冬灯夜
2016-12-02 20:08:05
9695文字
Public TOL
 

水に輝く君を想う

TOL10th記念アンソロ寄稿
・シャーリィ+フェニモール+ワルター
・MQでフェモちゃんがウェルテスに行く前のお話
・ワルフェニ風味



《3:シャーリィ》

 夕食の席で、ちらりと同席者を見る。時折「これは新作かな」なんて感想を言いながら食べているマウリッツさん。その横で黙々と、もしくは淡々と食べ進めているワルターさん。そして、どことなく落ち着かない心地で並んでいる、私とフェニモール。
 この四人で食べることが居心地悪いわけじゃない。ただ、今日はまだ昼間の髪型のままなのだ。フェニモールは髪を下ろし、私は下の方で二つに括っている。
 ワルターさんは一瞥し、それから特に言葉はない。いつも通りだ。マウリッツさんは「二人とも可愛らしいな」と如才なく褒めてくれた。こういうのを年の功って言うんだろうな、と思った。
「フェニモール、準備は進んでいるかな?」
「は、はい。大して荷物もありませんし」
「そうか。ダクトを使うにしても、気を付けるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
 マウリッツさんとフェニモールの会話に、スープをすくっていた手が止まる。……フェニモールは帰る。私は、残る。
 フェニモールの気遣わしげな視線に気づいて、慌てて手を動かした。
「儀式の時の衣装だが、もうそろそろ出来上がるそうだ」
「そう……ですか」
 余韻を引きずったまま答えると、思ったよりも固い声が出てしまった。
「大丈夫だよ。シャーリィもあの時から随分と成長したのだから」
「はい」
 儀式への緊張だと思ったのか、マウリッツさんは安心させるように私へ笑いかけた。
 緊張はしている。以前、儀式に失敗してから、海がダメになってしまった。私は水の民で、メルネスなのに。あの時の記憶は高熱と襲撃のせいか曖昧で、それが余計に不安を煽る。どうして私は失敗したんだろう。どうして滄我に拒まれたんだろう。私は――本当に、メルネスなんだろうか。皆が希望を託す、お姉ちゃんが「皆を幸せにする為のもの」と言った力を、本当に持っているのだろうか。
「シャーリィ、こっちのサラダ食べた?」
 機械的に手を動かしていたら、フェニモールが小鉢を私の方へ引き寄せた。
「あ、まだ」
「おいしいわよ」
……本当だ、おいしい」
「でしょ」
 作った本人でもないのにフェニモールが胸を張る。それが気遣いだと分からないわけがない。自然と笑顔になる。
「ありがと、フェニモール」
 そうして最初より落ち着いた気持ちで、私たちは食事を終えた。
 外に出ると、月が出ていた。今日は朝からずっと天気がよくて、今も星空が綺麗に見えている。
 マウリッツさんは自室へ戻り、フェニモールとワルターさんは、私の部屋まで送ってくれている。里の外に出ることもないし、そんなに離れてる距離でもないと思うんだけど。
「わざわざありがとう」
「別に大したことじゃないわよ」
「当然の務めだ」
 ……うん。やっぱりワルターさんは固いなあ。
 なんて思ってたら、真っ直ぐな視線で射抜かれているのに気付いた。な、内心がバレちゃった?
……わ、ワルターさん?」
 恐る恐ると声を掛けるフェニモールに一度視線が向かい、また私に戻る。
「新鮮味はないが、印象は変わるな」
「「は」」
 フェニモールと顔を合わせる。ぽかん、という表現がぴったりで、恐らく私も同じ表情をしているだろう。
「あ、ありがとうございま、す……?」
 疑問形なのは許して欲しい。
「じゃあ、そうだ、フェニモールはどうですか!?」
 続いてやたらと力が入ってしまったのは、褒められた? のかよく分からなかったからと、矛先を変える為だ。
「ちょ、シャーリィ」
 何故か焦っているフェニモールだけど、昼間のお返しだ。ほんの少し、沈黙。
……印象が変わる、と言った」
 同じじゃないですか!
 けれど、こういった類のことに答えてくれるワルターさんというのは非常に珍しかった。それにしても新鮮味がないってどういう意味だろう。
 何と言ったらいいのか、微妙な沈黙を持て余す私たちを余所に、ワルターさんは泉のある方向へと向かっていった。鍛錬か、気晴らしか、分からないけど。
……びっくりしたね」
「うん、まあ」
「新鮮味がないって、どういう意味かな」
「さあ……
 二人して考え込む。が、フェニモールは不意に、嬉しそうに笑った。
「褒められたね」
「褒められた……の?」
「うん、きっと」
 そっか。フェニモールがそう言うなら、そうなんだろう。
「じゃ、おやすみ、シャーリィ」
「うん。今日はありがとう」
「髪結ったくらいじゃない」
 いっぱい、してくれてるよ。
 言葉にはせず、笑う。そうするのが、フェニモールを安心させる唯一の方法だと思うから。
 フェニモールは居なくなる。寂しい。一緒に居たい。でも、私のそんな我儘で、縛り付けたらいけない。
 フェニモールはお姉ちゃんだから。妹の待つ故郷へ帰って欲しい。私と同じ想いを、フェニモールの妹さんにさせたくない。お姉ちゃんは、妹の所へ帰らなきゃいけないんだよ。
「おやすみ、フェニモール」
「おやすみ」
 フェニモールを見送って、自室に入る。フェニモールが結ってくれた髪を解く。鏡に映るのは、いつも通りの私。
 ……大丈夫。私は、大丈夫。一人でも平気。
 自分に言い聞かせる。成功した、とは言い難い。けれど、そうしなければいけない。
 暫くじっとしていたが、不安は治まらず、どんどん息が詰まっていく。ついさっきまで外にいたのに、また外の空気を吸いたくなってしまった。この部屋は、まだ慣れない。
 部屋から泉の方を覗くと、いつもの髪型に(多分かなり急いで)戻したフェニモールが歩いて行くのが見えた。
 手には軽食か何かの包み。そういえばフェニモールは時々、ワルターさんに差し入れをしているみたいだった。今日も鍛錬をしているなら、その息抜きに持って行っているんだろう。
 フェニモールの揺れるおさげを見て――ふと気づいた。
 新鮮味はないが、というワルターさんの言葉。
 もしかしてあれは、二つに結ぶのは、フェニモールで見慣れているから……という意味なんじゃないだろうか。少し突飛かもしれないけど、何だかその考えはしっくりきた。
 そうだとしたら、ああ、もう。
 知らず、小さな笑みが零れていた。
 本当に、なんて分かりにくい人だろう。
 大丈夫。私は、大丈夫。
 もう一度呟いた言葉は、さっきよりもずっと、心の中に沁み込んでいった。
 心配、しないでね。
 月明かりの下、水が優しく輝いた気がした。