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燈 ともしび
2026-05-31 21:13:15
10141文字
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ぎゆさね【夢を噛む】【愛を噛む】【運命を噛み砕く】
キ学軸。転生もの。🍃→🌊→🍃と視点が変わります
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【夢を噛む】🍃視点
ああ、まただと思った。
ここのところ頻繁に見る夢だ。
夢の中での俺は学ランに似た服を着て、日本刀を片手に戦っていた。しかもとても強いらしい。ゲームかよと突っ込みをいれたくなるくらい、次々と鬼のような敵をバッサバッサと斬っていく。
部下らしき人間からは『カゼバシラサマ』と呼ばれていたが、それは俺の名前ではないようだった。
どうしてかと言えば、同じような格好をした黒髪の男が俺のことを「さねみ」と呼んでいたから。今の俺と同じ音の名前。漢字が同じかは分からない。でもそれが夢の中の俺の名前らしい。そしてこの黒髪の男も俺と同じくらい強いようだった。こちらは『ミズバシラサマ』と呼ばれていた。名前が似ているし仲間なのかもしれない。
映画や本と同じく、初めのうちは純粋にこの夢を娯楽として楽しんでいた。自分が強くなって大活躍する、そんなの誰しもが一度は憧れるヒーローものの定番だったから。しかもその夢は律儀にも数日に渡って続いていたからなおさら。
けれど、続きを見ていくうちにその夢は徐々に変わっていった。
俺に『さねみ』と呼びかける黒髪の男の顔は、いつも薄い幕が掛かっているかのようにぼんやりとしていて顔立ちがよく分からなかった。でも俺と仲が良さそうなので、きっと親友のような立ち位置の人間なのだろうと思っていたのだ。
だが、それが違うと気付いたのは昨日の夢からだ。
その日の夢ではどちらかの家でゆったりと酒を呑み、話をしていた。戦いで失ったのか俺の指は欠けていたし、黒髪の男の腕は片腕が失われていたが、それでも酒を酌み交わす二人は楽しそうに見えた。もしかしたら大きな戦いが終わったのかもしれない。二人はもう学ランのような服ではなく、ラフな単姿で過ごしていた。
そこから酒も進み、顔がほんのり赤くなる頃。
黒髪の男が残った片腕をこちらに伸ばしてきたのだ。
「さねみ」
それは夢の中で何度も聞いた声。何度も呼ばれた名前。でも今までとは違う声、違う音がした。
「
……
さねみ」
俺は鈍い。鈍いが、そんな俺でもすぐに分かった。これは、好いた相手を呼ぶ声、音だと。
黒髪の男は、夢の中の俺のことが好きなようだった。
そして、多分。
夢の中の俺も、黒髪の男のことが。
伸ばされた黒髪の男の腕の中へ、俺はぽすんと自ら身体を投げだす。黒髪の男は片腕なのに、まるで宝物のように俺を優しく抱きしめる。
「さねみ」
耳元で甘い声が聞こえる。
それに合わせるかのように、俺も黒髪の男の名前を呼びかけた。顔が近付いて、唇同士が重なる。
「ぎゆう」
呼びかけて、そして黒髪の男の顔がはっきりと見えた。
もの凄い勢いで目が覚めた。
枕元に置いていた目覚まし時計を見る。まだ起きるのには早い時間だった。心臓がバクバクと早打ちして、身体中から汗が吹き出している。とりあえず呼吸を落ち着かせようと深呼吸をしてみる。けれど早鐘のようになってしまった鼓動はなかなか落ち着いてはくれない。
「ッ、あ、ハッ
……
ふゥ」
落ち着け、落ち着け。寝巻き代わりのスウェットの胸元を強く握りしめて言い聞かせる。それでも心臓は大人しくなってくれないから諦めてベッドから起き上がった。
キッチンに向かうとコップに冷たい水を注ぎ、飲み干して。そこでようやく深く息が吸えた。空になったコップをシンクに置くと、そのままずるずると力が抜けて座り込む。
あれは夢だ。現実じゃない。そう分かっているのに、理性と夢が混ざって頭の中がくらくらした。
あの男。黒髪の、夢の中の男のことを俺は『ぎゆう』と呼んでいた。そして黒髪の男は俺のことを『さねみ』と呼んでいた。
実は、現実にもいるのだ。
黒髪の『ぎゆう』が、起きてから俺が生きている現実に、実在している。最後にはっきりと見えた黒髪の男は顔も声も、そして名前まで現実世界の『ぎゆう』と同じだった。
けれど、夢と違うのは現実世界の『ぎゆう』と俺は仲良くないし恋仲でもない。単に同い年の同僚というだけだ。呼び方もお互い苗字+先生と呼び合っていて、一度も下の名前で呼んだことも無い。だのに何故こんな夢を見てしまったのか。
