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どそ
2026-06-18 01:39:37
30067文字
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明順応
botw中の話
6月に出す本に乗っけたい話の進捗置き場でした 6/21完成
1
2
3
4
1.
ずっと向こうで光が灯っていた。
いつからそこに在ったのか分からない。ただ、気付いたらそれが闇を照らしていた。
見つめながら、何だっけ、と思った。自分の知っているものの中から、それに似たものを引っ張り出そうとしてみる。
真っ暗な夜に突如として太陽が現れたらこんな感じなんだろうか。けれど今見えている光は、閉じた瞼を容赦無く刺してくるものとは違うように思えた。さざ波のように、蝋燭の火が風に揺れるように、微かに弱まったり強まったりを繰り返している。これだけ眩しいのに、ふと目を離した途端に掻き消えてしまいそうな気がして、瞬きさえできないでいた。
誰かの声がした。水中に居るかのように音がくぐもっているせいで、何を言っているのかはうまく聞き取れない。それなのになぜか、呼ばれている、とはっきりと分かった。
最初は小さかった光が少しずつ強さを増す。声が次第に形を持ち始める。何なのか、誰のものかも分からないそれらは、ただひたすらに綺麗だった。
懸命に目を凝らす。耳を澄ます。どれだけ遠くにあるのかも分からない。ここはきっとあまりに離れているのだ。
だから、ただ歩き始めた。
足を踏み出そうとしたのが、始まりだったことを覚えている。
***
地に足が着いた。途端に掴んでいた持ち手が重くなる。
自分の勢いも相まって前に身体が引っ張られるのを、何歩か地面を跳ぶようにしてようやく体勢を立て直した。
振り返り、もう遥か高いところにある台地の縁を見上げる。降りる間は下に広がる森や草原に意識が行っていたし、あっという間のことに感じたけれど、こう見ると随分な高さを降りてきたのだと感じる。
これを貰い受けてすぐの時よりはいくらか慣れてきたものの、滑空する勢いをまだ上手く逃しきれていない。たぶん本来であれば、着地する前に肘を曲げて少し身体を浮かすといいんだろう。そう思いつつ、木の骨組みを外して畳んだ。張っていた布も一緒に縄で縛り、一纏めにして腰のところに括りつける。この位置なら動いたり矢を取る邪魔にはならないだろう。
見える限りでは近くに魔物が居る様子ではない。目の前にちょっとした林があったから、その木の陰に入って一息つく。そういえば、と思って背中の剣を抜いた。顔の前まで持ち上げて全体をよく見てみる。
台地を出る直前に拾った剣だった。鋼の灰色を全体に呈していて、飾り気の無い剣ではあるけれど、これまでに拾ったものよりも明らかにしっかりした作りをしている。歪み無くまっすぐな刃にはいくらかの欠けは見られたが、さして錆びてもいないからある程度の斬れ味は残っているだろう。柄の感触が不思議と手に馴染んで、刃の重みがちょうど良いのかなんとなく扱いやすく感じる。軽く剣を振り、同時にその時の腕の動きも何度か確認して、剣を鞘に戻した。
遠くを見遣りつつ歩き出す。降りている時に目に入った旗や建物群はもっと北の方だ。草を踏み分けて小高い丘を越えると、石造りの崩れた建物が建ち並んでいるところに出た。ところどころ土で埋もれながらも石畳は遠くまで続いているようだ。その先に割れた形の山が見える。
「あ
……
」
思わず声が出たのは、道に蹄や車輪の跡があるのを見つけたからだ。結構な雨が降ったのは確か一昨日のことだから、これらの跡が出来たのはたぶんごく最近だろう。向きからしても自分と同じようにこの道を通って行ったようだ。
(
……
これで魔物も人間と同じように馬に乗ったりするんなら、何の参考にもならないけど)
