燈 ともしび
2026-05-31 21:13:15
10141文字
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ぎゆさね【夢を噛む】【愛を噛む】【運命を噛み砕く】

キ学軸。転生もの。🍃→🌊→🍃と視点が変わります



【運命を噛み砕く】🍃視点

 柔らかい。温かい。
 ふわふわ、ふわふわと。多幸感とは、きっとこんなことを言うのだと思った。
『ぎゆう』とキスすると温かくて幸せになる。
 好きな人と触れ合うのは幸せなことだ。
 あの夢の中では『ぎゆう』が先に永遠の眠りへと旅立って、少し遅れて俺も後を追った。日にちにしたらそれほどの期間ではない。でも、俺にとって永遠に終わらない地獄のような日々だった。同じ世界なのに、好きな人が居なくなっただけでこんなにも変わってしまうのかと思った。

『泣くな』
『泣くな、さねみ』
『俺は笑っているさねみの顔を覚えていたい』

 それが『ぎゆう』の最期の願いだったから、俺は必死に笑って見送った。見送った後は二度と笑えなかった。
 酷い奴だよなァ。愛しい相手を失うって時に笑えるもんか。それなのに『笑って』だなんて本当に酷い奴だ。
 だから、俺はあの時誓ったのだ。
 次にあいつに会えたら、その時は。


 ガッと俺の上にのしかかるようにしていた冨岡先生の首の後ろに両腕を回してホールドした。いきなりの俺の行動に相当驚いたのだろう。冨岡先生は普段は切れ長な目をまん丸にして声も出せないようだった。

「捕まえたァ」
 なァ、知ってるか? そういうの、油断大敵って言うんだよ。ばーか。
 顔同士が至近距離にあるから耐えたけれど、大笑いしたくてたまらない。
 元から寝起きは良いのだ。
 酒には弱いが。
 少し寝たらアルコールが飛んだ。いつもより量に気をつけて飲んでいたから抜けるのも早い。冨岡先生は気付いていなかったようだが。だから、今回はちゃんと覚醒した。覚醒出来たから捕まえられた。
 俺だってなァ、キスされていることくらい分かるだよ。あと、これが夢の中ではなくて現実なことも。この手慣れた感じはきっと初めてではないことも。あと、俺のことを不死川先生でも不死川でもなくて『さねみ』って呼んでたことも。

「冨岡先生さァ、なんで俺にキスした?」
「そ、れは」
 目が泳ぐ。悪いことしてた自覚はあるんだな。流石に。笑いたくなったけど、我慢する。まだだ。まだ、聞きたいことはたくさんある。聞かなくてはいけないことも、確認したいことも。
「じゃ、質問を変えて良いかァ? 冨岡先生がキスしたのはどっちにだ?」
……え」
「昔のさねみと今の俺と。先生はどっちにキスしたかったんだ?」
 そう言いきれば、冨岡先生は今度こそ本当に固まって動かなくなってしまった。

 いつ頃からか、もしかしてとは思っていた。
 もしかして、俺が見ているあの夢と同じものを冨岡先生も見ているのではないか、と。もしそうならば、俺が夢の中の『ぎゆう』と冨岡先生を混同してしまっていたように、冨岡先生も『さねみ』と俺を混同していたんじゃないかって。
 あまりにも繰り返し同じ夢を見るから俺も少しは調べたのだ。ごく稀に、狭い範囲の中で他人同士が同じ夢を見ることがあるらしい。理屈は分からない。けれど稀にあるらしい。
 寝ている俺のことを『さねみ』と呼びかけて愛おしそうにキスをする。
 今の冨岡先生と俺がそんな関係になる可能性はゼロではないかもしれないが、それにしてはあまりにも展開が早過ぎるし、不自然な気がする
 ならば、冨岡先生と俺は例の夢を共有しているんじゃないかと思ったのだ。昔、共に生きて恋中となり、そして同じような時期に永遠の眠りへと旅立っていった『ぎゆう』と『さねみ』の二人の夢を。

「俺はなァ、冨岡先生にそっくりなぎゆうって奴と今の俺にそっくりなさねみって奴が恋仲で、そして同じような時期に亡くなる夢を繰り返し見てんだ」
「それは」
 冨岡先生が何かを言おうとしたが、唇に指を当てて止めた。
「先生も、見てんだろ。俺と同じ夢を。だから引きずられて俺にキスした。不死川先生じゃなくて、さねみって呼びかけた。違うか?」
 確認したいのはそこだった。
 まず、原点を確認したかった。

……昔から見てた」
「え?」
「俺が、初めてその夢を見たのは二歳だ」

 マジか。二歳って……そんな小さな頃から?
 今度は俺が驚いて固まる番だった。

「二歳の俺は夢の中のさねみに魅了された。ずっと会いたい、会いたいと泣いて探していたらしい。でも見つかる訳がない。現実の人間ではなく、夢の中の人物なんて見つからない。だから絶望したし、それと同じくらい渇望した」
 俺はまだ両腕を冨岡先生の首後ろに回したままだったから、冨岡先生が顔を少し下ろしたらかなり接近することになってしまった。
 自分がやったこととはいえ、この距離は真面目に話をするのに向いていない気がする。今更だけど。

