だ。花はどれも魅力的で美しいのに、言葉は信じられないほど悪い意味を持っていたりする。
 ともかく、嫌がっているなら無理強いはしない。というより、僕の手をあまり煩わせたくないようだ。長らく傍にいるからわかる。アルハイゼンは僕の仕事に対し嫌味は言うけれど作業自体をやめさせようとすることはない。……さすがに四徹しようとしたときは寝室へ押し込まれたが、その時くらいのものだ。
「ふん」
 アルハイゼンは自分から散った花びらを集めると、麻袋へ無造作に入れていく。感情が出る度に咲き誇っては散っていくのだ。毎日ものすごい花びらの量が排出されるので、農家さんが肥料にするだとか、衣服店が染料になるからありがたいと引き取りに来てくれるのが、逆にありがたかった。
 アルハイゼンの顔にはたいてい、デイジーや木瓜という稲妻の花、それにオリーブなと緑色の葉が生えている。平和、平凡を示すそれらを見ていると、今はたいして不満はないらしい。
「僕は作業してるから、何かあったら呼んでくれ」
 リビングの窓を開け、光が差し込むとアルハイゼンはそこに寝転ぶ。花が呼吸するように揺れ、咲き、花びらを散らしていく。本当に面白い土壌だ。動く花壇、まさしくその通りで、国も環境も関係ない、ただその人の感情のままに咲く花たち。地上ではみることができないであろう、理想の花畑かもしれない。
 そんなことを考えていたせいか、思いついたデザインが花をモチーフにしたものになってしまった。依頼主からの注文から離れてしまったので、これはまた別の機会に利用するとしよう。
 ティナリからもらった図鑑を手持無沙汰にめくっては、デザインに落とし込んでいく。仕事に関係なくインスピレーションのまま描くのは楽しく、没頭してしまう。
「はっ、!」
 気が付けば太陽が高くなっている。窓から漂う昼食時の良い匂い。お腹が空いていることも忘れて集中していたのか。リビングを覗くと、アルハイゼンは朝と同じ恰好でカウチに横になっていた。
「ってうわあ!体がものすごく熱いぞ!君!」
「む……?」
 顔が見えない分、熱っぽいとか苦しそうというのがすぐにわからない。ただ、花は元気そうなのでそこまで深刻ではないのかもしれない。霧吹きで花から体まで全体に水分を振りかける。服が濡れたことが嫌だったのか、アザミを咲かせつつ起き上がるアルハイゼンの動きはやや緩慢だ。
「ほら、もっとこっち。陰に入るんだ」
 すぐに蒸発するくらい火照った体に霧を吹きかけつつ、隣のカウチに移動させる。体調と花のバランスを見ろ、とはこういうことなんだろう。土壌として生活する分には自然と同じようにずっと日向で構わないが、人間だとそれでは熱中症を起こしてしまう。花であり、土であり、人間の状態であるアルハイゼンには、その判断が今は難しいのかもしれない。
「水を飲もう」
「ん」
 モノの形は見えているから、水をコップに入れてパイプを突っ込んでおけばアルハイゼンはごくごくと飲み始める。肌は熱いが、汗はかいていない。花や根に水分を奪われているのかもしれない。
「こまめに体を保湿しないと。霧吹きが嫌なら化粧水やクリームでもいいのかな?後で聞いて来るとしよう」
 ぢうー、とすごい量で水が減っていく。ふわ、ひら、と花びらがアルハイゼンの周りに散っていくのは神秘的で、美しくて、でも、このままではいけないという警告が頭に響いた。
「むぅ」
「栄養剤か?水でお腹いっぱいになってないか?」
 尋ねれば、こく、と頷く。素直だな、と思うけれど、口が無ければ議論も反論もできない。言語を大切にする知論派にとってそれは、武器を奪われたに等しい。
 ぱきん、とアンプルを割ってコップに注ぎ、水で薄めた。再びちうちうと吸い始める。透明なガラスパイプの中を、色のついた液体が通っていく。が、あまり美味しいものではなかったらしい。けふ、と咳き込むと顔を離してしまった。それから花が散るとぎぎぎ、と嫌な音がした。
「っ!?う、わ、ぁ!?!」
 ぎゅぱ!と朱色の花────これは花なのか?を咲かせ、にょきにょきととげのある葉がうねった。花はわからないが、葉はわかる。アロエ、これはアロエだ。それからとげとげしい紫と白の花。攻撃的な花々はどれも拒絶や嫌悪を示していた。驚いて大声を上げてしまったことも、食事を看られているのも、アルハイゼンにとっては嫌な事だったのだ。
「ごめん…………。キッチンに行ってくる」