やっぱり、話せるうちにもっと色々聞いておくんだったな、と息をつく。
台地で会ったかつての王が「村がある」と話し、そこに会うべき人物が居ると言ったことからして、国が滅んでもなんとか生き残った人々も居たのだろう。それがどのくらいの数なのか訊きそびれたことに気付いたのは、彼が消えるのを見送って台地の端に足を掛けたときだった。
山という目印があるとはいえ自分にとっては全く見覚えのない土地だ。できれば早めに人を見つけて情報を得たい。まだ日は高いから、ひとまず歩けるだけ歩いてみようか。何か考えるのはその後でいいだろう、と足を踏み出した。
思い出して、という声を頭の中で反芻している。
道沿いに並んでいる崩れた建物を眺めつつ歩き、時々奥まったところを覗き込む。まだ入り口や柱の形が留められていているものは、かつてそこにあったのだろう部屋の面影を薄く残していた。一方で、もう粉々に崩れ落ちているものも多いようだ。足元でほとんど土に埋もれている石も、色合いが建物のそれだからたぶん昔は何かの一部だったものなんだろう。
記憶のほとんどを失っている。失っている、らしい。
声やかつての王が言ったようなことが自分に起きたのは理解した。けれどそれだけだ。
ただ目覚めて、知らない道を進んで、様々なものを初めて目にした。思い出せない、というには、失われたのだろう記憶はあまりに遠くておそらくは膨大だった。何かを失くしたという感覚さえ分からないでいる。
(これが、虫食いのある葉くらいのものだったらな)
穴の大きさも形も分かるものなら、まだ消えた記憶の端切れというのか、辿るすべがあったんだろうかと思う。それで言えばたぶん自分の場合は食われすぎたのだ。中心にある筋と、後は筋の周りの部分がほんの僅かにだけ残った。だから元の形が分からない。ただ手探りで残ったものに触れているような感覚があった。
知っていること、知らないこと。変わっていないもの、変わったもの。それらの開きがどれほどなのかもまだ測りかねている。
「
……
」
ふと、石壁の側の茂みがざわざわと揺れたのが見えて剣の柄に手を掛けた。
姿を現したのは見慣れた赤い魔物だった。近い一匹が棍棒を手に殴り掛かってきたのを盾で防ぎ、一匹が振り回した槍を後ろに避ける。二匹の後ろに目を遣り、他に出てくるのは居なさそうだと思いつつ剣を構えた。
木の棍棒を剣で掬い上げるようにして弾く。剣の軌道に逆らわず、けれど少しだけ手首を捻れば、剣は敵の喉元に吸い込まれるように動いた。
剣の振りかた、敵の攻撃の躱しかた、敵との間合いの程度。
目が覚めたときから呼吸のように当たり前にできたことは、唯一「覚えている」と言えそうなものではあった。意識せずともそういうふうに身体が動いてくれる。以前の自分は相当に武術の心得があったのだろう、とはそれで分かった。剣の才能があったのだと王が話したのもきっと事実なのだろう。
じゃあ戦うのに問題が無いかと言えば、そう簡単には行かなかった。
(
……
まただ)
矢を切らしている。頭で分かっていながら、手は矢筒に伸びていた。
ほとんど無意識に、反射的に身体が動くことがあって、これはその一つだった。矢を充分に所持しているのが常でないとそういう動きが染み付きはしないんじゃないか、と思う。癖でそう動くのだ。
長い眠りにつく前とは変わったもの。失ったもの。それが記憶だけでは無いのだろうということは、台地を駆け回るうちに気付いたことだった。
うっかりすると身体はその一動作だけで息切れするような動きや、明らかに今の筋力では無茶な動きをする。それは急に腕を掴まれてぐん、と勢いよく引っ張られるような感覚に近い。身体に染み付いている動きに対して力が足りていない部分や食い違う部分は、きっと元は「そう」ではなかったものなのだろう。それらの齟齬は何気ない動作において、時には戦いの最中にあってこちらに牙を剥いた。
(
――
しまった!)