『夢は願望の現れ』だなんてよく聞くけれど、こんなのたまったものではない。
「マジかよ、オイ
……
」
この後、身支度を整えたらその『ぎゆう』とも顔を合わせるだろう。なんせ職場が同じなのだ。
夢だから責任などないが、気不味い気持ちだけが湧き上がってきた。どうして仲良くもない同僚と俺が恋仲になっている夢なんて見てしまったのか。しかもキ、キス、までしていた。本当に居た堪れなさが半端ない。
そのまま冷たい水で顔を洗う。まだ起きるには早いが眠気なんて全て吹っ飛んでいる。それならとっとと支度をしてしまおうと思った。そうすれば通勤ラッシュからも外れるし座って出勤出来る。
「
……
たかが夢、だろ」
もう一度そう自分に言い聞かせてから、着替えるためにスウェットを脱いだ。両の手指は十本全て揃っていたからホッとした。
けれど、自分でコントロール出来ないのが夢だ。
その日から毎晩、あの夢の続きが延々と再生された。
黒髪の男『ぎゆう』と俺はお互いに足りないものを補い合って助け合って生きて。そして夜になると愛の言葉を交わし、キスを交わし、そして身体を重ねていた。しかも『ぎゆう』と俺はまもなく寿命が迫っているらしい。見た目は若いのにどうして寿命がくるのかは分からない。けれど、二人は最期のその時までお互いを大事に生きていた。
『多分、あと数日』
弱って起き上がれなくなった『ぎゆう』はそんなことを弱々しい声で言った。俺はその手を握りしめてひたすらに泣いている。いやだ、そんなことを言うな。でもあと数日というのがやがて現実になることも分かっていた。俺も、多分そんなに長くはない。共に永遠の眠りにつけるのならば。
『泣くな』
『泣くな、さねみ』
『俺は笑っているさねみの顔を覚えていたい』
『ぎゆう』は最期にそう言ってうっすらと笑いながら眠りについた。
「ばか。俺より先にいくな。ばか」
その身体に縋って。そして。
「必ず、お前ともう一度」
最悪なのは夢が現実に影響してきていることだった。それまでは現実世界の『ぎゆう』に興味も関心もなく、仲良くなりたいだなんて思ったこともなかったのに、やたらと視線で追うようになってしまったのだ。
『ぎゆう』も初めのうちはそんな俺の態度を不思議そうに見ていたが、そのうち向こうからも話しかけてくるようになってしまった。
違う。仲良くなりたいんじゃねェ! そう叫びたいが、夢は容赦なく毎晩襲いかかってくるし、俺もつい、視線で『ぎゆう』を追ってしまう。
「不死川、明日は暇だろうか?」
「ア?」
「良かったら、その
……
飲みに行かないか? 俺と」
木曜日。とうとう『ぎゆう』によく似ている『冨岡先生』にそう言われてしまった。最悪なことに、俺はその誘いを断ることもなく「分かった。いいぜ」なんて返事までしてしまった。詰んだ。
そして翌日。金曜日。こんな時に限って仕事は順調に終わってしまい、約束した時間通りに冨岡先生と職場を出て飲み屋に行ってしまった。
けれど、意外にも冨岡先生とのサシ飲みは楽しかった。俺も冨岡先生も日本酒が大好きという共通点があり、美味い地酒の話などで予想外に盛り上がってしまったのだ。
夢の中の二人のように恋仲にはなれないが、仲良くなってしまった。
どうしてこうなった。そう思ったけれと、まあ困ることはなかったので良しとした。
お互い気楽な独身同士。日本酒好きな共通点。
そのうち二人で飲みに行くことが増えた。
今まで気難しい相手だと冨岡先生のことを誤解していたようだった。話してみればユーモアもあり、頭の回転も良く楽しい。一気に二人の距離が縮まっていく。
そしてどちらかの家でサシ飲みすることも増えた。まるであの夢の始まりのようだったが、その頃の俺はすっかり夢を見なくなっていたから忘れていた。夢の中の『ぎゆう』よりも『冨岡先生』の方が俺の心の中のウエイトが重くなっていたから。
その日は珍しい地酒が手に入ったからと誘われて冨岡先生の家で飲んでいた。金曜日だから泊まっていけば良い。そんな言葉に甘えて俺はつい美味しいお酒を飲み過ぎた。
だから、その時のことは記憶にない。
「さねみ」
と『冨岡先生』が酔っ払って微睡む俺に呼びかけてきたことも。
片腕だけで俺の身体を抱き寄せてきたことも。
「もう、二度と離れない。愛してる」
と、閉じた目蓋にキスしてきたことも。
俺は気持ち良く寝てしまっていたから、記憶にないのだ。
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