Koishirotae
2026-06-27 21:58:27
6445文字
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【過去作】なんかいろいろまとめ

全部ヒス晶。



【ギャンブルよわよわ晶ちゃん】

シャイロックが拾ってきた少女はとにかく賭け事に向いていなかった。
慣れていないから、とかそういう問題ではない。ギャンブルに必要なポーカーフェイスもできなければ、ただ単純にとにかく運が悪い。ブラックジャックをやったとして、六、六、追加で引いて十。合計二十二。負け。そんなことを一度や二度だけじゃなく毎回のように行う少女に、シャイロックは逆にイカサマを疑った。
けれどもイカサマができるほど少女は器用ではない。そもそも負けるためにイカサマをする理由もない。何度教えこんでもとにかく負けまくる彼女に、シャイロックは降参した。

「いいですか、晶。とにかく誰に賭けに誘われてもけして乗ってはいけませんよ」
己の破滅的なギャンブル運は本人もわかっていたのだろう。晶もまた、真剣な顔でシャイロックの言葉に頷くのだった。


不思議な運の持ち主だった。記憶も何も失ったというのにたまたまシャイロックに出会えたのは不幸中の幸いだったし、こうして普通にギャンブルさえ絡まなければ程々に運のいい少女だった。オーエンあたりは「他のことにギャンブル運吸い取られてるんじゃない?」なんて笑っていたが、正直ギャンブル運なんてなくてもそこまで困らない。シャイロックの『賭けに誘われても乗ってはいけない』という忠告さえ確かに守っていれば。――そう、守っていれば。
晶は手元にあるカードを睨みつけながら冷や汗をかく。テーブル越しに堂々と座る男がニヤニヤと晶を眺めた。晶の表情が芳しくないことに気がついているから。そんな二人を一人の青年が苦い顔で見守る。少しでも動けば、すぐ隣で拳銃の重たい音がする。脅しだった。壁にかけられた悪趣味な時計を見て、青年――ヒースクリフは小さく舌打ちをした。勝たなくていい。あともう少しだけ、時間を稼いでくれれば。キツく後ろで結ばれた両手首の縄の感触に苛立ちながら、彼は二人のゲームの行方を見守った。

ヒースクリフがこんな状況に陥ったのは小さな油断からだった。元々パンテーラファミリーの一員として名を馳せていた彼は狙われやすい位置にいるというのに、ぼんやりと油断して背後から来た男に気が付かなかった。スタンガンで無理矢理意識を刈り取られ、気がつけば縛られた状態でどこかの部屋にいた。見覚えのない男たちがニヤニヤとしている。何の目的かは分からない。ヒースクリフは動揺を上手く隠して、冷たい視線を彼らに送った。

そんな彼らのところに新たな人物が登場する。ルナピエーナファミリーのところで何度か見かけたことがある女だった。まさか、とヒースクリフが彼女を疑うものの、彼女の表情に疑いは消え去る。彼女も彼女で困惑したようにヒースクリフと男たちを交互に見つめていた。ヒースクリフを攫った犯人たちの仲間にしては様子がおかしすぎた。現に男たちは彼女を無理矢理カジノテーブルに座らせて、こう言い出した。

「お嬢ちゃんが勝ったら、お前共々こいつを解放してやるよ」
下品な顔で笑う。ようはギャンブルをしようと言うのだ。ヒースクリフが怪訝な顔で彼らを見ると同時にあることを思い出す。
『この子、ギャンブルに弱くて。負け越すことの方が多いんですよ』と告げるシャイロックの表情。そんな彼の言葉に苦笑いをうかべるリケと、鼻で笑うオーエン。多分、この女はかなり弱い。正直すぐ顔に出るタイプだとヒースクリフは思っていたし、あまりいい話ではなさそうだった。

……わかりました」
しばらく悩んだ後に晶は頷く。え、とヒースクリフが困惑するのを他所に男がニヤリと笑った。

「じゃあお前は何を賭ける?」
「えっと、持ち金はこれぐらいしかなくて……
「はぁ? こちとらあのヒースクリフを解放するってんだ。そんなちゃっちなもんで済むわけないだろ」

そうだなぁ、と下劣な視線を晶にまとわりつかせた。視線がねっとりと晶の体を一周してから、男は口角を上げた。

「お嬢ちゃんの体でどうだ? 俺達が勝ったら好きにさせろ」

ヒースクリフは眉間に皺を寄せた。その言葉の意味が分からないほど初ではない。止めた方が良さそうだ。そうヒースクリフが口出しをしようとする前に、彼女は頷いた。

「わかりました。では私を賭けます」

覆水盆に返らず。口から出た言葉もまた無かったことにはならない。男の手のひらで綺麗に転がされる女にヒースクリフは呆れ返った。自分の運の悪さを知らないわけではあるまい。どうしてそんな自信満々に条件を飲み込めるのか。
でも、こうなってしまった以上仕方がない。壁掛け時計をちらりと見る。ヒースクリフが意識を失ってから数時間が経つ。ならば二人とも無傷で助かる可能性は多少なりともあった。
非常用の発信機はまだヒースクリフの胸ポケットに入っている。気絶させられる前にヒースクリフはこれを使用していた。きっと今頃アーサーやシノが血眼で彼を探しているだろう。晶がここにいるということはルナピエーナファミリーも動いてるかもしれない。あとは、以下に晶が時間稼ぎをできるか否か――。心の中でヒースクリフは勝利の女神に縋った。