 ぼと、ぼと、と多肉植物が落ちる音。怖くて振り返ることはできなかった。花を見れば、アルハイゼンの気持ちが手に取るようにわかってしまう。いつも不愛想な顔をしている顔の裏で、一体何を考えているのか。それは本人が意図しないところでさらしてはいけないもののはずだ。
 軽食を取り、リビングに戻るとアルハイゼンは栄養剤を飲みきっていた。落ちた多肉植物やアザミや、見たことの無い花が落ちている。とげのついたそれらは衣服やカウチに刺さっていた。
「アルハイゼン」
 鋭いとげは、人間の肌をも傷つける。元々砂漠に生えているそれらは、水分を蓄えた自らを動物に捕食されないよう他を傷つける進化を成し遂げたのだ。
「血が出てる。これは僕が処理するから、じっとして」
…………
 先ほどの異常に熱い体もそうだったけれど、痛みも植物寄りになって鈍くなっているのかもしれない。幸い指からの出血は滲むくらいで済んでいる。散らばっているそれらに毒花はないことを確認すると、棚から応急処置の道具を取ってきた。脱脂綿に消毒液を染み込ませ、傷のある指に軟膏を塗り、包帯を巻く。
 周りに散らばる植物を片したのはそれからだ。アロエの葉はティナリに渡せば薬や保湿剤にしてくれるかも、と麻袋とは別に入れ物を探して入れた。紫いろのにょきにょきとした花?は調べるために手元に残しておく。匂いが土っぽいし、野菜や穀物の花なのかもしれない。
……む、ぅ…………
 呼ばれた気がして振り返る。また紫色の花を咲かせている。まるで毛のように細かい花びらだ。見たことの無い花だが、あまりいい意味ではないのだろう。
「うん?」
 首を傾げ、アルハイゼンの行動を待つ。手を差し出されたので、ここで握手?と疑問に思いながら手を差し出せば、両手で丁寧に包まれ広げられる。それから指先でくすぐられると、手のひらに文字が書かれているのだと理解した。
「かみ と、 ぺん……?ああ、そうか。書くことはそこまで難しくないのか」
 正常な人間と温感は違うが、圧点はそこまで違わないらしい。それから視覚も、おおよその形が分かるのであれば書いた軌跡を追って「どんなふうに動かしたか」「どこまで書いたか」くらいは認識できるだろう。
「わかった。ちょっと待ってろ」
 うーん、と思案する。もちろん、ペンも紙もすぐに用意できる。けれど、用意したのはデッサン用の木炭と、一枚の紙を四つ切にした紙片だ。
「む。」
「そう渋るなよ。インクだと定期的に補充しないといけないし、乾いていないところにさわると汚れる」
「ふぅ」
「紙は丸ごと一枚だと、どこまで書いたか途中でわからなくなって、かぶせて書いてしまうかもしれない。だったらワンフレーズ書いて、箱に捨てる。な、合理的だろう?」
「ふむ」
 君にしてはよく考えた、と言いたげだ。紙の束と木製のペーパーナイフも置いておけば、暇なときに紙片を量産できる。アルハイゼンの顔から、三つの葉っぱが生えてきて、白や黄色い花を咲かせた。そのうち一つはよく見かける。クローバーだ。もうひとつは似たような葉を持っているが、違う花を咲かせている。あ、四つ葉。うっかり摘まないように指を丸めつつ、アルハイゼンがなにか書いているのを見守る。
「なになに……。〝世話は、いらない〟……?そんなわけあるか!熱中症になりかけてた奴が何を言う!」
「むん」
 アルハイゼンは紙を木箱に払い捨てると、つらつらと書きだしていく。〝必要ない〟〝いつも通りの生活を続けろ〟〝というか、世話も面倒だろう?出ていくといい〟
「────アルハイゼン……
 君、自分が今どんな花を咲かせているか知っているかい?そう尋ねると先ほどのようになりかねないので、隣に座りまだ書こうとしている手の甲に触れた。
「君に僕が必要ないことはようくわかってる」
 濃く、艶やかな香り。黄色いユリの花びらに鼻を寄せた。
「でも、僕はこの家を出ていかないし、」
 大きな花と花の間にみえるのは、白い蒲公英だ。かわいらしい花のさらにその奥。わずかに揺れる眼光に光は無い。
「君が面倒なのはいつものことだろう?」
 顔面の花畑を優しく、かすめるように撫でた。さわふぁ、と音が鳴って、一面がクリーム色の花に変わった。みずみずしい匂いに、顔を寄せて息を吸い込む。わずかに、アルハイゼンの匂いも混じった。
「璃月で見たことがある花だ」
 意味は調べなくとも、なんとなくわかる。アルハイゼンは暑苦しそうに僕の体を押しやって、木炭を取ると〝好きにしろ〟とだけ書いて僕に押し付けた。