「少年から青年の年齢になり、そこから大人と呼べる年齢になった頃にようやく諦めようとした。笑えなくなったことと引き換えに、さねみを探す呪縛から逃げ出そうとしたんだ」
 冨岡先生は更に顔を俺の方へ下ろした。

「なのに、あまりにもさねみにそっくりな不死川先生が……目の前に現れたから、心が粉々に砕けてまた組み上げられた。一度失っていたから。だから今度こそ失いたくなくて必死になった。これは、俺のさねみだ、って」

 ぽた、ぽた、と、温かい涙が上から次々と落ちてくる。落ちてきてるということは俺の涙じゃない。これは、冨岡先生の。

「頭では分かっているのに止められなかったんだ。不死川先生に近付きたくて、違う人間だと心のどこかで分かっていたのにさねみを重ねて。卑怯だと知りながらも酔って寝てしまった不死川先生に何度も触れた」
 ぽた、ぽたが濁点の付くぼた、ぼたになるくらい次へ次へと落ちてきて。
「ごめん。ごめんなさい。卑怯なことしてごめん」
 とうとう俺の肩口に顔を埋めて、謝りながら泣き崩れてしまった。俺はひとつため息を吐いて、そして肩口に埋まっている冨岡先生の頭をもう一度持ち上げる。

「違うっての。俺の話も聞いてから結論だせよ、泣き虫」
 びっくりまん丸の目になってる、泣き虫。
「俺が聞きたいのは、先生がさねみと俺とどっちにキスしたかったのかってこと」
 まん丸目の泣き虫。予想外で驚き過ぎたのか涙は止まってた。泣き虫なのに。泣くなって。俺には泣くな。笑えって言ったくせに。ずりィっての。

「もうさァ、良い歳の大人が夢に引きずられんのやめようぜ。夢は夢なんだよ。現実じゃない」
 冨岡先生は俺に頭を抱えられたまま分からないって顔してる。いーよ。俺は説明が上手いってよく褒められるからちゃんと教えてやるわ。耳かっぽじってよく聞け。
「あの夢が本当かそうじゃないのかなんてどうでも良いんだ。俺はさァ、冨岡先生」
 持ち上げた頭を、もう一度俺の顔に寄せる。

「単純に、今の俺と冨岡先生で恋がしたい。さねみとぎゆうは居ない人間だ。二人が運命の恋人だったとかそんなんも、もうどうでも良いんだ俺は」
 
 あ、おかしい。
 冨岡先生の涙は止まってるのに、今度は俺が泣いてる気がする。
 いいや、もう。答えはこの後方式で。
 そう思って、抱えていたままの冨岡先生の頭をもっと近付けてキスをした。起きている時のキスはこれが初めてだった。
 なんか、笑える。
 初めてじゃないのに、初めてのキス。
 幸せで温かくて、なんか笑える。
 なら、これはもう恋なんだろうと思うよ。
 片思いでも、恋でしかないと思う。
 俺はもう『さねみ』じゃないし、冨岡先生も『ぎゆう』じゃない。今を生きてる人間だ。
 だから夢に引きずられない。
 恋に落ちるなら、自分の意思で決める。

「俺は、冨岡先生と現実で恋がしてェんだよ。夢で見ていた運命なんて、ンなもんは噛み砕いて飲み込んでやるわ」

 選べよ。選んでくれ。
 俺はぎゆうじゃなくて冨岡先生を選んだ。
 冨岡先生もさねみじゃなくて不死川実弥を選んで。
 泣きながら、でも顔は必死に笑顔にした。冨岡先生にとって好ましい顔で言いたかったから頑張った。
 キスされた冨岡先生はまた目がまん丸で。でも、今度は泣かずにその目を柔らかく緩めて笑った。

 さねみはぎゆうのものだから。もう今の俺にさねみは必要ない。ぎゆうに返さないと。

 心の底にずっとあった、現実には居ないさねみを追い求めた苦しくて悲しい気持ち。呪いじゃなかったのに自分で呪いにしていたそんな気持ちがゆっくりと解けていく。

「俺も、不死川先生と恋がしたい」
 冨岡先生から優しいキスが降りてきた。
 俺は、さねみから冨岡先生を取り戻せたのだ。
 嬉しくなって首の後ろに回していた腕の力を強める。
 ここからだ。
 ここから、ゆっくり始めようと。
 冨岡義勇と不死川実弥の恋を。
 強く、温かく幸せに。

「恋をしよう」
 今度はゆっくり。
「恋を、してくれ」
 冨岡義勇な俺と、不死川実弥で。

 顔を寄せてもう一度、始まりのキスをした。
 それはやっぱり優しくて温かくて、幸せなキスだった。