勝負はブラックジャック。運と、相手のカードをいかに読むかが重要となる。男のうちの一人がカードを配る。……もはやこの時点で晶の勝利はないようなものだが、彼女は気がついていないらしい。ヒースクリフはこの女の危機感の薄さに困惑し、シャイロックに同情した。

現に晶はカードを見てむむ、と顔を険しくさせる。そんな彼女に男たちは嫌な笑みを浮かべた。恐らく混ぜた振りをしてカードの順番は変わっていない。男がブラックジャックになるように仕向けられているのだろう。もはや運なんて関係ない。ヒースクリフは焦れたように時計とかカジノテーブルを見つめた。

……もう一枚引きます」

晶が答える。ディーラーの男が一枚彼女にカードを渡そうとして――手を滑らせた。バサバサと床にカードが散らばっていく。裏表見事に入り交じったその光景に、晶と対戦していた男が真っ赤な顔でディーラーを怒鳴りつけた。ディーラーは慌ててカードを回収する。けれど、もう男たちが用意した順番ではなくなっていた。ゲームは最初からになったが、カードの順番はイカサマではなくなった。つまり、晶が勝つ可能性が出てきたのだ。けれどもどうもヒースクリフは不安が拭いとれない。あのルナピエーラファミリーの反応。恐らく彼女のギャンブル運は悪い意味で本物だ。悔しくて奥歯を噛み締める。
そんなヒースクリフの心情を知ってか知らずか、新たに配られたカードを見て晶が目を丸くした。あの、と声をあげる。

「ナチュラルブラックジャックです」
AのトランプとJのトランプ。男が息を飲んだ。ナチュラルブラックジャックが出る確率なんて五パーセントにも満たないのに、晶はあっさりと出した。ディーラーも男も困惑しながら再びカードを配る。それを見て晶は眉間に皺を寄せた。あまり良い手札ではなかったのかもしれない。男は勝ちを確信した。
「ステイ」
「ええと……私はヒットで」
カードを追加する。それを見て、彼女はステイした。
男のカードは計十八。晶のカードはそれに対して二十一。ブラックジャックだった。
それから出てくる出てくるブラックジャックの山。まさしく勝利の女神に愛された女と言わんばかりに晶は男相手に勝っていく。イカサマをしてるのでは、とヒースクリフが思うぐらいの完全勝利だった。

「私とヒースクリフさん、解放してもらっていいですか?」
………………わかった」
魂が抜けたように男が頷く。周りの男が「ボス!?」と不満そうに言うものの、男が答えは変わらない。
「勝負は勝負だ。勝手に帰ってろ」
ヒースクリフの隣で拳銃を構えていた男にアイコンタクトをとる。男は動揺しつつも拳銃をおろし、彼の両手首の縄をほどいた。ほんのりと赤くなったそこを擦りつつ、彼は晶の元へ向かう。もし万が一何かあった時にすぐ守れるように。解放されたとはいえまだここは敵の陣地だ。サングラスの奥からじとりを男を睨みつけつつ、晶を庇うように立つ。その瞬間、ドアの奥から爆発音のようなものが聞こえてきた。無理矢理ドアがこじ開けられる。そこから飛び出してきた二人の男たちが叫んだ。

「晶!」
「ヒース、無事か!?」
シャイロックとアーサーだった。どうやらようやくここまで辿り着けたらしい。二人は晶とヒースクリフを視界に入れて安心したように表情を緩ませた。
「遅くなってすみません。帰りましょうか」
シャイロックが晶の頬を撫でる。外傷のない彼女を見て安心させるように笑いかけた。そんな彼の微笑みに、晶もまた安心したように頬を緩めた。



……ところで、あの人はめちゃくちゃギャンブルに弱い……んですよね?」
ふと戻る道程で、ヒースクリフはシャイロックに話しかけた。彼の質問にシャイロックは困惑しつつ頷く。ヒースクリフは困ったように視線を泳がせたあと、事の顛末を話しだした。
全てを聞いたシャイロックが首を傾げる。シャイロックやルナピエーラファミリーの人と遊ぶ時は高確率で晶が負ける。正直言って晶が勝つイメージがつかない。そんな、何度もブラックジャックを出すような豪運の持ち主では無いはずだ。
アジトに戻ったら一度、ゲームに誘ってみようか。シャイロックはそう思いながらこの少年の隣を歩いた。

結果は晶のぼろ負け。ブラックジャックどころじゃない。だいたい二十二でバーストする。あと数字が一小さかったら良かったのに、と悔しそうにする晶にシャイロックは尋ねた。

「本当に勝ったんですよね? どうやって勝ったんですか?」
「と言われましても。ただ、何がなんでも勝ってヒースクリフさんを解放しなきゃって思ってたら勝ってました」

答えは特に得られなかった。強いて言うならピンチに強いタイプなのかもしれない。普段これだけぼろ負けしているのに、いざとなったらその根性で勝利の女神を振り向かせる力があるのか。シャイロックは困ったように笑った。
「本当に不思議な子ですね」