右腕の皮膚が引き攣るのを感じて奥歯を噛みしめた。魔物が槍を振り回すのを弾こうと、身体が動くままに剣を振ろうとしていた時だった。
覚えの無い古傷のせいか、右の肘はある方向にだけひどく曲がりにくい。それを完全に無視した方向に腕は動いていて、意識して止めるのには遅すぎた。ただ関節か骨が大きく軋む音を聞いた気がした。
金属音と共に腕に衝撃と手応えがあった。一応弾けはしたのだろう。はっきりと確かめる間も無く、肘を激痛が襲った。
「い゛っ
……
!!」
一瞬視界が眩む。明らかな隙を突かれなかったのは直前に敵の体勢を崩せていたからに過ぎない。ほとんど肩の力だけで剣を持ち上げ、剣の重みと勢いのみで腕を振り下ろした。短い断末魔を上げ、喉を裂かれた魔物が崩れ落ちる。
動かなくなった魔物を見下ろし、短く息を吐きながら右腕をそろそろと動かしてみる。まだ痛みは残っていたが腕は問題無く動くようで、自然と安堵が混じった溜息が出た。
どっと疲れを感じつつ石畳の先に目を向ける。崩れた建物の多くは見た限りではまだそれなりの高さの壁を残している。それで身を隠して魔物を避けながらであれば、今日ももう少しは進めるだろうと思った。
日が暮れ始めた頃に夜を明かす場所を探し始めた。並んだ建物はどれも完全に屋根が崩れている。やや高台になっているところも見通しが良い代わりに壁となるものが少なく一方的に狙い撃たれる懸念があった。近くの朽ちたガーディアンの残骸や森の側を避け、仮に魔物に襲われた場合を考え、とするとなかなか良い場所が見当たらない。迷った末、仕方なく壁が大方崩れて背の高さほどになっているところで火を起こした。雨が降ってこないよう願うしかない。
焚き火の側に座り込み、壁に寄りかかって息を吐いた。それほど気温が下がっていないせいか火の近くはそれなりに暑く感じられる。袖を捲って服の裾を軽く扇いだところで、ふと自分の身体に視線が行った。身体には目覚めた時点で至るところに傷跡があったが、そのほとんどはただ皮膚に薄く残っているだけで、さして意識するようなものでもない。
それはいいんだけど、と右手で持ち上げた革水筒を左手に持ち直す。
右肘や左の肩、腰の辺り。固く突っ張るような感覚があって思い通りに動かせないところは、ひときわ目立つ傷跡と一致している。
(やっぱり、その大厄災って奴でこうなったのかな)
戦闘において、それらの引っ掛かりを無視するように、そんなものは無いかのように身体は動こうとする。どうやっても動かないところは周りの関節やら筋肉やらを痛めつけながら無理にでも近い動きをしようとするから、そのたびに身体は悲鳴を上げた。
色々と動きを試してみて、動かし方や回す向きに気を付けさえすれば、他の部位と同じように問題無く動かせることは分かった。だから意識してそういう動きをしようとはしているけれど、身体に染み付いた動きというのは簡単には変わらないようで、先程のようなことがしばしば起こる。
(
……
城に向かうなんて話にならない)
どうにか、なるべく早いうちに、問題無く戦えるようにならなければいけない。
以前と比べて落ちたらしい体力はきっとそう簡単には戻らない。動かしにくい部分が治ることも無いだろう。そのことはなんとなく、感覚として分かっていた。
剣を鋭く振り抜く。角度を付けて盾で弾く。身体を捻って斬撃に体重を乗せる。
昔の自分はそれらの動きを何度繰り返したのだろう。何百回、何千回、もしかしたらそれ以上。無意識にでもそのように動けるくらい、長い空白を経ても消えないくらい、身体のずっと深くに浸みこむまで。それらに間違いなく助けられはしていて、けれど一方で、今の自分の状態とはもう嚙み合わないものもある。
失ったもの、昔との差異。自分の身体に関してだけ言えば、それはもうよく分かっていた。
あとは身体の動きを現在のものに
――
失った後のものに合わせていくだけだ。
もうできなくなってしまった動きを、今できる動きに変えていく。無意識でもそう動けるよう、たぶん昔の自分がそうしたように、同じ動きを何度も反復して身体に刻みつける。そうしていくほかなかった。
