コロポックル
2026-07-01 01:22:35
16603文字
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どうせ全部呪いのせい(アズラオル│R-15?)

魅了を食らった経営顧問と、それに振り回される所長のアズラオルです。
かっこよくない経営顧問、捏造設定、露骨なカップリング要素などが含まれます。
まだ本番行為はないです。まだ。R-15にはなるか?




 翌朝。
 ダ・ヴィンチちゃんのすてきな工房に、全力疾走で転がり込んでくる者があった。

——治ってないんですけど!?」

 オルガマリーである。

 彼女のすぐ後ろを、蒼髪の大男が雛鳥のごとくつき従っていた。というより、たぶん、勝手についてきている。
 よほど急いでいたのか、肩で息をする所長に対し、経営顧問は普段と変わらぬ涼しげな表情でのっそりと立っていた。体力と歩幅の差が如実に表れている。

「あれ、どうしたんだいオルガマリー。朝っぱらからそんなおっきい声出して」
「だから、ッ、治ってないのよ! コイツが!!」

 コイツ、と言ってオルガマリーが指さしたのは、言わずもがな背後の巨大な雛鳥であった。



 遡ること、わずか十分。
 珍しいことにすっかり熟睡していたオルガマリーは、それでも、いつも通りの起床時間きっかりに目を覚ました。
 目を、覚ましたのだが。

「起きたか、オルガマリー」

 起き抜けの視界いっぱいに、冠位暗殺者の顔面があって。

……えへ、……お、はよう……?」

 一周まわって、変な笑いがもれた。

「どうやら、よく眠れたようだな。今日は血色がいい」
「へっ? あ、ああ、そうかしら……? ところで、あの、あのね。ちょっと、距離が」

 一般職員のものよりやや豪華であるとはいえ、あくまでひとり用に設えられたベッドに、成人女性と大柄な男性が向かい合わせで寝そべっているのだ。当然、狭いし近い。
 一応、寝入ったときの密着具合を考えれば、離れているだけ幾分ましか。そう考え直して——ついでに、眠る直前のあれそれを思い出して内心悶絶しつつ——オルガマリーは、目の前の青年にそれとなくベッドから降りるよう促した。

 しかし。

「ところで、賭けの件だが」

 一向に離れないどころか、アズライールはいきなりぶっ込んできた。

 最悪だ。
 できれば、昨日のことは有耶無耶にして、なにごともなかったかのように仕切り直したかった。
 わざわざ蒸し返さなくたっていいのに、とオルガマリーは愚痴の代わりにため息をこぼす。

 賭けの話をもち出すのなら、まず間違いなく、自分の勝ちだ。当然そうだと確信していたし、それ以外の可能性など考えてもいなかった。
 だって。アズライールが、自分に特別好意を抱いているなんて、ありえない。あるはずがない。
 どんなに信頼関係を築けても、よき同僚になれたとしても、所詮、容疑者と処刑人の関係そのものは覆らないのだ。彼がこちらへ向ける関心に、『ビースト候補の監視』以上の理由などありはしない。

 だから、有耶無耶にしてあげようと思っていたのに。
 今、いちばん動揺しているのは、おそらくアズライール本人だろう。愛してもいない女にをした記憶があって、気にするなという方が無理な話だ。
 そんな彼に、追い打ちをかけるように謝罪と業務負担を強要するのは、さすがのオルガマリーも気が引けた。

「あー……そう、そうだったわね。でもほら、なんていうか、昨日のアレは事故っていうか……あなただって、なりたくてああなったわけじゃないんだし。全部が全部あなたのせいかって言うと」
「オルガマリー」

 あなたが責任を感じる必要はない、というようなことを伝えようとして、静かな声に遮られる。
 その響きは、いつもの無感情な冷たさを湛えているように思えて。ダ・ヴィンチの分析通り、ちゃんと呪いは解けたのだろうと、一抹の寂しさとともに胸を撫で下ろした。

 ——はずだった。

「言っておくが……おまえに、この誓約を撤回する権限はない」

 長い指が、オルガマリーの顔にかかった髪を掬いとる。
 そういえば、寝る支度なんてひとつもしていなかったので、管制室にいたときの格好そのままだった。ピアスだけは、眠っているあいだにアズライールが外してくれたらしい。こう見えて繊細な気遣いのできる男だ。
 肌をかすめた指先に、昨日の彼が見せた、むせ返るような甘さは感じられない。
 それなのに。

