錘(つむ)
2026-07-05 21:04:21
6873文字
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戯曲

転生現パロリチャジョ 叔父甥になるまで 現代かな?ちょっと前かも

リチャードの生まれた家での設定などは「ジョン王」から一部拝借しております そっち視点が多い



 テーブルに書類を広げて、両親は物件や事業の大きさを見ては燥いでいる。
 長男の厄介払いが出来ると分かってから、両親は急によりを戻すかのごとく仲を深めている。現金なものだがずっといがみ合われるのも面倒なので好都合だ。
 ロバートはやはり何かごちゃごちゃと書かれている、長男に関しての書類を見下ろした。これが通れば他人になれるというくらいは分かる。
 兄が放蕩するようになり出歩いている時は本当に安らいだし、戻ってくると気詰まりだった。財産の目減りは二の次の理由だった。本当は何より恐れていた。存在そのものを。

 子供の頃から、兄を名前で呼んでいた。父から遠回しにそうするように言いつけられていたからだ。
「アレを兄さんなんて呼ばなくていいぞ、わしは息子だなんて思っておらんからな。まあ、母が同じならおまえにとっては兄だろうが」
 今思えば父は試していたのだろう。間違いなく実子の次男ロバートが、自分につくのかどうか。特に情け深いたちでもないから、兄や母を庇ったっていいことはないし、一番得な父の歓心を得る道を選んだ。半分だけの兄貴なんて、と貶せば喜ぶ父は単純で、だから家族の中では好ましかった。何を考えているか分からない兄と、隙あればしがみついてくる母を思えば。
 兄を侮っていた部分はある。
 確かに喧嘩で勝てる気はしないが、反撃しかしない。深追いもしてこないので、徹底的に打ちのめされたことはない。こちらから仕掛けなければ奴は安全と踏んでいた。それに、嫌みや罵倒を言ったなら身構えもしていただろうが、これは情けのつもりだった。父にも母にも疎まれている兄に、こっそりと兄弟の情を示してやれば少しは感謝を向けるのではないかと、単純に考えていた。

 頭に真横から強い衝撃があって、体が浮き、視界がくらんだ。地面に横倒しになったと思えば、兄に胸ぐらを捕まれて見下ろされていた。鼻の下をぬらりとしたものが流れ、鼻血だった。
 殴られて吹き飛ばされるのも、兄から一方的に殴られるのも初めてだった。
 兄は少し眉根を顰め、暴力の度合いにそぐわない普通の声音で言った。
「違うだろ」
「え……、何、なにが」
 何が、違うんだ。
「誰かに言われたのか? 二度とそれで呼ばないでほしい。困ったな。いつも通りにちゃんとしてくれ」
 表情は本人の言うとおり、困ったとしか表現できない。
 だが、本能で分かる。答えを間違ったら殺す気だ。必死で、何をしたら殴られたか思い出す。ただ、呼んだだけだ。気まぐれに、いつもと違い、「兄さん」と。
 それか。そんなことでか。だが、思い至るのはそれしかない。
「わ、わかった。……わかったよ、フィリップ」
 フィリップはにこりと笑った。それ以上何も言わず、襟首を掴んだ手を離し、どこかへ去った。
 正解だった、死なずに済んだ。怖くて、死ななかった安堵で、訳のわからなさで、しばらく泣きながら震えていた。怪我のことは転んだと誤魔化し、両親にも誰にもこのことは言わなかった。
 あの日からフィリップがいなくなることを、ずっと願っていた。この紙切れがきっとかなえてくれる。