冬灯夜
2016-12-02 20:08:05
9695文字
Public TOL
 

水に輝く君を想う

TOL10th記念アンソロ寄稿
・シャーリィ+フェニモール+ワルター
・MQでフェモちゃんがウェルテスに行く前のお話
・ワルフェニ風味



《1:フェニモール》

 シャーリィを座らせて、後ろに立つ。遺跡船の水の民の里は、今日もよく晴れていた。いい天気だね、という話から、何でか外で髪を結おうか、という話になっていた。経緯なんてどうでもいいことだけど。
 丁寧に編み込まれたシャーリィの髪を解く。指を通すとふわりと柔らかく、包まれるような心地がした。
「そんなに癖はついてないわね。意外」
「そう? 夜、解いたら癖になってるよ?」
「そりゃそうでしょ。じゃなくて、見た目より柔らかいし痕も残ってないから、意外って言ったの」
「そうなんだ。私、癖毛だと思ってた」
 この子の認識はどこか間違ってる。この指通りのいい髪のどこが癖毛なんだか。
「癖毛っていうのはね、直そうと思っても直せないような髪のことを言うの」
「そっか。癖毛じゃなかったんだね」
「そ。何でそう思ったのか知らないけど」
「あんまり、人に会わなかったから。……それに癖毛だったら、お兄ちゃんとお揃いかなって」
 僅か、沈んだ声に、櫛を持ち替えた手が止まる。幸い、気づかれはしなかった。指で解した髪に櫛を当てる。
「それに、フェニモールみたいな髪を真っ直ぐって言うのかと思ってた」
 シャーリィは半身を振り返って、傍に垂れていた私の髪に触れる。
「こら、動かない」
「いたっ。……はーい」
 ぐきりと首を戻してやると、拗ねた声で返事が返ってきた。その代り、私の髪は持ったままだ。毛先で遊ぶ様子は楽しげで、本気で拗ねてるわけじゃないのはすぐ分かる。
 くすりと笑みを漏らすと、今度は首を仰向けて私の顔を覗き込んできた。もう一度頭を掴もうとすると、急いで戻す。手を止めて見ていると、そーっとまた、首が動く。先制してその顔を覗き込み、しかめ面をして見せる。目が合って、暫し。同時に吹き出した。
「あんたねぇ」
「えへ。ごめんね、フェニモール」
 ……少しは、気が晴れたかな。
 知らず溜めていた息をそっと抜いて、シャーリィの髪を梳くのに専念することにした。風が心地よく吹き抜けて、髪を揺らす。
「ぁ」
 不意に髪に重みが掛かる。シャーリィが私の髪を、手から滑らせたのだ。顔を上げる。
「ワルターさん」
 話をするにはやや遠い場所に、シャーリィの――メルネスの親衛隊長であるワルターさんが、居た。
 シャーリィの肩が、少し強張っている。どうやら妙な苦手意識があるらしい。嫌っているわけではない、とは思う。
 確かに、ワルターさんはちょっと――いや、えっと、はっきり言ってかなり、とっつきにくい人だと思うけど。仕える人にそんな態度を取られては、ワルターさんもやりにくいだろうに。ああでも、そうさせてるのはワルターさんでもあるし。
「何をしている?」
 ついつい考え込んでしまった所にワルターさんからようやく言葉が発せられた。無愛想どころか、怒ってる(ように聞こえる)声だ。
「フェニモールに……その、髪を、結ってもらってて」
 案の定、シャーリィは萎縮したように肩を竦める。
「わざわざ外でか?」
「ご、ごめんなさい」
「今日は天気がいいですから」
 二人の間に声を捻じ込む。このままだと余計、こじれそうだ。
「明るい中で髪を梳いて、ついでに泳ぐのもいいね、ってことにしたんです」
「そうか」
 咎める言葉はなく、シャーリィは明らかにほっとしていた。この子もいい加減、慣れてもいいと思うけど、ワルターさんも誤解を招くような物言いは改めた方がいいと思うんだけどな。
 誤解――そう、誤解だと、私は思っている。それを二人に上手く伝えられないのが、我ながらもどかしい。
「そうだ、ワルターさんはどんな髪型がいいと思います?」
「え、フ、フェニモール?」
 狼狽えるシャーリィをよそに、ワルターさんは微かに眉をしかめた。