「当然だ。おまえは、賭けに負けたのだからな」

 薄く笑った青年の、黒く大きな瞳の奥に。あの、焼けつくように熱い情欲が、ちらりと覗いたような気がして。



……それで、慌てて逃げ出してきた、と」
「話が違うじゃない!? 朝には治ってるって、藤丸はそう言ってたのに!!」

 今朝には解消しているはずであった魅了効果が、未だ健在である。そう判断したオルガマリーは、脱兎のごとくベッドから抜け出すと、こうしてダ・ヴィンチのもとへ泣きついたのだった。

「もっ、もしかして、わたしの思う『朝』とあなたの言うそれが違っていたのかしら!? わたしは職員の起床時間までには治るものと思っていたけれど、実は正午までとか!? あと数時間待てば解けるの!? 彼の霊基からだ、本当に大丈夫なのよね!?」
「はいはい落ち着いて。今説明するからねー」

 パニック状態ではあるが、一応、根底には相手の不調に対する心配があるらしい。魔術師としては実に珍しく、彼女はどこまでも善良な人間であった。
 半泣きでわめき立てるカルデア所長を宥める片手間に、優秀な技術顧問はアズライールの霊基を手早くスキャンする。

……うん。まず、はっきりさせておこう」
「なに!? 呪いが霊核まで染み込んでるとか、そんなおっかないこと言わないわよね!?」
「言わない言わない。そもそも、彼にかけられた呪いはもう、すっかりバッチリ抜けてるよ」

 きょと、と、目を見ひらいて。
 その顔のまま振り返ったオルガマリーに、渦中の男はいささか困ったように眉尻を下げた。

「ずっと、そう言っている」

 そう。アズライールは、ずっと言っていたのだ。
 大変だわ、とたちまち顔を青くしたオルガマリーが、慌ててベッドから転がり出たときも。大丈夫よ、技術顧問がなんとかしてくれるわ、などと彼に言い聞かせながら、大急ぎで部屋を飛び出したときも。早朝の廊下を全速力で走り抜けて、工房へ向かう道すがらも。
 ずっと、アズライールは言っていた。今の私は正常だ、と。

「なのに、おまえときたら、私の話に耳を傾けようともしない」
「だ、って……自己申告ほどあてにならないものはないし、それに、あなた」

 さっき、変なこと言ってたじゃない。
 正常なら、絶対にありえないような、変なこと。

 状況を上手く呑み込めずにいるオルガマリーへ、ダ・ヴィンチは淡々と分析結果を報告する。

 要約すると。
 昨日、アズライールが受けた魅了の呪いというのは、大きく分けると二種類の効果で構成されていて。
 そのうちのひとつ、対象のもつ好意の指向性を操作するもの——早い話が『術者に好意を向けさせる効果』——は、彼がもつ対魔力により弾かれていた。

「で、もうひとつが、ざっくり言うと『相手の中にある好意を増幅させる効果』なんだけどね。こっちだけ、防ぎきれずに残っちゃったみたいだ」
「好意を、増幅……

 つまり、昨日のあの状態は、彼が元々もっていた好意が過剰に出力された結果だったというわけか。
 せいぜい『ただの同僚に向ける気安さ』程度の好意ですらああなるとは、よほど強力な増幅効果だったのだろう。
 なんて、納得しかけて。
 そこで、オルガマリーは、ふと疑問を抱いた。

……ちょっと待って。その、増幅される好意って、限定的なものじゃなくて」
「うん。被術者がもつ、あらゆるものに対する好意が、満遍なく増すことになるね」

 増幅される好意は、特定人物へのそれに限らない。
 と、いうことは。あのとき、アズライールは、管制室にいた全員への好意が等しく底上げされた状態だったはずだ。

 ——それなら。どうして、わたしだけに。

 思索に囚われつつあったオルガマリーの肩に、武骨な手が乗せられる。
 視界の両端を、くすんだ長髪が覆った。背中に触れるほどの距離に、頭のすぐ真上に、淀んだ影のような気配が揺蕩う。

「言っただろう。おまえは、賭けに負けたのだと」

 普段と変わらない、無機質な声。
 けれど。

「私にも、恥じらいというものがある。先般晒した醜態については、あれしきの呪いに手を焼いた己が未熟を含め、あまり思い返したくないものだが……結果として、大いに手間が省けたとも言える」

 肩から首へ、ゆっくりと這わされる手が。
 額の上から降ってくる、抑揚に乏しいその声が。
 なぜか、少しずつ、熱を帯びてゆくように感じられて。

「約束を、忘れてはいまいな」

 爪の先で、首筋をやわく引っ掻かれると同時に。

「今晩だ。なあ、オルガマリー」

 ——楽しみだ。
 ささやいて、アズライールはするりと姿を消した。

 残されたオルガマリーが、工房中に間の抜けた悲鳴を響かせるまで、あと三秒。





つづく