厄介の化身こと長男からの連絡が途絶えて早半月、このまま音信不通となってくれないかと密かに願いながらも目に見えない場所で雪玉状に膨れ上がっていく面倒ごとを恐れていた一家の元に、とある富豪を伴ってご帰還あそばされた。
絶対にまた何かやらかした。父母と次男は引きつった笑みを浮かべて探りを入れながら、お構いなくと言われても、急ごしらえのもてなしに大慌てであった。
長男は明け透けだが重要なことは何も言わないいつも通りの振る舞いで、「世話になったんだ」とだけ説明した。
かしこまってはいないが仕立てのよい、けして安くはない服は、出所は隣の陰鬱な長身の男からであろう。評判はよくないが、金があることは確かだ。隣町はそれなりの観光地で、立地のよい場所の館を別荘として所有しており、地域柄上がりのいい商売をいくつか所有している。持って生まれてうらやましい限りだと密かに毒づいていた相手が、まさか我が家に来るとは。
貧民でも名もない家でもないが、張らねばならない見栄のコストに収入が青息吐息で追いすがっているような、そんな家だ。
この長男は家族の誰にも似ていない。何なら遠縁同士で結婚した夫妻の方がまだ似ている。
赤毛混じりの金の髪も、鮮やかな赤い瞳も、精悍で整った顔立ちも、ひどく異質だった。
産まれたときから不貞の結果と父に疑われた長男を、次男も物心着いた頃からそのように見ていた。母親は屈辱に震え、時折怒りをあらわにしていたが、全くもって身に覚えがないとまでは言い切れなかったが故の過剰な反応でもあった。嫁いだ後も女の影がちらつく夫に、密かな意趣返しとしてかつて縁のあったやはり遠縁の既婚者と少々火遊びはした。それもたいした回数ではなく、ほぼ夫の子であろうし、運悪くそうでなかったとしても誤魔化しきれる。そう踏んでいたが、産まれた跡継ぎが誰にも似ても似つかないのは全く予想もしていなかった。こんな奇妙な髪の色など我が家の家系にいないと言われても、それは同じ事なのだが、相手を白状する羽目になるので黙らざるを得なかった。
散々疑われた後の次男は間違いなく夫婦の子であり、父はそちらを露骨にかわいがった。次男も心得て、父親を伺いながら育っていき、もう少し世の中の仕組みや将来が見えるようになると、不義の子である兄と財産を分かち合わなければいけない理不尽に、自発的に兄を厭うようになった。母親にとって最初の息子は自分の失敗の具現化であり、視界に入れておきたいモノではなかった。
大抵は心を磨り潰すであろうこの苛酷な環境で、長男はどのように育ったかといえば、それはもう天真爛漫にのびのびと屈託無く、個を遺憾なく発揮していた。どういうわけか。
両親からすればまずもって言うことを聞かせるのが難しい子供だった。愚かなのではなく、恐ろしく頭がいい。衝動的に見えて、機会を伺う本能を持ち合わせており、一度諦めたかと思えば不意に手を伸ばす。素直に答えているかと思えば、聞かれていないことは黙っている、あえて論点をずらすなどの細工を平然と行い、ばれたとしても堂々としていた。
利発なだけではない。むしろ細身のほうであるが、物理的な暴力もたいへん得意だった。自分から手を上げることはめったにないが、切り替えと行動がとても速い。父親からの折檻や兄弟間の諍いごときで御せはしなかった。
そして周囲に味方を作るのが巧みだった。何の作為もしなくても、人が勝手に寄ってくる生まれついての強い魅力を持っていた。長兄びいきになった者の目から見れば家族揃っての仕打ちは同情すべきむごい扱いに映る。使用人もこぞって長兄を愛し、その不当な扱いに同情し、職域の境目あたりまで駆けだしてなにくれとなく利便を図った。辞めさせたとて同じ事、むしろ残った使用人の結束は高まり、外に出した元使用人は遠く知らない場所で哀れな長兄の共鳴者を増やしていく。
長じては奔放なふるまいにたちの悪さが増していき、一番困ったのは好奇心旺盛で人好きな性格からの節操のなさで、男女お構いなしの上どちらかと言えば同性の方が多かった。色恋の不始末は本人が好かれているせいかそれほど大事には至らなかったものの、外聞が非常に悪い。
本家は厳格であり、特に同性と通じるようなふしだらを許せるような気風では無かった。
それならば本人に直接沙汰を下してほしいものだが、本家の総意としては長兄は悪くないというのが揺るがない前提としてある。すっかり長兄びいきが浸透しきっており、両親が扱いを変えるせいで弟とも溝が出来た、哀れにも不道徳な行いをしてしまうのだと、なんとかしろと、叱責は他の家族に向けられる。そして本人はと言えば、小言を食らうどころか得られない愛情の代わりにとたっぷりともてなされるだけである。
そして何より、長男は家族全員が自分を厭う理由をそれぞれ正確に把握しきっていて、それを当然と思い近しい人間の愛情や理解、関心を必要としていなかった。
一家の力関係は、均衡を大きく欠いていた。
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