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冬灯夜
2016-12-02 20:08:05
9695文字
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TOL
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水に輝く君を想う
TOL10th記念アンソロ寄稿
・シャーリィ+フェニモール+ワルター
・MQでフェモちゃんがウェルテスに行く前のお話
・ワルフェニ風味
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《2:ワルター》
近頃メルネスを見ると、傍には大抵フェニモールが居る。
今日もそうだった。外で髪を結うと言う。青く輝く髪さえあれば、形など大した問題ではない。なのに何を拘るのか。少なくとも、俺にいちいち訊かずともいいことだ。
陸の民の服をやめれば、それで。
やはり、分からない。俺にムキになる理由などないだろうに。
「
……
」
「
……
」
――
ばったりと鉢合わせてしまったフェニモールを前に、改めてそう思う。
「
……
こんばん、は?」
「
……
それは、随分と早いんじゃないか」
髪を結っているのを見たのが昼過ぎ。今はまだ、夕方にもなっていない。
「そうですよね、いえあの、『こんにちは』はさっきも会ったから何だか変かなって思っちゃいまして」
分からなくもない、が、だからと言って早すぎるだろう。
「
……
あの、ワルターさん」
「何だ」
「シャーリィのことなんですけど」
ややあって、フェニモールは口を開いた。そしてまた、口を閉じる。
「
……
心配、なんです」
いささか重い沈黙を経て、フェニモールは話し始めた。
「何がだ?」
「まだちょっと、元気ないですから」
「
……
里に慣れてないのもあるんだろう」
「そうかもしれませんけど、やっぱり、ワルターさんが一番近くにいますから
……
ワルターさんに、シャーリィを見て欲しいと思って」
無意識に、眉が寄る。メルネスの親衛隊長であればこそ、それは必然の事項。さっきもそうだ。何故そんな当たり前のことをわざわざ言うのか。
お前なら分かっているだろう、と八つ当たりじみた言葉が喉まで上る。
「お姉さんと別れたばかりで、お兄さんとも」
――
一瞬で苛立ちが膨れ上がった。
「だから
……
ああ、いえ、でもやっぱり、私、まだ」
「お前はこれからメルネスの傍にはいないだろう」
だから、フェニモールの言葉を遮った。
僅かに下を向いていた目線のまま、フェニモールの表情が固まった。案じるような目も、酷く迷っていた手も、身体全体が。
フェニモールは、生まれ故郷に帰る。
「
……
まだ言ってなかったのか?」
ぎこちなく、首が横に振られる。
「なら、これ以上はお前がここでやれることはない」
三度、沈黙が訪れる。
その光景に、既視感を覚えた。
きゅいん、と微かな駆動音。これもまた、フェニモールの近くで必ず見る、オートマタ。何故かフェニモールに懐き、離れようとしないのだから、放っておいている。
……
ああ、そうか。さっきの既視感は。
「そうですね」
小さく、蚊の鳴くような声でフェニモールが呟く。
「私は
……
帰るんですから」
……
家族の元へ帰るのは、嬉しくはないのだろうか。ここ最近、それを考えていた。妹が生きていたという知らせを受けた時、安堵と喜びで泣いていたのに。
考えるまでもない。嬉しいに決まっている。なのに今こんな
――
あの時のように、無理を隠した顔で笑っているのは
――
つまり、俺がそうさせているのだ。これもまた、分かりきっている。
ふるりと、頭一つ低い所で髪が揺れる。
「あの、この子、置いていけますか」
「囁きの水晶から離れすぎれば、制御どころか動力が入らなくなる。大陸までは持たないだろう」
「はい、置いていくつもりだったので
……
あ、ちゃんとお返しするつもりでしたよ」
多少のニュアンスが変わるだけだが、それは言い直す程のものだろうか。髪型ひとつ。呼び方ひとつ。
フェニモールがオートマタの頭を撫でる。
「
……
港まで着いて行かせられればよかったんだがな」
「え」
「そうもいかない」
囁きの水晶を持つのは俺であり、俺はメルネスの親衛隊長であるのだから、メルネスの為以外に使うことは出来ない。俺の使命と矜持が許しはしない。
「ありがとうございます。ワルターさん」
「出来ないのだから、礼を言われることじゃない」
いいえ、とフェニモールは微笑んだ。
「今まで、この子のこと自由にさせてくれて」
「小さなオートマタ一つに構っていられなかっただけだ」
もう一度、フェニモールは首を振った。傾いてきた日が、赤とも金ともつかない色を髪の上に落とす。輝ける青とは正反対の色。けれど、水辺で迎える夕焼けと同じ色。
「私が言うのは、おこがましいことですけど」
その透明な日差しの中で、フェニモールは俺を正面から見据えた。
「ワルターさん。シャーリィを守ってあげてください」
そしてどうか、見てあげてください。
そう言って、頭を下げる。
「そうだな。お前に言われるまでもない」
「はい」
「
……
お前の分も、俺が引き受ける」
微かに苦笑していたフェニモールが、驚いたように目を見開く。それから嬉しそうに
――
メルネスに笑いかける時のように柔らかく、笑った。
「ありがとうございます」
フェニモールは悪戯っぽく、小指を差し出してくる。それを見、目を見る。
……
退く気はなさそうだった。
極々軽く、指を絡める。
「約束ですよ」
「
…………
ああ」
命令でもお願いでもない、殆ど馴染みのない言葉。
一瞬、テルクェスを咲かせる。フェニモールのテルクェスも瞬き、消えると同時に指を引いた。
「それじゃあ、失礼します」
フェニモールは軽く会釈をして踵を返す。いつもより多く、髪が揺れる。
――
まだ身体の前にあった手が、反射的に触れていた。
「? あ、何か
――
」
「
……
いや」
振り返るフェニモールに、つい口ごもる。特に何があったわけではない。
「印象が、変わるものだな」
フェニモールは、いつも二つに結んでいる髪を下ろしていた。額を出し、髪の上半分ほどは括られて、そのまま背に流れる髪の上にあった。
「そ、そうですか?」
「ああ」
落ち着かないのか、フェニモールは手を頭にやる。
「シャーリィもまだ髪型変えたままですから、見たら感想言ってくれませんか? さっきみたいな感じでも、何でも」
確約はしかねるが、恐らく会わないということはないだろう。軽く頷くにとどめておいた。
「いつもの方が、」
ふと漏れそうになった言葉を止める。
「はい?」
「いいや」
するりと指から髪が流れていく。そういえば、他人の髪に触ることもあまりなかった。
……
そうした体験をするのはフェニモールが踏み込んでくるからだ。
「
……
ワルターさんは、髪型変えたり、しないんですか?」
「特に困っていない」
ゆっくりと手が伸びてくる。そうだ。こうやって恐る恐る、けれど決して退かずに。
右の視界が開ける。赤みを増した日の光が、フェニモールを照らしていた。
「ワルターさんも、印象変わりますよ」
「そうか」
指が離れた。いつもの視界に戻る。
「
……
でも、見慣れてる方が落ち着いちゃいますね」
小さく笑って、今度こそフェニモールは踵を返す。
さらさらと揺れる髪と、微かに浮上しているオートマタを連れて、フェニモールは去っていく。
いつもの方が。
「
……
落ち着く、な」
あの一瞬、口走りかけた。似合ってる、と。自分のどこにそんな言葉が眠っていたのか。
絡めた指と髪の感触の残る手を見つめ、追い出すように息を吐いた。
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