冥土うさ
2026-07-01 13:27:51
Public TXT
 

「ただいま留守です」

FF14二次創作 / 光の戦士♂ / 凪ってるヒカセンのみなさんへ


 それから数日、玄関の札は掛けられたままだった。
 朝になれば花壇に水をやる。畑を見回り、相棒の世話をする。作りかけだった棚は完成し、次はダイニングテーブルを作り始めた。
 ある日は川辺で釣り糸を垂れた。
 またある日は木材を探して森へ入った。
 魔物を見かけることもあったが、襲われない限りはこちらから手を出さなかった。
 穏やかな日々だった。
 ポストの封筒は二通になり、三通になった。
 それでも手紙は開けなかった。急ぎの用件なら誰かが来るだろうし、そうでないなら後でも構わないと思った。
 玄関扉の札だけが、相変わらず風に揺れている。

 使えそうな木材はないかと、黒衣森で辺りを見回していた時だった。
「あの!」
 不意に背後から声をかけられた。
 振り返ると、まだ年若い冒険者がくたびれた様子で立っていた。
 装備は新品同然で、槍の握り方にも不慣れさが残っている。
 額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「よかった……人がいた。」
 心底ほっとした様子だった。
「何かあったのか?」
「それが、依頼で森に入ったんですけど。」
 冒険者はそこで言葉を切り、決まりが悪そうに頭を掻いた。
「道に迷ってしまって。」
 思わず周囲を見回した。黒衣森では珍しいことではない。むしろ初めて訪れるなら当然だ。
「どこへ行くつもりだったんだ?」
 冒険者はおもむろに依頼書を取り出した。受け取って目を通すと、どうやらグリダニア近郊の害獣駆除の依頼らしい。難しい依頼ではない。
「逆だな。」
「え?」
「目的地はこっちじゃない。」
 依頼の目的地は北部森林。ここは南部森林のクォーリーミル近辺だ。どこかで盛大に道を間違えたのだろう。
「うわ、まじか! 北ってどっち!?」
 依頼書を手渡すと大雑把に懐に押し込み、今度は地図を取り出した。地図を上に下にひっくり返しては首を傾げている。向きを変えれば答えが出ると思っているらしいが、もはや自分がどこにいるのかすらわからなくなったようだった。
 冒険者は顔を青くした。
「えっと……。」
 困ったようにこちらを見てくる。その視線に気づかないふりをして、近くの良木へ目を向けた。
 これはテーブルに使えそうだ。
「あの!」
 再び声がかかる。今度はしっかりと。
「北ってどっちですか!?」
 仕方なく空を見上げる。木々の隙間から差し込む陽の位置を確かめた。
「あっちだ。」
 指差すと、冒険者はパッと表情を明るくさせた。
「ありがとうございます!」
 元気な声をあげて、若者は駆け出した。そして、迷いなく別方向へ続く道へ進み始めた。
 その背中を数秒見送った。そのまま見なかったことにする選択肢もあった。冒険者なのだから、多少の困難には自力で立ち向かうべきだろう。この辺りに出る野獣や魔物も、駆け出しとはいえ対処できない相手ではない。
 そうは思うが……
「そっちじゃない。」
 気づけば声が出ていた。


 若い冒険者は隣を歩きながら、何度目かの礼を口にした。
「本当に助かりました。」
「そうか。」
「いや、ほんとに!」
 バスカロンドラザーズを抜け、中央森林に入る。並んで歩き始めてから同じ言葉を何度聞いただろうか。
「ありがとうございます。」
「それはもう聞いた。」
 まだ繰り返しそうだったので話題を変えた。
「今どこにいるかわかるか?」
「えっと、中央森林に入りましたね!」
「どうやって南部に来たんだ?」
……。」
 冒険者はただニコニコと微笑んでいる。
「グリダニアからどう来た?」
……。」
 冒険者は視線を逸らしたが、口元の笑みは消えなかった。
「覚えていないのか。」
「途中までは覚えてました。」
 思わず言葉を失う。すると冒険者は慌てたように両手を振った。
「でも、害獣駆除とか任務はちゃんとこなせるんです。」
「そうか。」
「帰れなくなるだけで。」
「それは駄目だろう。」
「ですよね!」
 とても屈託のない笑顔だった。笑い事ではない。本人にその自覚はないらしい。
 それでも不思議と、不快感は覚えなかった。
 森に迷い込み、見知らぬ相手に助けを求め、それを恥じる様子もなく礼を繰り返している。
 良くも悪くも素直なのだろう。
 若い冒険者は道端の草花や飛び立つ鳥にまで気を取られながら歩いていた。
 忙しない。
 なぜだか、昔の誰かを思い出しそうになった。
「冒険者になって長いのか?」
「いえ、まだ半月くらいです。」
 かなり新米だった。
「でも、いつかは有名になりたいんです。」
「有名?」
「はい。」
 少しだけ考え込むような間があった。
「英雄ってやつに。」
 冗談で言っているわけではないらしい。
「英雄か。」
「やっぱり憧れるじゃないですか。

 ────光の戦士とか。」

「蛮神を倒して、帝国と戦って、世界まで救ったんですよね?」
 森の奥で、鳥が羽ばたいた。
「すごいですよね!」
……そうだな。」
「まあ、僕はまだ森で迷ってるんですけど。」
 そう苦笑して、冒険者は空を見上げた。
「でも、いつか……
 そこで言葉が止まる。
「ああ……違うな。」
 一人で納得したように小さく呟いた。思わず首を傾げる。
「困ってる人を助けられる冒険者になりたいんです。」
 その真っ直ぐな言葉が、なぜだか少し眩しく感じられた。