とある本丸怪談・弐

陽の届かない本丸
人魚と海辺の本丸
主の家では何も起こらない
52ヘルツの審神者



人魚と海辺の本丸


「海が見えるよ、海が見えるよ」
毎朝、日が昇って一帯が楽に見渡せるぐらい明るくなった時分に、審神者は必ずそう声を上げる。さながら朝の到来を告げる鳥のようであった。
「海が見えるよ、海が見えるよ」
甲高い声で繰り返し、連れて行けと言外に告げていた。本丸は小高い丘に位置しており、確かに庭から海が一望できる。青く、穏やかな海だ。
台所で審神者の声を聞いた北谷菜切は、隣りで味噌汁の出汁をとる歌仙兼定に訊ねた。彼は古株なのだそうだ。
「主さん、なんで連れて行ってやらないんだ?」
北谷菜切は、先日初めて顔を合わせた審神者の姿を思い描く。
小さい顔、細い腕、大きな眼孔、変色した鱗と尾鰭。その全てが乾涸びていた。
人魚の木乃伊。
それが、北谷菜切が見た、この本丸の審神者だ。
声を上げるからには生きているのだろう。海に浸けてやれば、元に戻るかもしれない。
しかし、歌仙はふるふると首を振る。
「駄目だ。確かに海に浸ければ戻るかもしれないけどね。多分、糊も剥がれてしまうよ」
あの人は、猿と魚で作られた偽物だから。