不破
2022-10-09 17:22:18
4612文字
Public 空戦
 

#10




『シャウラ隊、バグダードより急速離脱!』

 爆炎を掻い潜りながら猛スピードで飛ぶバグダードの空で、もっとも聞きたくない言葉が通信から響いた。
 離脱。それもこの状況で。そんな言葉が脳裏を過るような状況だというのに、ヴィンの声は酷く落ち着いており、アンタレスはそれに違和感を覚えた。しかし、その違和感に構っていられる状況でもなく機体の速度を上げつつも大きく旋回してバグダードへ戻る。

「シャウラ1、援護に戻る。先に離脱を」

 猛スピードでバグダードへ向かいながら言うも、返ってきたヴィンの声は否定を返してきた。

『いや、必要ない。そのまま離脱しろ』

「なにを……

『アンタレス・オラクル中尉。君にシャウラ隊を任せる』

 と、間を置かず続けられた言葉にアンタレスは目を細めた。通信を介して届いた言葉の意味が、一瞬わからなかったからだ。

『それって……

 セシアの声にも動揺の色が滲んでおり、バグダードから響いてくる爆音が遠くなっていく。脳に酸素が回らない。腹の底から胃を押し上げられているような気持ちの悪さに襲われながらも、感情とは裏腹に機首を返して旋回した。爆炎に呑まれ、傾いていくバグダードを左手に見ながらスロットルを上げた。

『ヴィンさん! 今からでも離脱を……!』

『いや、アレン。尾翼をやられてバランスが取りづらい。この無人機を振り切って離脱するのは無理だ』

 速度を上げながらも通信から聞こえてくる会話に、頭の中で蓋をする。速度を上げて背を向けたバグダードが大空へと沈んでいく。それを振り返るまいとして開いた口からは、自分でも驚くほど平坦な声が発された。

……指揮を引き継ぐ。全機急速離脱。フォーマルハウト2、そちらも離脱を」

『アン君!』

『2番機君、割り切りたまえ。君もこんな日が来ることは覚悟して軍人となったはずだ』

 咎めるようなアレンの声にウメが少しだけ厳しい口調で言った。その言葉が自分の胸にも突き刺さったような気がして、アンタレスは更に速度を上げる。

『黒蠍君、パソコンを教わる約束はお釈迦になってしまいそうだね』

……ええ、残念ですが』

『安心したまえ。君が約束を違えるような男でないことは皆よく知っているさ。願わくば幸運を。黒蠍君』

 と、ウメとヴィンの会話が通信越しに聞こえる。そういえば数日前に談話室でそんな会話を聞いた気がする。その些細な約束すら、こうなっては叶わぬことだと思い知らされる。それがどれだけ理不尽であっても、自分達は受け入れなくてはならない。
 長らく続いた不戦の平和は破られた。がらがらと音を立てて崩れ落ちるそれすら、響く爆音に呑まれていく。最後の爆音が響き、通信が途切れた。