「シャーリィにはどんなのが似合うと思います? あ、単にワルターさんの好みでもいいですよ」
「別に好みも興味もない」
 ……半ば予想済みだったけど、少しは付き合ってよ! 会話に!
「何か、何でもいいですから。何か!」
「フェニモール、ねえフェニモールってば、いいよ、ね」
 袖を引いてくる親友のことは、この場は無視する。ぐっと力を込めてワルターさんを見つめる。――暫しの沈黙の後、根負けしたのはワルターさんだった。
…………メルネスの威厳を損なうような、珍妙なものでなければ、何でもいい」
 小さくため息をつきながらの返答。あともう一歩。
「シャーリィに、似合うの。何だと思いますか」
……
「フェニモールっ!」
 シャーリィが声を荒げる。でも退けない。退きたくない。
「似合うか似合わないかで言うなら」
 はっきりと不機嫌さを出して、ワルターさんが冷たい声を出す。その響きに、一気に冷や水を浴びせられた。
「陸の民の服ではなく、水の民のものにするべきだろう」
 ――しまった。シャーリィが抗弁しようとして、結局何も言葉にしないまま、俯いた。
 シャーリィにとってこの服は、大切なお兄さんとの繋がりなのだ。私も一度、そのことでシャーリィを責めた。メルネスなのに、陸の民のことが好きなのかと。私たちを裏切るのか、と。
 それは、私の過失。そして今、ワルターさんにその言葉を吐かせてシャーリィを傷つけさせたのもまた、私の過失。だから、今度こそ退く時を間違ってはいけない。
「シャーリィには、どっちも似合いますよ」
「メルネスには相応しくない」
「似合うか似合わないかです。それに、水の民の服だって、長がメルネス用に作らせてる服だって、シャーリィになら似合うと思います」
 メルネス、メルネス、メルネス。
 今ここにいるのは、シャーリィだ。姉を失い、兄たちと離れてここで暮らしている、シャーリィ・フェンネス。
……なら、好きにしろ」
 睨み合うようにしていたワルターさんが、くるりと踵を返した。いつも通り、ぶれない歩調で去っていく。
 その背中を見つめて――シャーリィを見る。ぎゅっと、胸の前で手を握りしめていた。震える程に強く。
……シャーリィ」
「っ、あ、お、怒られちゃったね」
 笑おうとして失敗したような声で、シャーリィは言う。
「ごめん」
「ううん、私がいつまでもこの恰好してるから……
「違うの。ごめん、シャーリィ。ワルターさんにもシャーリィにも、あんなこと言わせるつもりじゃなかった」
 私は、焦っていた。
 今のままの、シャーリィがワルターさんを「怖い人」だと思ったまま、ワルターさんがシャーリィを「メルネス」だとしか思っていないまま。――ここを、離れたくはないのだ。
「フェニモール……?」
「ごめん」
 上手く言葉に出来なくて、後ろからシャーリィを抱きしめた。ああもう、これじゃ全然伝わらないのに。
……ふふっ」
 私が自己嫌悪している中、不意にシャーリィが笑う。
「な、何?」
「フェニモール、くすぐったいよ。ふふ」
 私の髪が、風に煽られて露わになったシャーリィの首筋に当たっていた。
「ごめんっ」
「ううん、でもまだくすぐったいよ」
「うん。ごめんね」
「いいよ」
……あんたは何着たって可愛いんだから、もっと自信もちなさいよね」
「え、えっ、何、急に」
「動くと痛いわよ」
 わたわたし出したシャーリィの髪に手を通す。ゆっくりと梳いて、解していく。柔らかい。
 綺麗だと思う。メルネスだから特別、なのかもしれないけど、どちらにしろそれは、この子だからこそ綺麗なんだと思う。水の中で、そして海の中できっと一層、美しく輝くのだろう。出来ることなら、それを見たい。見たかった。
……フェニモールの手、気持ちいい」
 目を閉じてシャーリィが呟く。
「ふふ、でしょ。あとでテルクェスで飾ってみよっか」
「うん! フェニモールのテルクェス、見てみたい」
 大丈夫。分かりあえる。この子がこんなに優しい子だってこと。ワルターさんが、今はただ職務しか見えてないだけだということ。ゆっくりと、時間を掛けて。
 ふわりと風に乗って、髪が輝いた気がした。