不破
2023-02-18 21:26:03
5641文字
Public 空戦
 

#13




「音楽というのはそんなに楽しいものなのでしょうか?」

 トランクに腰掛けたまま、隣のホワイトが平坦に言った。さして驚くようなこともなく、嫌な顔をするでもなく、ただただ無垢な声で話す彼女との会話を心地よく感じ始めている自分に驚きながらも、アメリアは自分の身の上を話していた。
 ウィンズレットからの留学生であること、今自分が置かれている状況。音楽が好きなことと、どうして好きになったのか、その根源など、この数十分だけで多くのことを話した。

「楽しいわよ。お兄がピアノを弾いてるのを聞いてたのがきっかけだけど、今じゃ本当に音楽が好きになったの」

 幼い頃、兄が弾いていたあの旋律が始まりではあったものの、今は自分の音楽を胸にこの未知を選び、進んでいる。それが困難な道であったとしても、強い意志と希望は捨てられない。

「お兄……お兄様ですか?」

「うん。もう照れ臭くてあんまり話も出来てないけど。まあ、あたしは留学でお兄は王都ロンドンだもん。話すこと自体、殆どないか」

 物理的な距離というのは、きっと心の距離も遠ざけてしまうものだ。近くにあり過ぎてもそれはそれで上手くいかないが、遠過ぎるというのも上手くいかない。通信という技術が発展していたとしても、忙しさにかまけて用事がなければ連絡など取らなくなってしまう。家族という枠組みにあったとしても、それはきっとそうなってしまうのだ。

「ウィンズレットに戻られたら、会えるのではないのですか?」

「ううん。あたし王都には戻らないの。ボストンの学校に行くつもりだったから」

「なるほど……

 本来であれば、先程の便でニューヨークを経由してボストンへ向かう予定だった。しかし、殺到する人々に押し退けられてその便に乗ることが叶わず、此処でこうしている。

「ま、でもそれもさっきまでの話。ウィンズレットへ行ける便はさっきので最後だし、戦争が終わるまではメルゼブルクの非戦闘都市で待ちぼうけかな」

 ため息をつきながら溢した言葉に、ホワイトが沈黙する。どう思案しようと、軍人である彼女に講じられる手立てがないことはわかっている。此処で取り残された人々のために何人かの軍人が警護と案内を行っているが、彼等に此処に取り残された自分達を目的の都市へ送り届ける手立ても権限もないことは、此処に居るすべての人が理解しているだろう。だからこそ、軍人達に怒鳴り散らす声よりも啜り泣く声や、不安を溢す声の方が多いのだ。

……おそらく、明日の朝には非戦闘都市行きの便の案内があるかと思われます。それまでは、私も此処に居ます」

……ありがと」

 これから敵になる国の住人に対して、無垢な言葉をかけてくれるホワイトとの会話で少しだけ安堵を覚えたアメリアは、深く息を吐いた。