一晩眠り、明け方にまた道を進み始めた。
草が薄いところを辿り、分かれ道に立てられていた看板に従って進むと川に架かる大きな橋が見えてくる。
篝火が点いていたことから少し予想はしていたが、橋の上の人影はやっぱり見間違いではなかった。厚手の装備に身を包んだ男は槍を携えており、こちらに気が付くと声を掛けてきた。
「
……
じゃあなんだ? カカリコ村に行きたくてここを通っただけか」
最初に答えた時点で、ようやく人に出会えた嬉しさを隠そうとしなかったのが相当まずかったらしい。男が警戒を解いたのはそれなりに言葉を交わしてからだった。
「そう。
……
疑われるような動きをしたのは悪かったよ」
「ああ、声を掛けた途端に早足で寄ってくるなんて怪しいことこの上無いからな。まあ、追い剥ぎならもっと近付くまでは旅人のふりをするから違うだろうとは思ったが
……
こっちの服もじろじろ見てくるし」
「ごめんって。よく分かった、次から気を付ける」
呆れた様子でこちらを見る男は、少し黙ったのちに「俺からすれば」と口を開いた。
「お前の恰好の方が珍しいというか
……
率直に言って頭がおかしいのかと思うね。そのまま双子山の間を通るつもりなんだよな?」
そうだけど何、と答えると男は深い溜息をついた。
「あのなあ、どれだけ考え無しの奴でも旅に出るならもうちょっとマシな装備を買うぞ。特に上。その薄い服一枚でどうやって魔物に備えるって言うんだよ」
「ああ、そういう
……
」
他に防寒着ならある、と言いかけたけれど、考えてみればあの服も布地が熱を逃がしにくい素材なだけでさほど厚い訳では無い。それに今居る場所の気温では着ても茹だるだけだ、と口を噤んだ。
「しかも、
……
まあ流石に分かってるとは思うが、双子山の間なんて道は狭いし逃げ場が無いからな。当然隠れる場所も無いからしょっちゅう魔物どもが襲ってくるのをなんとかするしか
……
なんだその顔は。まさか分かってなかったんじゃないだろうな」
「いや、大丈夫だよ。武器はちゃんとあるし」
「武器はまあそれでいいんだよ。どうしたもんかな
……
」
唸るような声を出した男が、ちょっとこっち来な、と背を向けて歩き出す。付いていくと簡素な屋根の下に荷物が置かれているところがあった。男が荷の一つを解いて布や服を取り出していたかと思えば、くすんだ焦げ茶の衣らしきものを手にして振り返った。
「ほら、これやるから着てきな」
「何、これ」
「何って
……
革だよ。その上からでも着られるし、しっかりした革鎧とかじゃないが無いよりはだいぶ良いだろ」
受け取るとそれなりの重みが手に伝わってくる。「いいの」と聞くと、男はがしがしと頭を掻いた。
「俺はもっと良いのを着てるしそれは全然使ってない奴だから気にすんな。それより、これで数日後に双子山の近くで薄着で死んでる奴が見つかったなんてことになってみろ。俺の寝覚めが悪いなんてもんじゃない」
「じゃあ貰っておくよ。ありがとう」
苦笑して衣を受け取った。剣帯や荷物を一旦外し、ごわごわとした衣を首から被って腕を通す。袖が無いから腕の動きの妨げにもならなそうだ。男もひとまず少しは気が済んだ様子だった。
「よし。じゃあ、くれぐれも死ぬなよ」
「もちろん。お互いにね」
「お前に言われるのは心外だが
……
まあ、そうだな」
軽く笑った男が背を向け、また橋の見回りに戻っていった。
道はしばらく開けたところが続いていて見晴らしが良い。左手に見える城はずっと遠くで、道の先にある山の方に視線を戻した。
(この道やこれから通る山も、昔通ったことがあったんだろうか)
それもいつか思い出したいな、とふと思う。
鳥の声や虫の鳴く音が微かに聞こえるほかは、もう自分の足音しか辺りには響いていない。
空は気持ち良いくらいに晴れ渡っている。土も固く乾いていて歩きやすい。爽やかに体の横を吹き抜けていく風にもつられて、気付けば軽く早足になっていた。
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