不破
2023-02-18 21:26:03
5641文字
Public 空戦
 

#13




 ケーニヒスベルク、軍本部である摩天楼。その中腹に位置する展望台を兼ねたラウンジは、休憩に訪れる軍人達が僅かな時間を使って世間話や情報交換を行う、所謂憩いの場となっている。そんな場を訪れることはしばしばあったが、自らが所属する隊が全員揃って、と言うのは珍しい光景だった。シミュレーションルームからの帰り、隊の談話室へ戻る前に少しばかり休憩していこうと言うウメの提案を渋々ながら受け入れた、隊長のアンタレス。そもそも、彼がこういう場を好まないことは以前からわかっていたことだし、3番機であるセシアも、こういう場に適応できないわけではないが、どちらかと言えば自分達の占有スペースに居ることを好む。こういう場に率先して出入りするのは、4番機であるウメくらいなもので、2番機となったアレン自身もまた、取り立ててこういう場に顔を出す方ではなかった。

「ウィンズレットからの宣戦布告のニュースばっかりですね、やっぱり」

「当然だよ。リベルタリア史上、過去に類を見ない一大事なんだから」

 端末でニュース記事の見出しを斜め読みしたらしいセシアがうんざりだと言いたげに口にした言葉に返したが、アレンも内心ではセシアと同じようにうんざりだと思ってはいる。なにせサイードとの戦争がようやく終わったかと思えば、今度はメルゼブルクと並ぶ大国であるウィンズレットと敵対するとは。
やがて訪れる戦いから目を逸らすようにして、誰もが遠い世界のことのようにニュースを読み上げては、嘆息する。そんな緩やかな逃避の日々が続いていた。

「平和は長く続かないとは言うが、こうも突然だと皆驚くものさ」

 と、グリーンティーを啜りながらウメが言った。確かに、実際こう立て続けに戦争が起きれば誰でも驚きはするだろう。「まったく、平和を害するとは無粋なことだ」と続けたウメの言葉に苦笑しながら、テーブルの上のカップを手に取った時だった。ラウンジの出入り口から怒鳴り声が聞こえてきた。

「皇帝陛下がなんと仰っしゃられようと私は認めんぞ!」

 その声にラウンジのあちこちから注目が集まる。アレンも声に反応して自ずと視線をそちらの方へと向けた。と、そこには初老の将校と、やや小柄な女性士官が向かい合っており、女性士官の後ろには黒い髪の男が立っている。

「またあの中将殿か。飽きないものだね」

 と、その光景を目にしたウメが溢した。周囲からひそひそと小声で話す声が聞こえてくる。
クラウス・バックハウス中将。前皇帝時代から貧民街を有する都市での警務部隊を統率していたが、年功序列による規律を持ち出すことが多く、軍内でも若い世代の軍人からは好かれていないと評判の人物だ。悪い印象を抱いている人間は少なくないということだろう。
 向かい合っている女性士官はニオ・ダヴェンポート少佐。皇帝の代替わりとともに行われた軍の再編で少佐に昇進し、新設の部隊の隊長に任命された人物だ。中将を前にしても凛とした表情を崩しておらず、気の強い女性であることが伺えた。

「そんな男が伯爵位を正当に継承する資格を持っているわけがない!」

 バックハウス中将がダヴェンポート少佐の後ろに立つ男を指さして言った。
 黒い髪の男。すらりとした細身の人物で、ここからの角度と前髪で目元が見えないが、端正な顔立ちに見える。ダヴェンポート少佐の副官のようだが、バックハウス中将の口ぶりからして伯爵家の出身者だろうか?

「ましてナイトレイの後継など、ふざけているにも程がある! この黒い鳥……!?」

 と、バックハウス中将が言いかけた瞬間だった。その言葉の内容が頭に入ってくるよりも速く、男がバックハウス中将の口を塞いだ。バックハウス中将の顔の下半分を右手で鷲掴みにした男が口の片側を歪めて笑む。周囲から息を呑む声が聞こえるが、アレンはそれに留まらず、総毛立った。まるで影が音もなく伸びたような身のこなし、ポケットに押し込まれていた右手が持ち上げられた時のぞわりとした感覚に、刺すような寒気を覚えた。

「フュゼ!」

 一瞬遅れてダヴェンポート少佐が鋭い声を上げた。それを耳にしたらしい男が肩越しに少佐を振り返る。その際に顔が見える。右が琥珀のような金、左が深く鮮やかな紫の、左右異なる色の目。手を汚す仕事をしたことのある者にしかわからない異様さ。その目に男が何者なのかを見ながら、アレンは反射的に息を殺した。

……フュゼ・ナイトレイ大尉。パーソナルデータと貴族階級以外に閲覧制限ですね、ふーん」

「駄目だ、セシア。潜るな」

 と、アレンは男から視線を外さないまま、端末で開いたデータベースで彼の情報を呼び出したらしいセシアに低い声で鋭く言った。「え?」とこちらへ顔を向けるセシアが視界の端に映るも、バックハウス中将の顔から手を離した男が踵を返すのを見届ける。それに続いてダヴェンポート少佐が踵を返し、振り返り様に「失礼します」と中将に告げて去って行った。あまりのことに呆けていたバックハウス中将も我に返り「くそっ……!」と吐き捨てると、ラウンジを出て行ってようやく、アレンは深く息を吐いた。

「なんで止めたんですか?」

「いや、少しね……

 セシアの問いに、アレンは短く答えて濁した。